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其の六「追憶の法」

「方法は……あるんでしょうか?」


 自分で考えなければならない。そんなことは分かっている。分かっているが、弱音を吐きたくなるのも仕方ないことだと思う。

 アルフォードさんと真宵さんに挟まれて歩きながら、暗い道を通っていく。ひとつズレた世界にあったらしい、あの偽物の萬屋から出て連理の道を通り、本物の萬屋へと向かっているのだ。


 暗闇の中に無数に浮かぶ行灯やカンテラ、提灯に外灯、古今東西世界中の明かりという明かりがぼんやりと続いている道。


 いつも通るたびに幻想的で綺麗だなあと思うわけだが、今はこの暗い道に引きずられて気持ちまで暗くなってくる。


「それを見つけるのはキミだよ」


 アルフォードさんの言葉に顔を上げる。

 隣を歩く彼を見下ろせば、その優しい向日葵色の瞳と視線が合う。


「オレ達はさ、キミ達のことを応援しているんだよ。これでもね?」


 人懐っこい笑みを浮かべて、軽い足取りで歩きながら。


「でも、積極的に協力なんてしてあげられないし、正解を教えるなんてもってのほか。オレ達が〝手を出していいこと〟は限られているし、方法自体はキミが自分で見つけなければいけないことなんだけれど……それとこれとはまた別だよね? だってオレ、頑張るれーいちちゃんのこと、結構好きだもん」


 好き。

 神様にも認められている、ちゃんと。それが分かるから、また目頭が熱くなってくる。どうして、どうしてこんなにもよくしてくれるんだ。どうして、どうしてこんなにも優しいんだ。

 おかしい、俺はこんなに涙もろくはないはずなのに。


「ああ、ほら、また泣かせてしまいましたわ。トカゲ、あなたは少しは自重なさいな。優しさもときには毒ですわよ」

「えー、ひどくない? オレ本音しか言ってないんだけど」

「協力を確約できないのに安易に優しい言葉をかけるなと言っているのですわ。期待させるだけさせて、甘やかすだけ甘やかして、囲い込んでこの子がなにもできないダメ人間になっても知りませんよ」

「あっはは、真宵ちゃんお母さんみたいなこと言ってる」

「は?」


 2人のやりとりに口元を押さえる。

 お母さんはさすがに笑う……。うん、真宵さんの言葉は確かに母親っぽい。絶対に口に出して言ったりなんてしないけれど。

 軽い口喧嘩を始めるアルフォードさんと真宵さんはいつもの通りだ。いつも通り。それがどれだけ俺にとってありがたいことか。


「……ありがとうございます」


 小さく呟く。すると、2人は口喧嘩を止めてふんわりと笑った。

 アルフォードさんは「どういたしまして」と。真宵さんは「仕方のない子ですわね」と。ただ、その反応こそが俺にとっては嬉しい。


「わたくしは、あの子が好きだから協力をするのです。下土井令一くん、あなたの努力は認めますが、その行動と決断が遅すぎるとわたくしは言わせてもらいますわよ。わたくしが鏡界を案内したとき、あのときにあなたは紅子ちゃんの事情を知ったのでしょう。ですのに、なんにも考えていないではありませんか。対策もなにも、まだそのときは来ないと楽に考えていただけ。あのときのあなたは〝口だけ〟だったのです。呆れたものですわ」


 厳しい言葉に目を伏せる。その通りだからだ。

 反論なんてする気もないし、できもしない。彼女の言うことは事実である。

 あのとき、紅子さんの〝不殺の誓い〟を知ったときに、未来に来るであろう〝そのとき〟のために考えを纏めておくべきだったんだ。方法を、考えておくべきだったんだ。そうすれば、きっともっと早く動けた。そして、あいつの……神内の言葉に惑わされることもなかったはずだ。

 確たる自信を持って紅子さんをこの世に引き留められる方法を見つけてさえいれば、あいつに絶望寸前まで追い詰められることもなかったろう。あんな言葉に揺さぶられた。それだけ俺がなにもしてこなかったということなのである。


 ……紅子さんに合わせる顔がないな。


「真宵ちゃんは真宵ちゃんで厳しすぎるってー」

「いいじゃないですか。わたくしが鞭で、あなたが飴。バランスはきちんと取れていますわ」

「えー、そういう問題?」


 そして暗い道の中、大きな鳥居をくぐる。

 するとたったの一歩で周囲が開けた空間に出た。そこは既に元の萬屋のある空間で、ようやく本物の鏡界に出て来られたのだと安堵した。


「キミは自分で気づかなくちゃいけない。だけれど、気がつくためのお手伝いくらいはするよ。お手伝いって言っても、キミ自身がちゃんとやらないとダメだよ」

「当たり前です。これは、俺がやらないといけないこと。じゃないと、どんな顔して紅子さんに会いにいけばいいんですか。皆におんぶに抱っこで世話になっておきながら、さも俺だけで頑張りましたなんて顔で会えるほど、厚顔無恥じゃないですよ」


 そう、俺がやらなくてはいけないことだ。

 神様に手伝ってもらうなんて反則、するわけにはいかない。

 これは俺という人間が成すべきこと。紅子さんが嫌だって言ったって、別にいいと首を振ったって、俺は止まらない。


 これは俺の我儘なんだから。

 彼女を引き止めるのは俺の我儘で傲慢さの現れ。

 でもそれを貫いてみせると誓ったから、決意したから止まるわけにはいかない。


「それなら、令一ちゃん。キミはオレ達がついていてあげるから、萬屋の奥にある休憩スペースで寝ちゃって。そっちのオレと一緒に、ね」


 指差されたのは鞄。

 そして、その中からひょっこりと顔を覗かせた薔薇色の小さな小さな竜だ。


「リン、と?」

「うん、そっちのオレはずっとキミと一緒にいた。もちろん、紅子ちゃんと出会ってからすぐに出会って、いつもいつもキミ達と共に行動していた。道案内は得意だよね……?」

「きゅうん」


 元気よく返事をするリンとアルフォードさんを見比べる。

 そうか、そうだよな。ずっと一緒に、いたんだもんな。


「……〝リン〟ができるのは追憶。キミに今必要な記憶の片鱗に触れていくことだけだよ。鱗だけに、ね」


 くすくすと笑うアルフォードさんを真宵さんが小突く。

 一瞬迷惑そうな顔をしていたが、彼は構わず説明を続けた。


「でも、その片鱗に触れてキミがちゃんと大事な部分を思い出せるかどうかは、キミ次第。だから、せいぜい必死に思い出すことだね、大事なことを」

「ああ、やってみせます」


 休憩スペースに上がり、真ん中で横になる。

 横になった俺の腕の中にリンがそっとおさまり、腕を枕にして寝息を立て始めた。そして〝月夜視〟に似た感覚と共に急速に遠のいていく意識の中、最後に俺が見たのは――。


「頑張りなさい」


 俺を囲うように現れた無数の鏡達だった。

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