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其の八「ともだち」

 意識が浮上していく。

 パチンと、なにかがはじけて目蓋を開いた。


「……」


 周りに浮かんでいる無数の鏡という異様な光景に、言葉を失った。

 なんだこれ。体を起こして辺りを見回す。

 アルフォードさんと真宵さんはこの場にはいないようだ。休憩スペースとなっているこの場所にはいないようで、店のほうから小さな話し声が聞こえてくる。普通に会話しているんだろうが、聞き取れるほどの大きさでもないので気にはなるが、多分雑談だろう。起きたことを知らせないと。


「……噂、かあ」


 先程思いついた解決法。

 これをどうにかするために作戦を練らなければならない。

 そのためにも2人のアドバイスをもらいたいのだが……果たしてアドバイスを求めて良いものなのか。


 完全に起き上がって周囲に浮かんでいた鏡に触れてみる。

 その全てが俺を映し出していて、合わせ鏡になっていたり、なんだか俺の内面を暴かれているような変な気持ちになってくる。正直結構不気味だ。


「あ、これ鱗か」


 よくよく見れば、この鏡は裏がすべすべとした一枚の鱗であることが分かる。もしや真宵さんの本体の鱗か? でっか……でかすぎる。あのヒトの本体はどれだけでかい蛇なんだ。末恐ろしいな。


 ベッドを借りて寝転がっていたために靴は脱いでいる。室内ではあるが、床に靴を置いてあったのでそのまま履いて店のほうへ。こういうところは外国基準なんだよな。まあ、アルフォードさんイギリス……じゃなかった、ウェールズ出身だし。イギリス付近の国名は混同すると大体怒られるからな。気をつけないと。


「……ですから、まだ待つしかありませんわ」

「気持ちは分かるけどねー。令一ちゃんは降臨なんてしないだろうし。うーん、まあ状況は説明してあげるからキミらは座して待つんだよー? はい、そこ座って」


 ……って、なんの話だ? 


「あの……お二人とも誰と……」


 店内のほうに顔を出してみても、そこに座ってお茶しているのはアルフォードさんと真宵さんだけだ。


 あれ? 


「てっきり……他の誰かと一緒にいると思っていたんですけど」

「あらー? そんなことはありませんわぁ」


 俺が顔を出した途端に、2人はパチリ、パチリと瞬きをしてこちらに振り返る。


「そうそう! 令一ちゃん、どうだった? 策は掴めた?」


 誤魔化すように首を振る二人に不審を募らせるが、本当に二人で話していただけかもしれないし……状況的にそれしかありえないわけだし、と心を切り替える。


「はい、今まで経験してきた知識と、紅子さんに教えてもらったことを踏まえると……赤いちゃんちゃんことして紅子さんがいられないなら、いっそ紅子さん自身を新たな怪異として噂話を流すのがいいんじゃないかと思って」


 紅子さんは赤いちゃんちゃんこである。

 しかし、赤いちゃんちゃんことして行動するためには、人殺しも視野に入れなければならない。それを彼女はしたくない。不殺を貫き、殺すくらいなら自分が消滅するほうがマシだと断じているくらいだ。


 なら、赤いちゃんちゃんこの分け身ではなく、紅子さんを紅子さんという名前の怪異にしてしまえばいい。


 怪異は今も、そして昔から、どこかで生まれ続けている。

 人の噂が怪異を生むなら、紅子さんを今のままオリジナルの怪異としてこの世に刻み込めば彼女は消えない。どころか、赤いちゃんちゃんこの分け身ではなくオリジナルとなるので、自分の分け身も作れるようにさえなれるかもしれない。


 それしか、今の俺にはとてもじゃないが思いつかなかった。


「ふむふむ、なるほどね。考えたねぇ。確かにそれなら紅子ちゃんが消えることはなくなるよね」


 笑顔で頷くアルフォードさんに安堵する。

 どうやらこれで正解のようだ。


「で、令一ちゃん。どうやって噂を広げるかは決まってる?」

「え」


 しかし、その次の言葉で俺は詰まった。

 当たり前だろう。だって噂なんて、そう簡単に広められるものではない、そんなの、理解している。


「あれ、考えてない?」


 少しだけトゲのある言い方にチクリと胸が痛む。

 人の良い笑顔で、向日葵の色をした目は優しげなのに、どうしてかきつく感じた。


「ちょっとトカゲ、鞭はわたくしの役目ではなくて?」

「うん、そうだよ。でもさ、オレだっていつも甘くはないんだよね。令一ちゃんもちゃんと考えているんだろうけれど、どうしても考えが甘いから。人間って一人じゃなんにもできないし、仕方ないけどね」


 チクチクと刺さる言葉に眉を下げる。


「ねえ、令一ちゃん。噂を広げるのってどうやるか決めてないでしょ。あと一週間、たったそれだけの時間でさ、キミ一人でなにができるというの?」

「それ、は……」

「ほら、なあんにも考えてないでしょ」


 だったら。


「確かにね、オレらが噂を広めて怪異に対処することもある。でも、人の認識に根付かせるくらいの噂の力を作るって結構大変なんだよね。それをキミはちょっと舐めすぎ」


 だったら。


「だったら、どうしろって言うんですか……! 考えて、考えて、それでやっと辿り着いた結論なんですよ? どうしてそれを……!」


 否定なんて、するのか。

 やっと掴みかけた希望なのに、それを現実的でないなんて取り上げるのは、あまりにも酷すぎる! 


「まあまあ、ちゃんと聞いてよ。一人でできることなんてたかがしれているんだからさ」


 確かにそうだ。一人でやれることなんて少ない。

 でも、俺が。俺がやらないと意味がないって言ったのはアルフォードさん達だろ? だからやっと見つけた結論だったのに。


 どうして。


「ところで、令一ちゃん。今、キミが〝友達〟って言ったら誰を思い浮かべる?」


 それが今関係あるのか? 

 噛みつきたくなる衝動を押し殺して、一旦考える。


 俺が友達って言える人。

 それは――。


 思い浮かべるのは、いつも快活な鴉天狗と、臆病なお狐さま。

 それぞれ好きな人がいて、協力しあったし、この前はトリプルデートだってした。春国さんの恋を応援して馬鹿やってみたり、恋話したり、互いの応援をした。


 あの二人といると、楽しかった。

 確かに友達と言えるだろう。


「刹那さんと、春国、さん」

「うん、仲良くなったもんね。ねえ、令一ちゃん。その二人がさ……もし、一人っきりでなにかしようとして、悩んで、迷って、助けを求めていたらキミはどうする?」


 そりゃ、助けになりたいと思うが。


「相談してほしい……と、思う」

「うん、そうだよね。なら、今のキミの状況を二人が知ったら、同じように思うって、そう思わない?」

「え……」


 一人で、どうにかしなければならないと思っていた。

 思い込んでいた。


「あのね、令一ちゃん。確かに紅子ちゃんの問題はキミが解決するべきだ。でもね、たった一人だけでどうにかなるようなものでもないよね」


 頷く。

 すると引き継ぐように真宵さんが口を開いた。


「下土井令一。わたくしども神妖は人の願いを聞く際には対価を要求いたします。けれどそれの根本的な目的は、親しくともなんともない者に施しをしたくないからというのが本音なのですわ。あなたは、その二人に頼られたとして、対価を要求しますか?」


 ――そして、その二人が今のあなたの状況を知って、対価を要求するような間柄だと思いますか? 


 きっと俺は、二人が困っていたら助けたいと思う。願う。

 そして、相談してほしいと思うだろうし、それくらいの相談いつでもしてくれよって言うだろう。対価なんて気にせず、友達だから助けたいと思う。


 なら、あの二人は? 

 俺を、友達だと思ってくれているだろうか? 


 頼っても、いいのだろうか。


「令一ちゃん。キミはこれまで、どれだけの神妖に会って、話して、交流してきた? きっと片手じゃ数えきれないくらいだよね。キミは優しい子だから、いろんな子のお手伝いをしたり、仲良くなったり、事件を解決したりしたよね」


 先程とは打って変わって、穏やかな声でアルフォードさんが口にする。

 その言葉。


「あのね、令一ちゃん。確かにキミがやるべきだとは言ったけれどね。そうじゃないんだよ。だって、そうやってキミが築いた絆は、手に入れてきた〝人脈〟はキミの力そのものなんだから」


 俺は、それを聞いて。

 そして、震える手でスマホを取り出した。


 電話帳に増えた名前の数々。

 かつてはなにもなかったその場所。紅子さんの電話番号が増えてから、どんどん増えていった交流の証。その全てを目にしながら、俺は「通話」を選択するのであった。


 ポツリと画面に涙が落ちる。


 ――ああ、俺。泣いてばかりだ。


 呼び出し音はすぐに途切れ、待ち望んでいたかのように〝友達〟の声が耳を打つ。


「旦那、待ってたぜ。あ、ちょっと狐の旦那、これは俺のスマホだぜ」

「少しくらいいいじゃないですか! 待ってましたよ、令一さん! 今どこにいるんですか? ずっとはらはらしながら待っていて……」

「ほら旦那、返せって。スピーカーにしてやるからちっと待て」


 刹那さん。春国さん。

 そう口にしたものの、声がどうしても揺れてしまい、みっともなくなる。泣いているのがバレバレだ。震える声で、「萬屋に」とだけ告げる。

 今にもスマホを落としそうになりながら、アルフォードさん達を見やると、彼らは優しく頷いた。


「分かった。超特急でそっち向かうから待っていてくだせぇ。狐の旦那担いですぐこの俺、刹那が駆けつけてやるからなぁ!」


 どうしてこう、皆俺の涙腺を攻撃してくるんだろう。

 電話が切れたあとも、しばらく俺はその場でみっともなく泣き続けていた。

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