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縁結び

 表の神社を後にした春国さんは、誘理と幽家さんが残したネックレスを手にその足でどこかへと向かっているようだった。

 白い狐火が空間を歪ませ、自身の本来住んでいる神社へと戻る。しかしそれからも彼は神社の石段を下り、あやかし夜市の賑やかな屋台通りを通り抜け、そして歩き続けた。


 そこで池に映った光景が掻き消える。


「ここから先は、無粋ですわね」


 真宵さんがそう呟いて手のひらを向けると、今度は水面にニュースだろうか? テレビ画面を撮影しているような光景が映し出された。

 そこでは早朝発の飛行機がハイジャックされ、数時間後にハイジャック犯の操作ミスによる不安定飛行、そして墜落してしまったことが報道されていた。

 この最低最悪な事故により、ハイジャック犯達も含めて飛行機内にいた客はほぼ全員死亡。幸運な人が数人重症を負って生き残ったり、意識不明の重体となっているようである。

 それはまさに航空会社にとって、最低最悪の事件。そして事故の発生だった。


「……」

「別にあなた達が責任を感じることはないわ。これは必然。当事者にとっては気が狂ってしまうほどの事件に違いないけれど……あの子のように、事件を回避したとしても苦しむ子がいるのです。これを知ったら、遺族のかたはきっとわたくしどもを恨むでしょう。けれど、わたくしどものしたことは歴史の表側に出ることはありえません。ですから、気が重たく感じるのならば冥福を祈ってあげればいいのよ」


 その言い方は、あまりにも身勝手に感じた。

 遺族にとってはふざけるなと言いたくなるだろう、その言葉。

 けれど、歴史が変わることを防いだ俺達にとっては救いの言葉だった。


「そうだね、あんまり気にしすぎてもよくない……かな。アタシだったら、赤の他人にそんなことでずっと引きずられたら迷惑に思うし」

「そっか、そういうもんか」

「あの、アタシ個人の意見だからね? あんまり鵜呑みにしないでよ」


 紅子さんからの補足が入るが、納得はしたので頷く。

 気にしすぎても、自分達のやったことを後悔しても、亡くなった人に失礼だ。そういうことだろう。


「さて、来ると思っておりましたわ」

「え?」


 池の光景が再び掻き消え、真宵さんがゆっくりと振り返る。

 俺達も驚きつつ振り返ってみれば、そこに春国さんがやってきていた。

 どこに向かっていたのかと思えば、まさかここに来ようとしていたとは……。


「分かって、いたんですね」

「ええ、あなたならそうすると思っておりましたわ」


 泣き腫らして、ここ数十分ですっかりやつれたような顔になっている。

 いつもの穏やかな表情に濃いクマのようなものまでできていて、精神的にかなりきているのがよく分かった。

 彼は左手にネックレスを握って、真宵さんを真っ直ぐ見つめている。


「縁を結ぶために、来ました」

「ええ、好きになさい。わたくしの神社は表では愛宕(あたご)神社の中にあるのですもの。そのご利益には縁結びもございます。この池に(よすが)となる品を流し、未来に託す。そういうことも、可能ですわ」


 真宵さんが説明しているのは、どちらかというと春国さんへというより俺達に向けてだと思う。

 つまりは、この池に物を流すと未来に繋げられる……みたいなことを言っているのだろうか? 


「ここに流された品は未来、縁を辿ってそれを持つのに相応しい人物が手にすることができるでしょう。未来にその品物を持っている人物がいれば、特定は容易となります。しかし、それまでの間品物は失われますし、その相応しい人物がもし現れなかった場合、この物品は永遠に失われることとなります」


 なるほど。縁を辿って、再び幽家さんや誘理が現れたとき、ネックレスを流せば彼女達が手にすることになる……ということなのか。確かにこれなら容姿や年齢が変わっていても、彼女だと分かるだろう。けれど、これにもデメリットはあると。


「狐。そのネックレスの一つは幽家(かくりや)冬日が確かにこの世に存在していたことを表す唯一の品ですわ。それでも手放し、永遠に失うことも覚悟して水の中に流すのですか?」

「……はい」


 揺るぎない答えだった。


「必ず、見つけると約束しました。僕は狐でもあり、精霊でもあります。寿命はとても長い。ですから、僕は何百年かかっても見つけ出すんです。そのためには、少しでも可能性がほしい。やれることは、全てやりますよ」

「その覚悟、しかと受け取りましたわ。ならば、ここに流しなさい」


 真宵さんが池の近くを譲り、春国さんが歩み寄る。

 そして手に持っていたネックレスを胸の前で抱きしめると、そっと池の上にかざして手を離した。


 ぽちゃんと小さな水音を立てて、ネックレスは深い深い青の中に吸い込まれていった。


「これで、いいんです。最善は尽くしました。あとは、信じる、だけです。信じるだけ……」


 言いながら池を離れていく春国さん。

 その背中はとても寂しそうだった。


 神中村での予言、詩子ちゃんが視た光景はどんなものだったのだろう。

 未来に託された彼の願いと、恋。その結末は、まだまだ訪れない。

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