表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
184/225

おいぬ様からの選択肢

「ユーリ、ユーリ、ユーリ!」


 クロが吠える。

 錯乱したように首を振り、大きく跳ねてユーリの元へ向かうが……。


「うるしゃい駄犬でしゅね」


 誘理らしからぬ低い声で懐をあさり、しかしそれが自分自身の体でなかったことを思い出したのか、そのまま両手を突き出した。


「ギャインッ!」


 まるで壁にでもぶつかったかのようにクロがその場で弾かれる。

 その光景を見て、いよいよもって誘理が何者かに乗っ取られてしまったことを実感した。


「真宵さん、どういうことですか? 分かっていて、黙っていたのですか?」

「正確には、確証がなかったということですわね」


 結界を張ったままに真宵さんが冷酷に告げる。

 責めるようにそんな彼女を見る春国さんは、もはや泣きそうな表情で誘理の姿を見つめていた。


「ねえ、ねえ? あの子を助ける方法はあるのかしら。あの子の魂はもう沈黙しているの?」

「あら、あの子を助けたいと願うのですか? 今なら満足に呪術も使えないコレクターの魂を、あの子ごと斬って捨てることも簡単ですわよ?」

「そういうことを訊いているんじゃないの!」


 冗談でも言っていいことじゃない。

 真宵さんは表情を変えないままにくつくつと意地悪そうに笑っていたが、幽家(かくりや)さんの、その剣幕に目を伏せた。


「和解以前はあの子を消せばいいとおっしゃっていましたのに。随分と仲良くなったものですわね」

「罪もない小さな小さな子供を害するなんてことをするほど、私は非情じゃないわ」

「いいでしょう」


 真宵さん達の会話を聴きながら、誘理の一挙一動に注目する。

 まさか話し合いの間待ってくれるわけもない。

 クロがなんとか彼女に近づこうとしているが、それも叶わず小さな呪術なのか、ひとりでに傷ついていくばかりだ。空気の刃か糸でも設置されているのか、はたまた皮膚を裂くような呪術なのか、クロは近づこうとするたびどこかしらが切り裂かれてボロボロになっていく。


「クロ、無理はするな」

「ダガ、ユーリガ! 殺ス、殺ス殺シテヤル、アノ男!」

「今は誘理を傷つけてしまうから、もう少し待って。クロ」


 俺と紅子さん、そして幽家さんの元から離れた猟犬のティロと共に真宵さんの結界から出る。それから、今度は地面にしゃがみ込み、なにやらしているコレクターに警戒を深めた。


「遊び相手はいるほうがいいでしゅよね? ううみゅ、こいちゅの舌を切ったのは失敗でしたね……喋りにくくてしょうがにゃい」


 外道め。

 しかし、俺達は俺達で攻めあぐねている。

 体は誘理のものであり、その魂もまだあの中にあるはずなのだ。コレクターだけ殺そうとしても誘理まで傷つけてしまうだろう。本当に姑息な奴である。実の父親が娘の体を乗ったって人質として使いつつこちらを殺しにかかってくるなんて……悪趣味にもほどがある。


「あ、バッタしゃんだ」


 一瞬、誘理に戻ったのかと思うくらいの無邪気な笑顔。

 しかし、その後の行動で違うと分かった。


 その手の中に捕まえられたバッタに、なにやら小声で呟いてから解放する。

 すると、みるみるうちにバッタが巨大化し、軽自動車ほどの大きさになってこちらに向かってきた。


「は!?」


 驚異的な脚力で飛び込んできた巨大バッタの足を、咄嗟に皆の前に滑り込み赤竜刀で弾く。硬い、硬すぎる! どうなってるんだこれ!? 


 目を向ければ、コレクターはその辺にいる虫を次々と巨大化させながら嘲笑うように身を翻して逃走を開始する。


「ふうむ、それだけはさせてやれんなあ」


 背後から、声がした。

 ぞわりと寒気が背中を駆け上がるような感覚。悍しいものが近くにあるという本能的恐怖。おいぬ様の、あの雰囲気が一切抑えられることなく放出されている状態に、身が竦み上がった。


「こんな機会は滅多にない。逃してやるものか。……知っておるか? ()からは逃げられんのだ」


 どこぞの大魔王みたいな台詞を言いながら、おいぬ様がその両手のひらを蕾のように合わせ、そしてゆっくりと開いていく。

 そこから溢れ出した真っ黒な蝶達が次々と飛び出していき、丘の上空に消えていく。それから、丘は快晴の昼間だったというのに、まるで雲が太陽を覆い隠してしまったかのように薄暗い場所へと変化する。


 この光景には既視感があった。

 そう、あのときだ。冬の桜のときと同じ。故に悟った。これは結界なのであると。おいぬ様はコレクターを逃すつもりなど毛頭なく、彼を逃がさないためにこうして俺達ごと丘の中に閉じ込めたのだ。


「これで準備は良いな。ちょうど、小僧どもも間に合ったようだわ」


 おいぬ様の視線が、屋敷のほうへ向かう。

 結界が張られて逃走できなくなったコレクターは苦々しい表情をしながらも、次々と丘にいる生き物達を巨大化させ、そして操ってくる。

 そんな生き物達を赤竜刀でさばきながら屋敷のほうを確認すると、そこには後から来ると言っていたナツメと、その犬神の群れが困惑しながら立っていた。


「小僧、小娘、虫どもの対処は任せたぞ。()はこやつらに話と選択肢を与えねばならぬ」

「虫の対処は分かったけれど、選択肢というのはなにかな?」


 鋭い目で紅子さんが尋ねる。

 他人事とはいえ、「選択肢」という単語に反応するのは実に彼女らしいと言えた。


「なに、簡単なことよ。そこの黒犬、そしてあの群れた者どもに、我が同胞とならないかという問いかけをするだけだ」


 同胞……? 

 そういえば、おいぬ様の「原初の狗楽(くらく)」という称号の、狗楽というのは犬神がとある手順を踏んで転生した姿なんだったか。


「コレクターの魂を()が取り出し、結晶化させる。それを食らえば、より強大な力を持って狗楽へと転じることができよう」

「ダガ、ソレヲシヨウトスレバ、ユーリガ」


 クロの疑念ももっともである。

 おいぬ様の言うように狗楽へと転生するためには、術者の魂を喰らう必要があるみたいだが……誘理の魂で覆われ、癒着した状態のコレクター相手にそれをしようとすれば、誘理ごと喰らうということになる。

 それを、クロがするはずがない。


「恨みを晴らしたいのだろう? しかしなあ、お前が拒否したとて、あやつらは躊躇わないだろう。どうするのだ?」


 そう言っておいぬ様が片手で示したのは……苦笑して俺は違うと首を振るナツメの姿と、その横で唸り声をあげながら目を血走らせた、十はいるだろう犬神の群れの姿だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ