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【番外編】カラスが鳴いたら、おうちへ帰ろう

「売り上げが伸びるねぇー」


 夕暮れ、木の上に立っている人影が言う。

 腰元にある新聞の残り部数もあと僅か。あとは彼のお得意様にお届けするだけとなっているようだった。


「俺ぁ、もうちっと自由に動きたいんだが……アル殿の頼みじゃしょうがねぇからな」


 そうぼやきながら、影が上を向く。人型に見える影は、その次の瞬間ばさりと翼を広げ、飛び立っていった。

 風で尻尾のように揺れる黒く長い髪、漆黒の翼。金色の鋭い瞳。山伏のような服装。

 彼……烏楽(うがく)刹那(せつな)は烏天狗である。

 そして、〝同盟〟きっての情報通……彼は新聞記者なのだった。


「金眼の烏天狗……見つからねぇ……いったいあいつはどこにいっちまったんだろうなぁ」


 刹那は飛行しつつも思案する。

 それは自らの探し人……探し烏天狗についてだった。


「一番最近あった、存在が消える事案はあのレイシーとかいう娘だけだな」


 彼は図書館に居着いた一人の少女の姿を思い出す。

 あの少女の存在が消えてしまったのは、長く異界にいたことともう一つ。彼女自身が現実世界のことを覚えておらず、そう望んだからだった。

 そのパターンで起こる〝存在の消失〟は多い。しかし、刹那が求める情報はその先……消失し、誰からも忘れ去られたはずの者を〝探す〟ための情報だった。


 刹那には酷く朧げな記憶がある。

 夕日の中、すぐそばで談笑していたはずの友。

 けれど夕日に溶けるように、まるで初めから存在しなかったように消えてしまった親友の姿。

 彼自身、親友の名前はおろか姿も声も覚えておらず、ただただ親友がいたはずなのに消えたという事実しか覚えていなかった。

 隠れ里となっている〝烏楽の里〟でも、親友の住んでいたはずの場所は物置に変わり、誰一羽として親友が存在していたことすら覚えていなかった。

 里の烏天狗は自分達は神様の末裔たる一族なのだと高らかに宣言し、他の天狗達を見下している。天狗の中でもとびっきり排他的な部類である。

 そんな里に生まれ育ちつつも、刹那は外と交流を持つべきだと論じた。

 そうして、そんな彼を支えてくれる親友が一羽いたはずである。

 けれど、その親友の存在が消えてしまった後、刹那は同時に唯一の里の繋がりも失い、村八分のような状態に陥ってしまった。

 彼が里を捨て、自分だけが覚えている親友の行方を探すのに不思議はなかったと言えよう。


 そこで先日のレイシーの件だ。

 レイシーは表の世界で忘れ去られたが、唯一の妹だけは存在を忘れることなく、現在も仲睦まじく図書館へと会いに来る。

 これは、レイシーの選んだ先の世界が単純に〝こちら側〟だったからこそ、起きたことだ。

 刹那の親友が見舞われたのがこれと似たパターンとなると……親友は個別の、〝此岸と彼岸〟では説明のつかぬ完全なる別世界を選んで……そこまで思案して、彼は首を振る。

 ただ、見つけるだけだ。そう、それだけでいいのだと。


 カア、カア


 新聞の最後の届け先へと向かう最中、数羽のカラスが彼の元へ向かってくる。

 刹那は、飛行スピードを普通のカラスでも追いつけるくらいまで緩やかにすると、声をかけた。


「よお、兄弟。どうした?」


 カア、カア、カア

 カア、カア、カア


 常人には意味の通じないカラスの言葉も、烏天狗たる彼には勿論理解ができる。


「迷子だ? そうか、ちっと気になるな。なあ兄弟、案内しちゃくれないか?」


 カア、カア


 カラスが数羽、まとまって移動する。

 それを追いかけながら、刹那は苦笑してぼやいた。


「ま、アル殿は多少遅れても許してくれるさ」


 アルフォードならば、理由を話せばきっと「せっちゃんは仕方ないなぁ」と笑って許すだろう。それを知っている刹那は困っている人を助けるべく飛行する。


「迷子が、二人ね。なるほどなぁ、こりゃアル殿に要報告だ」


 彼が向かった先には、てるてる坊主のように白いフードを被った年少の男の子と、その子と手を繋いでいる女性の姿があった。


「なあ兄弟達。この周辺を探しといてほしいんだが、いいかい?」


 カア


 答えが返ってくる。


「そうかい、よろしく頼んだぜ」


 そう言って、刹那は目的地付近で一旦翼をたたみ、アルフォードから買った道具で翼を不可視にする。今日は既に、人間に化けて飛行していたのでビジュアルは問題なかった。

 それから、ゆっくりと歩みを進めて女性と男の子の組み合わせの元へいく。


「迷子だって聞いたんだが、案内(あない)はいるかい?」

「え?」


 女性のほうが無理に男の子の手を引いて逃げ出そうとするが、刹那はやんわりとそれを止める。


「別に人攫いってわけじゃねぇよ。ただの親切心だ。話聞くぜ」

「この子が、一人でいたので……」


 女性がおどおどと言う。


「あんない、してもらってたの」


 男の子がにこにこと、疑いもせず女性と手を繋いだまま答える。


「じゃ、目的の場所に着くまで散歩でもすっか」


 刹那は、そんな二人と一緒に歩き出すのだった。



 ◆


「ぼく、もっとあそびたい」

「ええ、もっと遊びましょうね」


 仲良く歩く二人を眺めながら刹那は歩く。

 ともすれば、親子にさえ見える女性と、白いパーカーのフードを被った男の子。

 刹那は連絡を入れたアルフォードや、使いにやったカラス達を待ちながら、この二人と共に彩色町内を練り歩く。


「あ、チョウチョ!」

「こらこら、どこへ行くの」


 子供の手を女性が引っ張る。

 子供はふくれっ面をしながらそれに従う。随分と聞き分けのよい子供だ。そんな感想を抱きながら、刹那はひとつ提案した。


「お二人さん、祭りに興味はねぇか?」

「ある!」

「え、でも……」


 女性は少しだけ躊躇うようにしていたが、刹那がしゃがんで子供に目線を合わせ「なら坊主だけ行くか?」と訊くと、「私も行きます」と強気に答える。

 その返答に刹那は、苦笑いをしながら「案内するぜ」と二人の間に入った。


「カラスのお兄さんがアタシたちを呼ぶなんて、珍しいね」


 夕暮れを背にして大小の影が二つ、並んでいる。

 赤と茶色の影はやがて刹那達のいる場所へと近づき、刹那の連れた二人組にも挨拶をする。


「えっと、こんばんは?」


 一人……令一は戸惑いながらも挨拶をするが、紅子は素早く刹那の連れた二人組を見やると訳知りげに頷いた。


「……なるほど。刹那さん、まだ〝目的〟は見つかってないのかな」

「ああ、俺の兄弟が探してくれてるんだけどな。どうも難航してるらしい」

「え、どういうことだ?」

「おにーさんは女の人の相手でもしてれば? それで鼻の下でも伸ばしてればいいよ」

「ちょっと、紅子さん! なんてこと言うんだよ! 誤解だ! 誤解だから引かないでください! 俺はそんなことしないし、紅子さん一筋……いや、なんでもないぞ。今のは聞かなかったことに!」


 紅子は令一の言う通りに聞かなかったフリをすると、刹那に視線で訴える。もっと相応しい人選があったのではないかと。


「絵描きの子には、多分アル殿が連絡してくれるだろうさ」

「行き当たりばったりなの? まったく、カラスのお兄さんも大概お人好しだねぇ。あー、カラスが好い? いや、違うか」

「形容に迷うんなら人間基準でもいいぜ? 俺としちゃあ〝爪を立てないカラス〟って言われるほうが嬉しいが」

「妖怪によってそのへんの例え話って違うもんだねぇ」


 一人と一羽で会話していると、いよいよ日が沈み始める。

 令一はやっと誤解を解けたようで、男の子にリンを使って腹話術もどきを披露している。


「ありゃ、おにーさん。女の人はいいの?」

「しまいには怒るぞ紅子さん!」

「……」


 紅子からの「どうにかしてくれ」という視線が、刹那に突き刺さる。

 刹那は静かに首を振った。諦めろ、と。


 カア


 一羽のカラスが刹那の元へやってくる。


「お、見つけたか」

「時間を稼げたようでなにより」

「え? どういうことだよ」


 一人だけなにも分かっていないらしい令一を置いて、刹那と紅子だけで話が進んでいく。


「さて坊主、祭りだ。祭りの会場は少し遠いらしくてな。こっちにおいで」

「ま、待ってください。やっぱりお祭りなんて……そんな、危ないわ」

「へーきだよへーき。これだけ大人がいるんだから、問題はねぇさ。ちゃんと見てりゃいいんだろ?」

「お姉さん、アタシも見てるからさ。大丈夫だよ」


 僅かに抵抗の意思を見せる女性を刹那が説得するように言い含め、同性のよしみで紅子も女性へ声をかける。


「そ、そうかしら」


 どうやら、紅子の声かけが功を制したようで、女性はおどおどと心配そうにしながらもついていく様子を見せた。

 どうやらこの女性は〝お祭り〟を危ないものだと思っているようだが、刹那は「ま、最近は祭りでの事故もあるっていうしな」と一羽納得している。

 綿菓子を持ったまま走るなど以ての外だ。


「さ、アタシと手を繋ごうか」

「うん!」


 紅子と男の子が手を繋ぎ、刹那は女性の隣を歩く。

 令一はがくりと項垂れながら、手を繋いだ紅子に合わせて子供を挟むように歩くことにしたようだった。空気を読んだというより、ヘタレただけともとれるその行動だが、紅子は今回ばかりは満足そうに目を細めた。

 刹那、女性。そして紅子、子供、令一の組み合わせである。


 カア、カア、カア


 カラスが先導するようにくるくると回る。

 刹那と女性が先を行き、子供を挟んだ紅子と令一がその後ろを歩く。


 やがて、あぜ道に差し掛かったあたりで子供がなにかに気がついたように紅子の手を引く。


「いや、あっち、いや」

「目的地はあっちなんだよ」

「おい、この子どうしたんだよ」

「気にせず行くよ、令一さん」

「はい」

「ついでに、キミもこの子と手を繋いでね。令一さん」

「分かった」

「いや!」

「嫌がられても手を繋いでね、令一さん」

「ぐうっ、滅多に呼んでくれないのにこういうときばっかり名前で呼ばないでくれよ……やるけど!」


 扱いやすいことこの上ない令一に指示を出しながら紅子は溜め息を吐く。

 この期に及んでお兄さんはまだ気づかないのか、と呆れながら。


「せっちゃん!」

「お待ちしていました」


 遠くに大きく手を振る赤髪の人影と、スケッチブックを持ってこちらを見やる女性の姿があった。

 羽飾りのついたカチューシャを揺らし、最後の仕上げに入ったのかしゃがみこむ女性……秘色いろは。彼女は挨拶もそこそこに背を向けてまたスケッチブックに描き込み始める。


「え……」


 いよいよ大きくなった子供の抵抗に四苦八苦しながら令一が声を漏らす。

 秘色いろはがこの場にいる意味。そして、アルフォードがこの場にいる意味を知って。


「いやー! やだー!」


 いよいよもって子供が逃れようとする力が増していく。

 ぐずりだし、子供らしくジタバタと足を踏みならしながら。


「あ、れ……?」


 刹那に連れられて女性がその場所に連れて行かれる。

 あぜ道の、その奥には……血痕が広がっていた。


 カラスが導くその場所に、あるもの。


 それは、子供の遺体――






「わ、たし……?」


 ――ではなく、女性と全く同じ姿をした人間の遺体だった。


「はなせー! はーなーせー!」

「ど、どうなって」

「おにいさん、絶対離さないでよ? もしかしたらアタシも狙われちゃうかもしれないからね」


 令一が両手で子供を押さえつけにかかったのは、その言葉がかかってから秒の世界だった。


「せ、刹那さん! 紅子さん! これ、いってぇ! 噛むな! 噛むな! 危ないって! 狂犬じゃねぇんだから! くそっ、これ、どういうことなんだ!?」


 手に噛みつかれた令一は歯を食いしばりながら耐えている。しかし、その噛みつかれた場所に穴が開くほどの力で噛みつく子供の勢いは止まらない。

 その視線は既に人のそれではなく、白目が反転して黒く染まり上がり、黄色い眼が怪しく光っている。

 そんな子供を、もはや気合いと根性だけで押さえつける令一は傷だらけだ。

 しかし、いくらアルフォード達が近くにいるとはいえ、紅子に「狙われてしまうかも」などと言われていては、令一にこの子供を離して他に任せるなんていう選択肢はなかった。

 未だ混乱の極みにある令一の元へ、アルフォードが近づいていく。


「せっちゃん、お疲れ様! 災難だったね? あ、せっちゃんにとっては人助けだから災難ではないのかな。でも、お疲れ様。令一ちゃんもね!わざわざ押さえてくれてありがとう!あとでちゃんと治療するからね」

「困ってなくても、連れてかれそうな魂を見たら気になっちまうからな。報酬は情報で頼むぜ、アル殿」

「ブレないなぁ。分かった。もっと広範囲で探してみるよ……わあ、令一ちゃんは凄いなあ。そいつの力は強いだろうに」


 そこで、やっと子供がアルフォードを見据えた。


「げっ」


 子供らしからぬほどに表情を歪めて。


「ジャック・オー・ランタン。悪魔との契約で地獄に落ちないことが確約されたものの、悪行が過ぎて天国に行くこともできず、地上を彷徨い続ける灯火。道案内と称して善良な人を道に迷わせる妖精、だね」

「……」


「考えたね。人の命が潰える時、あの世への道が開かれる。善人が死ねば天国への道がほんの僅かに見える。そのときに、お前は本来逝くべき人間を押し退けて無理矢理その道に入ろうと思ったんだね」


 淡々とアルフォードが告げる罪状。

 その背後では、いろはに遺体を弔うように描かれて逝くべき場所へ導かれる女性の姿があった。

 令一の手を穴だらけにしながら噛みつき、女性のいる場所へ向かおうとするその姿は醜悪そのものである。


「で、でもジャックランタンって言ってもカボチャ頭なんじゃないのか?」


 令一が涙目で痛みに悶えながら、言葉を絞り出す。

 紅子はとっくに手を離していた。

 幽霊である紅子が最初に手を繋いだのも、女性ではなく子供を相手して、令一に女性の相手をさせようとしたのも、全て自身を囮に使ってのことだった。

 勿論、刹那はその意図をきちんと理解していた。

 知らぬは令一ばかりなり、ということだ。


「今はカボチャのランタンが主流だけど、昔はカブでランタンを作ってたんだよ。知らない?」


 アルフォードが優しく問いかけるが、令一はあいにくそんな知識を持ち合わせていない。

 もはや子供と呼べないその存在は、暴れるだけ暴れてもやはり……〝白いフード〟でてるてる坊主のように見えた。


「カブ……なるほどな。というか紅子さん! また無茶してるんじゃないか!」

「気づかないおにーさんが悪い。せっかくアタシがこいつから遠ざけようとしてあげたのに、気づかないんだもん。このニブチン」

「それは……悪かったけどさ……」

「刹那さんは気づいてたのにねぇ」

「おっと、こっちに飛び火するのはよしてくれないか?」


 苦笑いしながら刹那は行方を見守る。

 女性は無事に一人で成仏できたようだった。


「お逝きなさい……終わりました」

「いろはちゃんもありがとね! いやあ、突然呼び出してごめんね!」

「いえ、仕事ですし」


 いろはは淡白に答えてスケッチブックを仕舞う。


「じゃ、あとはオレが処理するよ。お疲れ様。解散! あ、せっちゃんは報告書と新聞持って後で店のほうに来てね!」

「承知した、アル殿」

「さ、行こうかお兄さん。傷の手当て、してあげる」

「いいのか? ……ありがとう、紅子さん」

「いいよいいよ、アタシだって先に逃げたし」

「あ、それなら店においでよ。店の治療薬勝手に使っていいからさ。その傷はちゃんと処理しないとあとで大変だよ」

「助かるよ、アルフォードさん。じゃあ、お兄さん、一緒に行こうか」

「ああ、ありがとう」


 ズルズルとジャックランタンを引きずっていくアルフォードと、距離を開けて彼に着いていく二人を見送りながら。刹那は飛び立つ。数時間は遅れてしまった新聞を届けに。ついでに報告書を店で書こうと思いながら。


「よお、兄弟。今日はありがとな!」


 カア、カア


 迷子は帰るべきところへ。逝くべき場所へ。

 そう、カラスが鳴いたならば……それは〝帰宅〟の時間なのだから


 本編でなくてすみません。先にできたのでこちらをあげます。

 というわけで、烏天狗の烏楽刹那くん紹介のお話です。

 叙述トリックが書きたくて書いたのですが上手く書けたでしょうか…… 少しでも騙されてくれたら幸いですね。

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