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だから、お前の全てを受け入れよう

 カラン、カラン、と喫茶店のベルが鳴る。

 俺達はそのまま喫茶店の中に入り、窓際の席へ二人ずつ座った。

 俺の前には秘色(ひそく)いろはさん。そして紅子さんの前には桜子さんだ。


「それで…… あの人を誘い出したいって言っていましたけど、協力は構いません。ただ、経緯はちゃんと教えてくださいね」

「いろはは〝 同盟 〟の人間だから人外のことを話すのに躊躇いはいらないよ。むしろ、詳しく聞かせてほしいくらいだね」


 同盟の人間? 

 いや、同盟は人間と共に暮らしたい人外達の集まりじゃなかったのか。そこに人間が入っているというのはおかしいんじゃないか? 


「わたしが同盟に入ってるんじゃなくて、わたしの保護者が同盟の関係者なんです」


 なにか察したようにそう言った秘色さんに、俺は言葉を詰まらせた。

 それって、つまり俺と同じ…… 人外と住む人間ってことなのか。

 辛くは、ないのか。俺でさえこんなにも嫌で嫌で仕方ないのに。


「わたしは幸せですよ。わたしの、望んだことですから」


 優しい目で言った彼女の言葉は、抑揚なんてないのに確かに嬉しそうだった。


「そっか、俺とは違うんだな」


 女の人が無理矢理従属されていたりなんかしたら、それこそ事案というか…… そいつを叩き斬りに行きたくなる。


「それよりも、経緯をお願いします。同盟の仕事は〝 やりすぎた人外の捕縛や討伐 〟もあるので、力になりますよ」


 それはつまり、実績もあると考えていいのだろうか。

 青葉ちゃんが敦盛春樹さんを呼び寄せてなにをしたいのかは分からないが、良いことではないと思う。

 これがただ仲直りしたいだけとか、愛の告白だとか、そういうのならまだなんとか説得の余地があるし、あるいは想いを伝えて満足するなんてこともあり得るが…… 彼女は俺が人外と関わりがあると分かって脅し混じりのお願い事をしてきたんだ。

 拒否権なぞない。そんな威圧感を出しながらされた〝 お願い 〟が平穏無事に済むとはとても思えないのだ。


 だから、俺は秘色さんに最初から経緯を話した。

 最近流行りの冬に咲く桜。その精の青葉ちゃんのこと。

 彼女から自分の世話をしていた庭師を探してくれと言われたこと。

 その庭師が秘色さんのストーカーをしている人物であるということ。

 図書館で発見した〝 花の神様と夫と呼ばれる管理者 〟のこと。


 夫と呼ばれる花の神の管理者は、花が長い長い眠りにつく際に一緒に眠りにつく。花の神が寂しくならないように夫として。

 それはきっと、花の神の恩恵をずっと受けていられるようにするためだったのだと思う。

 そんな考察も混ぜ、自分の不安を打ち明ける。


 もしかしたら、青葉ちゃんは眠りにつくために管理者を探しているのではないか? 

 それならば管理者の、庭師の敦盛さんはどうなってしまうのだろう。

 彼は周りからすれば体のいい生贄とさほど変わらない立場なんじゃないか。

 それを分かっていて、放っておくのもどうかと思うんだ。


「お兄さんは本当にまあ、お人好しだねぇ…… そういう無責任なところ嫌いだよ」

「うっ」


 黙って喫茶店のワッフルをつついていた紅子さんが牽制する。

 横目でこちらを見る真っ赤な瞳は責めているようでいて、呆れているようでもあった。

 人間の俺に深入りさせないようにしているようでも、あった。


「ひとまず、桜の下に連れて行くのは決定なんですよね」


 秘色さんが確認してくるようにこちらを見る。

 俺がそれに頷くと彼女は 「そうですか……」 と呟いてからふと視線を移動させた。


「なら、もうここに用はありませんね」

「作戦実行しようか」


 桜子さんも同意の返答をする。


「え、今からか?」

「気づいていなかったんですね、もう来てます」


 秘色さんの言葉に俺はビビってカツン、とケーキの皿を強く突きすぎた。


「……」


 秘色さんが窓を指差す。

 俺も後ろを振り返ることなく視線を窓に移すと、二、三席離れた後方に敦盛春樹が新聞を読む振りをしながらこちらを睨んでいた。


「おっと、好きな子が知らない男といてお怒りのようで」

「紅子さん、茶化さないでくれよ」

「…… ということです」


 なるほど、これならすぐに移動するだけでついて来そうだ。

 俺たちは目配せをしてその場から立ち上がる。

 秘色さんに先に行っていてもらっても良かったが、そうなると俺が絡まれる可能性が高くなる。そんなの勘弁だ。

 それなら一緒に桜まで誘導していった方が良い。

 俺が全員分の支払いをして出ると、秘色さんはさっそく駅の方へと向かっていく。俺も紅子さんと追い、ときおり彼女に確認すれば 「しっかりついてきてるよ」 と後方確認してくれる。

 このまま普通に目的地へ向かってもついてきそうだ。


 途中で桜に向かっていると気づかれそうだが、秘色さんに夢中になっているようだし、最近は青葉ちゃんからの追っ手も消えているからそのまま来るだろう。


「準備はしておいた方が良さそうですね」

「ぼくに任せてくれよ、いろは」

「絵を描いている間だけね」


 青葉ちゃんは元の花の神とは別物だが、ちゃんと神格を持っているはずだ。

 そんな存在を相手に彼女がどこまでできるかは知らないが、本当になんとかなるのか…… ? 


 丘の上にある桜は怪しく揺らめき、その薄紅色の花をまるでイルミネーションのように同じ色の光がぼんやりと覆っている。

 この近辺に来た途端、急激に日が沈んでいった。

 もしかしたらそれだけ時間が経ったのかもしれない。だが、俺たちの目には急に夜の幕が降りてきたように感じられた。

 神、というよりも妖怪と言った方がそれらしい木の下に、桃色の髪を揺らした青葉ちゃんがいた。

 俺はそこでようやく気がつく。普通ならいくらか桜が散ってピンク色の絨毯が出来ていてもおかしくないのに、地面に落ちた桜の花は一切見当たらなかった。


 こちらに背を向けるように立っている彼女は〝 自分自身 〟を見上げていたようだが、ゆっくりとこちらへ振り返る。花が綻ぶような、そんな笑みを浮かべて。


「やあ、人間。やっと来たね…… ボク待ちくたびれちゃったよ」

「まだ数日しか経ってないだろ」


 妙な圧迫感を醸し出す彼女に怖気づきながらも言い返す。

 何年も待っていたんだろう。それなら追加で数日くらい待てるだろうが。


「時間がないんだよ。人間並みにね」

「へえ、一時間刻みでのスケジュールでもあるのかな?」

「おや、人間並みの基準を履き違えていたみたいだね。最近の人間は生き急ぎすぎている。ああ、キミはもう死んでるんだっけ」


 言い返した紅子さんは青葉ちゃんの言葉に少しムッとしたように眉を吊り上げた。


「死んでても良いことはある。例えば妙なお兄さんが遊び相手になってくれたりね。神様じゃあ恐れ多くて誰も相手してくれないだろう?」

「言うね、亡霊のカケラ程度が」

「おっと、まさか神様のカケラがこんなにキレやすいなんて予想外だよ」


 ニヤニヤと煽りに煽る紅子さんの肩に手を置いて宥める。


「ちょっとした仕返しくらいいいだろう?」

「怒らせてどうするんだよ」

「アタシが貶されるのはいいのかな?」

「よくない」


 即答すると、彼女は驚いたように目を丸くしてから黙った。おまけに溜め息つきだ。


「いいよいいよ、ぼくはこういう戦い前の煽り合い好きだから」

「桜子さんは参加しないで」

「ちぇー」


 そもそも戦うと決まったわけじゃないんだけどな……

 秘色さんを最後にして丘に上がると、その数秒後には桜から同じ色の蝶が一斉に飛び立った。


「なんだあれ……」


 蝶は四方八方に散っていき、一定の距離まで到達すると溶けるように消えていく。目を細めると、この辺り一帯を僅かに薄いピンク色の膜のようなものが覆っているのが見える。

 俺の呟きには秘色さんが反応して 「一種の結界、です」 と答えた。

 さすがの神様といったところなのだろうか。


「あのね、お兄さん。人外連中は皆違えど固有の空間みたいのものは持ってるんだよ。アタシの場合は夢の中、キミのご主人様はあの家そのもの。多分もっと大きいのを作れるけどしてないだけだ。近所に一定の時間で妖怪市場に繋がる神社もあっただろう?」


 確かにあったな。

 なら、これは桜の結界か。いったいなんのために……


「もちろん、獲物を逃さないためだろう? ぼくもそうしていろはを殺そうとしたからね!」

「懐かしい……」


 その経験を懐かしいで済ませるのはどうかと思うけどな! 

 獲物、この場合の獲物といったら俺達じゃなくて……


「な、なんだ!? なにが起こって…… ここは、もしかして!」

「いろはに釣られて来た獲物が一匹…… ご案内だね」


 桜子さんが愉快そうに笑う。

 元々の気質が残酷なのか、それとも人間に対する憎悪が強いのか、本人も自称していた通り、実に〝 悪霊 〟らしい笑い方だった。


「ああ待っていた! 待っていたよ春樹…… 覚えてるかい? ボクだよ、青葉だよ! 前に約束しただろう? キミはボクの許婚なんだから、もう逃げちゃダメだよ?」


 そう言って走り寄っていく青葉を彼は…… 拒絶した。


「嫌だ! なんでテメーがここにいる!? なんでテメーは歳を取らねぇんだ!? 気持ち悪い、こっちに来るな!」


 全力の抱擁をしようとした彼女は、彼が避けたことによってその場で転んだ。

 そのときに俺は反射的に動こうとしたが、それは紅子さんの腕で静止させられる。


「桜子さん、敦盛さんの確保を」

「いろは、もう遅いよ」

「え、もう…… ?」


 二人が動こうとしたが、一歩遅かったみたいだ。

 敦盛さんは更に怒鳴り散らそうとしたところを後ろ向きに倒れた。

 いや、違う。彼は、地面から突き出てきた桜の根っこに足を取られ、そのまま結界内の空に吊り上げられたんだ。

 根から桜の枝へと受け渡された彼は空中でその胴と、股下から伸ばされた太い枝で拘束され、動けない。

 股下を通った枝で体勢的には吊り上げられるよりマシだろうが、相手は神様だ。この状況はヤバすぎる。あまり怒らせているとあの人が絞め殺されそうだ。


「なんで?」


 地面に四つん這いになったまま呟いた青葉ちゃんの言葉に怖気が走る。


「ボクはこんなにも好きなのに。どんなにキミが歳をとっても、好きなのに」


 桜が騒めく。

 彼女の心を表すように枝がどんどん増え、触手のようにムチ打ちながら桜が攻撃性を増していった。

 しばらく締め付けられていたらしい敦盛さんが呻きながら、声を小さくしていく。あれは、本当にやばい。下手したら命の危機だ。

 青葉ちゃんはきっと怒りで力加減を誤っているんだ。落ち着かせれば……


「ひどいよぉ……」


 顔を上げた彼女はポロポロとその目から涙を流していた。

 けれど、敦盛さんが気絶するように脱力するとそのまま空を泳ぐように飛んで、彼の元へ向かう。


「まだ、死んでないよ」


 幽霊の紅子さんが言うなら、そうなんだろう。


「下土井さん、戦闘はできますか?」


 近くにいた秘色さんが俺を見上げた。


「問題ない」

「最優先事項は敦盛さんを拘束している枝の破壊及び、救出です。怪我をしていてもある程度なら回復手段があります」

「話し合いは……」

「…… 不可能でしょう。わたし達には彼女相手に切れる交渉材料がありません」


 断言され、俺の希望は絶たれた。


「ボクはね、それでも好きなんだ」


 語りかけるように、言い聞かせるように青葉ちゃんが言う。


「たとえキミがボクを見ていなくてもいい。ボク〝 が 〟好きだから、それでいい。それで全ては完結する。だから」



《darkred》── だから、お前の全てを受け入れよう《/darkred》



 目を細めて青葉ちゃんは彼を抱き込むようにしたあと、そばを離れる。


「ボクを嫌いなままのキミをそのまま受け入れよう。なあに、100年も一緒に地下で眠ればまた昔のように仲良くなれるさ」


 にっこりと、それはもう嬉しそうに。


「けど、その前にやることはやらなくちゃ」


 彼女は枝を伝いながら降りて来ると、笑顔で木の根元に座った。


「人の恋路を邪魔する人は、馬に蹴られて死んじゃうんだってさ」


 その言葉を合図にしたように、その場で蠢くだけだった枝が一斉にこちらへ向かってきた。

 その様子に少しだけ、〝 あのとき 〟の光景がフラッシュバックする。

 ニャルラトホテプの触手に腹を貫かれる友人、真っ二つに裂ける親友。血飛沫、狂気の渦巻いた光景……


「桜子さん、右」

「はいはい」


 だが、その悪夢も目の前で枝を切り裂くカッターナイフなんて見てしまったら霧散した。


「お兄さん、なにもできないなら下がってな!」

「いや、やるよ」


 紅子さんは上から叩きつけられる枝を素早くガラス片で受け流す。

 彼女を殺した凶器でもあるそれは、彼女の武器でもあるのだ。

 人魂を纏わせるように紅く仄かに光るガラス片は耐久力なんて無視して切り裂き、枝をときおり炎上させている。


「きゅう!」


 カバンから自主的に出てきた赤く小さなドラゴン…… 鱗のリンに 「頼む」 と言うと、手のひらの上に乗っていたリンがみるみるうちに赤い刀身の刀へ変貌していく。


 振るえば、すっぱりと枝が切れた。

 無謀断ちであり、無貌断ちになったらしいこの刀。格上が相手であればそれだけ力も強くなるだろう。

 相手は外から来たニャルラトホテプ(あいつ)とは違い、地球で産まれた比較的浅い神。

 だが神は神。格上なことに変わりはない。

 目的は討伐ではなくて敦盛さんを救出することだけだ。どうにか近づかないと。


 けれど、結界があるのに秘色さんはどうやって逃げようというのだろうか。


「あっぶな!?」


 俺のすぐ横の地面に枝が突き刺さる。

 考え事をするのは後だ。今は目の前のことに集中しないと。


 右、左と避け、正面から突き刺してやろうと迫って来る枝に合わせて刀を持ち、勝手に裂けていく道を走る。

 今度は桜の花が視界を覆うように飛ばされて来る。横から来た枝を受け流す要領で舞う桜の梅雨払いに利用し、結界に利用されていた光の蝶を切り裂く。

 次に来た巨大な桜の蕾を切り払えば、ぶわりとピンク色の煙が広がった。桜の香りを凝縮したような、春先に日向ぼっこしたときのような暖かさに一瞬思考が曇る。


「お兄さんはバカか!?」


 幻惑され、足を止めたところに下から突き上げられた桜の根を見上げる。

 突き飛ばされた俺は、さっきまでいた場所へ代わりに残った紅子さんの行方を追った。


「紅子、さん…… ?」


 上空には、桜の根に腹を直撃され串刺しとなった紅子さんがいた。

 友人達が死んだときと、全く同じ光景に俺はその場で混乱した。

 不思議と血が降ってこないのは彼女が幽霊だからか、とか、紅子さんが死ぬのかとか、頭の中を様々なことが巡って一時停止する。

 棒立ちになって、無防備になる。


 これを好機とばかりに枝が、迫って来る。


「ぅあ……」


 しかし、首元のネックレスがまるで意思があるかのように俺を締め上げ、次の瞬間には迫り来る枝を刀で受け流していた。

 発狂寸前の身を無理矢理鎮静させられ、戸惑うが厄介なご主人様のおかげで正気に引き戻されたのは事実。今だけは感謝する。


「紅子さん!」


 根が地中に戻っていくと、ピクリとも動かない紅子さんはそのまま地面に横たわった。

 完全に腹はおろか心臓の位置まで風穴が空いている。普通なら助からないが、さっき秘色さんが回復手段があるとか言っていたか…… これをどうにかできるかは分からないが、彼女を連れて…… ? 


「わっ、な、なんだ?」


 紅子さんを姫抱きにして枝を右に左に避けていると、彼女の体が突然紅い煙となって霧散する。その光景に、俺は今度こそ愕然として立ち尽くした。

 彼女を抱いていた手の中に擦り寄るような一匹の紅い蝶が溜まる。


 紅い燐光を纏ったその蝶はまるで──


 その蝶を見つめていると、突然結界の外から真っ黒い煙が流れ込んで俺の周りで渦巻き始めた。

 あれは怪異だと感じとり、追い払おうとしても徐々にそれは近づき、紅い蝶々へと絡みつくように吸い込まれていく。

 蝶を中心点に支えていた手が極端に冷え込んだようにかじかむが、まさか手を引くわけにはいかない。だって、そうしたら彼女がどこかへ行ってしまいそうで。

 そして、数秒程ですぐに黒い煙は消えた。


「は!?」


 俺の腕の中には、姫抱きにされた紅子さんが再び収まっていた。


「…… わ、お兄さんもう大丈夫だから降ろして!」


 桜子さんが周りの枝を代わりに処理してくれている間に、俺は紅子さんを降ろす。紅子さんは随分としおらしく俺の服を掴んでたが、すぐに離れた。


「アタシ達の体は噂でできてるから、心配しなくてもすぐ復活できるんだ。ほら、いつまでもここにいないでさっさと行った!」

「あ、ああ」


 釈然としないまま先へ進む。

 黒い煙が噂の塊だと言うのなら、あの赤い、紅い蝶々はもしかしてと思いを巡らせながら。

 青葉ちゃんはこちらを睨みながら、随分とご機嫌斜めな様子を見せていた。


「なんでボクの邪魔をするの?」

「そりゃあ……」


 俺が言う前に、紅子さんが答えた。


「ほら、お兄さん前払いはもらったけどちゃんと報酬もらってないでしょ? タダ働きは誰だって嫌なもの、だよ!」


 その途端、枝の動きがピタリと止まった。完全に予想外という顔を青葉ちゃんがする。

 依然、警戒するようにこちらに枝は向いたままだが、完全に攻撃はやめたようだ。


「そうか、そうだったね。ごめんね、ボクとしたことが忘れてたよ」

「うおっ!?」


 言ってすぐ目の前に現れた青葉ちゃんに一歩後ずさる。


「報酬はなにがいいかな。前払いみたいなのはダメだよね。ボクができること…… ううーん」

「あの人を解放してやるのは……」

「ボクのできることって言ってるでしょ?」


 有無を言わさぬ威圧感で黙らされた。


「キミの眠り、とかどうかな?」


 声が聞こえた、すぐそばで。

 俺のズボンのポケットから飛び出した鋭いガラス片は素早く青葉ちゃんの首筋を切り裂いた。


 なにが起きたか、分からなかった。


「あ、あ……」


 ポタリ、なんて音じゃ収拾がつかないほどの量の血が首から流れ落ちては桜の花に変わっていく。

 俺が紅子さんを抱き上げていたときに、いつの間にかガラス片を持たされていたのか。

 …… 不意打ちは怪異の得意技か。


「あなたはやりすぎた」


 ざくりと背後から紙を切り裂く音が響くと、その分だけ彼女の顔に亀裂が入っていく。


「木を傷つけても無意味、本体は桜だけど、意思はあなたが持っている。眠るのはあなただけ」


 秘色さんが近づいて来る。

 青葉ちゃんは枝を動かして敦盛さんに触れに行こうとするが、彼は巨大な枝を切り落とした桜子さんによって既に救出されていた。


「待て、待ってよ! その人を連れて行かないで! ボクの、ボクの……」


 崩れながら、ただの木の人形のようになりながら、青葉ちゃんが彼に手を伸ばす。

 けど、その手が握られることは……なかった。


「キミは寂しさを紛らわせる生け贄が欲しいだけで、本当は誰でも良かったんだよ。そうは思わないかな?」


 紅子さんが皮肉気に言った言葉に、彼女は絶望したようにその手を胸に当てた。思い当たる節があったのかもしれない。


「独りで眠れよ、桜の精」


 神とは言ってやらないんだな。

 まあ、元は神様じゃなくて花に宿った精霊だったからか。


「…… はあ、やっと終わった」

「おつかれさまです」


 秘色さんにおつかれ、と返してその場に座る。

 見ると結界は頭上から地面に向かって解けるように消えていく。

 人間の敦盛さんは無事だし、なんとかなったかな……

 できれば青葉ちゃんも、なんて言ったら紅子さんにまた偽善だとたしなめられてしまうだろうが。


「…… ああ?」


 おっと、敦盛さんが起きたけど…… 秘色さんどこにいったんだ? 


「え、そっち?」


 紅子さんの目配せに従って視線を移動させると、桜の裏から振られる手が見えた。

 敦盛さんが彼女を見ると面倒なことになるからだろう。仕方ないか。


「怪我はありませんか?」

「……」


 俺の言葉に返事もせずにキョロキョロと辺りを見回していた敦盛さんは、最後にすっかり花が散った桜を見上げて呟いた。


「距離を取るだけじゃ効果ねぇのかよ…… ッチ」

「ちょ、ちょっとなにするんですか!?」


 そして起き上がると、なんと桜の幹に蹴りを入れて唾を吐いた。

 さすがにこんな仕打ちじゃあ青葉ちゃんが可哀想すぎる! 


「ああいうのには関わっちゃダメだよ、お兄さん」


 そのまま去っていく彼を引きとめようとして、紅子さんに注意される。


「それと、人間のクセに神様のことを可哀想だなんて思うべきじゃない」

「えっ、俺口に出てたか?」

「いいや、キミの考えそうなことなんてお見通しだよ。人外に同情なんてご法度だ。そんなんだから厄介なのに執着されるんだよ」


 這い寄る混沌とか、なんて冗談めかして言った彼女に苦笑いを返す。確かにそうだ。


「さて、俺達も帰るか」

「帰りましょう。ああ、連絡先だけ渡しておきますね。同盟でもよろしくお願いします」

「あ、紅子。ちょっといい?」

「なに、桜子」


 俺達が連絡先を交換している傍でなにやら幽霊二人が話し合っている。


「キミ、最近〝 遊び 〟してるの?」

「……」

「ああ、そう…… しばらくあのお兄さんといるのはやめたほうがいいと思うけどね、ぼくは」

「そうだね、復活が遅い…… 〝 赤いちゃんちゃんこ 〟って認められにくくなってるかもしれない」

「ちゃーんと〝 らしい 〟ことしてないとダメだよ? ぼく達は怪異なんだから」


 そうして俺達は、それぞれの家路についた。


 ・青葉

 気がついている方もいるかもしれませんが、当小説の登場人物で〝青〟の名前が入った人物は要注意でございます。

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