其の五「仕切り直し」
「さあ、行きましょう。わたくしどもがついていますわ」
「千夜くんはここでさようなら。邪魔しないでよね」
俺の背中を支えてくれる2人の神様に、ぐすぐすと鼻をすすりながら涙を拭う。
アルフォードさんは相変わらず、嫌いなこいつには「くん」付けで対応しているらしい。俺の背をポンポンと優しく叩きながら奴にもう片方の手で手を振った。
「……私としては、どちらに転んでも構わない。お前の絶望が見られるのならそれはそれでいいし、たとえ私の思惑が外れてお前がコトを成功させても……1年かけて楽しみにしていたものが台無しになってもいい。そうまでしたのに失敗するのも、また絶望的で一興だからね」
なんだこの変態は……。どっちに転んでも問題ないとか、ドMって本当に厄介だな。なんだか拍子抜けしたというか、これなら今後邪魔されることはない……か?
「まあでも、お前のことはずうっと見ているからね。頑張ってみればいい」
「ねえ、ちょっとー。オレの顔でその口調で喋るのやめてくれない? さすがに不愉快なんだけど」
「はいはい、それじゃあ邪魔者は消えるとしましょう。一瞬でバイバイ?」
ぐわりと視界が歪む。
目眩がしたように頭が揺れ、たたらを踏みそうになるものの、背中を支えてくれている2人のおかげで倒れることはなかった。
ガンガンと痛む頭を片手で押さえながら次に顔をあげたときには、もう既にあいつの姿はない。本当に、見逃されたようだ。見逃されたというより、逃げられたと言ったほうが良いのかもしれないが。
「落ち着いた?」
「……ええ、ありがとうございます」
アルフォードさんの優しい声に頷く。
まだ少し目眩が残っていて気持ち悪かったが、さっきよりも随分マシになった。それに一刻も早く紅子さんの元へ向かわなくてはならない。ヘタレている場合ではないのだ。足を動かさないと。
「令一くん、少しおやすみなさい。それからでも間に合いますわよ。それに、あの子のタイムリミットまでまだ時間はありますわ」
真宵さんの言葉に勢いよく振り向く。
なにか知っているのか、そう期待を込めて。
「知っておりますわ。だって分霊があの子についていますもの」
その一言で安堵の息を吐く。そういえば、そうだった。彼女なら分霊を通じて紅子さんがどうしているか分かるのか。
「タイムリミットは、どれくらい……なんですか」
最大の疑問を告げる。
タイムリミットがはっきりと分かっているのと、いないのとではまったく対応が変わってくるからだ。
真宵さんは少し迷った素振りを見せたが、アルフォードさんとアイコンタクトでなにやら視線を合わせると頷く。それから、口を開いた。
「あの子のタイムリミットは、八月八日。それまでに彼女を説得ないし、なんらかの手段で引き留めなければ消滅いたします」
八月八日。
「あと、一週間、ですか」
「そうよ」
八月八日。それは、奇しくも……俺と紅子さんが初めて出会ったその日と、まったく一緒なのであった。




