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決着のあとで

「ぁ、う……ううううう……」


 苦しそうに地面に手をつき、人型となったクロが唸る。

 長い黒髪が地面に垂れてその顔は見えないが、ポタリポタリと落ちる雫と、地面を掴む腕に滲む汗でどれほどの苦しみが襲っているのかと、心配になる。


「お、おいぬ様。あれは大丈夫なのか?」

「狗楽となれば、はじめはああなるのが道理ぞ」


 さも当たり前のように言うおいぬ様に言葉が詰まる。

 犬神から狗楽になれば強く、そして復讐や苦しみから解放されるものだとばかり思っていたが……そうではないらしい。


「あれってどういう状態なのかな?」

「狗楽というのは、この胸の水晶に負の感情や恨み辛みが全て集約し、負の感情を失うことで成立するのだ。今までの感情の大半を浄化され失うのならば、それはそれは苦しくて道理というものぞ」


 恨み辛みが浄化されるというのは、良いことなんだろうけれど……あんなに苦しむほどに、浄化されるというのは影響があるのか。


 それから、狗楽となったクロから目を離して春国さん達のほうへと向ける。


「春国さん、誘理は?」

「大丈夫です。今は、消耗して眠っているだけですよ」


 春国さんと幽家さんに囲まれて、小さな純白の光がふよふよと漂っている。

 上手くいってくれて本当によかった。誘理とクロが助けられなかったら、本末転倒だからな。元々二人を助けるつもりで関わったのだから。


「幽家さん……のほうは?」

「私は、まだ時間があるわ。飛行機事故があるのは、明後日だもの。まだそれまで時間があるの」

「そっか」


 凪いだ表情で、達成感に揺られながら幽家さんが頷く。

 その表情からは、明後日には消えてしまうだろうことの覚悟が見て取れた。

 彼女の言う飛行機事故で多くの人々が亡くなるのだろう。彼女も、彼女の母親も。そして俺が名前も知らない大勢の人が。

 その大勢の人々の関係者は悲しむだろう、嘆くだろう。過去を変えて、あのときその人が飛行機を利用しなかったらなんて想像しては悲嘆に暮れることになるのだろう。

 そんな人々からすれば、俺達がしたことは悪者の所業だ。

 過去を変えて大切な人が生き残る未来を勝ち取ったというのに、それを今俺達は台無しにした。過去改変で生き残る予定だった大勢が、歴史通りに明後日死ぬこととなる。


 正しいことをしたんだろう。

 でも、どこか虚しいような気もした。


 それだけの覚悟を持って、自分が消えることも厭わず行動した幽家さんはどれだけ心が強い人なんだろう。俺にはそんな覚悟を決めることなんて、多分とてもじゃないけれどできないと思うから。


「グル……頭が、痛い。ぽっかり、胸に、穴が空いたみたいで変だ」

「物理的に穴が空いておりますもの」


 からかうように静観していた真宵さんが言うが、クロはぺたぺたと自身の身体を触って「本当だ」と素直にリアクションするばかりである。


「んっんっ、物理的に穴が空いているのもそうですが、狗楽となれば恨み辛みを抱けなくなると聞き及んでおりますわ。人間を恨めなくなるのです。だから、変な感じになるのでしょう」

「そうか……あれだけ、憎かった、のに、今は違う。なにも、思わない。だからもやもやするんだな」


 だんだんと流暢に喋ることができるようになってきた。人の姿にも慣れたのだろうか? 


「ユーリ! ユーリ……」


 そしてハッとすると春国さん達のほうへ向かう。

 今は黒犬を象徴するような毛皮だけを身に纏っているラフな状態だ。

 女性のところへその格好で行くのはちょっと……と思ったが、そういう問題でもなかった。

 なんとクロは四つん這いになって動きにくそうに頭の上にハテナを浮かべている。


「同胞よ、人と同じように二足で立て。そうしたら、しっかりとその二足で歩むことができるのだぞ」

「わ、分かった」


 ふらふらと、恐る恐る立ち上がっては地面に手をつきと何度か繰り返し、ようやくクロが立つことができた。まだまだ猫背だが、上達は早いようだ。


「ふらふらする……」

「お前は複数の犬神を取り込んだ蠱毒でもあったな。体が崩壊するほど力も弱くはないが、初めから()のように顕現し続けるのは辛いぞ。狗楽は人を呪わずとも生きていられるが、人と契約し、呪い、そして契約者の魂を喰らわねばお前がそれ以上強くなることもあるまい」

「契約? 呪い? 恨めないのにか?」

「ああ……お前には後で吾が直々に狗楽の生きる掟というものを教えてやろう。今はゆっくりと休むが良いぞ」

「分かった」


 クロはそう言うと、春国さんと幽家さんのところへ行ってからその場に寝転がる。低く浅い息でふうふうと声を出しているので、相当な負担がかかったのは事実だろう。


「んじゃ、オイラは見届けるもん見届けたし帰るよ」


 そして、最後まで残っていた人狼の犬神であるナツメが手を振った。


「連絡先とかは……」

「なっはっはっ! オレが連絡手段待ってると思うの?」

「だよなあ」


 気さくでいいヒトだから連絡手段くらい欲しかったが、まあこれも一期一会というやつか。俺も手を振って見送る。


「誘理も姿を取り戻すのに、少し時間がかかりそうです。明日には元に戻ると思うのですが……ですが、コレクターから解放された以上、誘理にも行くべきところがあります」


 俯いて春国さんが言った言葉に、少し切なくなった。

 それもそうだよな。誘理だって殺されて、無理矢理犬神の餌にされていただけなのだから、その残酷な役目から解放されれば行くべき先は決まっている。


「明日、見送ります」

「私も明後日までは、宿泊を続けさせてもらうわ」

「分かりました。三人でまた、あの場所でもう一度集合できますね」


 儚く切なげに笑い、春国さんが呟く。


「集合写真を、撮りましょうね」


 明後日には、二人ともいなくなる。

 その前に思い出を作りたいと、彼は泣きそうになりながら笑っていた。

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