ナツメ
「なっはっはっはっ、これでもうお前らを邪魔する理由は消えたな。通れ通れ!」
高笑いをするリーダー格の犬神に困惑する。
さすがにここまで思い切りがいいと、先程まで戦っていただけに切り替えができないというかなんというか。
「あの、いいのか?」
「いいんだよ、オレら呪いに縛られてただけだし。あ、でもご主人を殺すのはちょいと待ってほしいんだよな。オレらも参加したいし!」
この犬神、飼い主の喉に食らいつく気満々である。
まあ、多分俺もこの呪いから解放されたら似たようなことをするんだろうが。
手指で首元のチョーカーに触れながらそう考えた。
「あなた達がそれでいいならいいわ。ええ、いいわよ。あなた達をいちいち殺していたら手間がかかるもの」
「こりゃ手厳しいな。まあ、あれだ。オレ達もさ、この生活に辟易していたわけだ。オレも里がどうなったか知らねーし、兄弟も置いてきちまってるし。でもご主人には恨みがあるから殺してから帰りたいんだよな」
「きょ、協力してくださる……ということですか?」
ドライな幽家さんに、そんな彼女の背後に隠れながらも質問をする春国さん。
彼の質問に快く頷いて人狼は周囲の犬達にも話を振る。
「ああ、オレはあいつを殺すのには協力するよ。なあ? お前達」
無数の鳴き声、返事の声が一斉に上がり、それを片手を挙げることで沈黙させた彼は爽やかに笑う。
「なっはっはっはっ、ほらな?」
「信用いたしましょう」
「ほう、恨みを晴らすと言うか。ならば吾は見守るのみよ」
真宵さんとおいぬ様も頷き、結論が出た。
「ただまあ、オレ達はちょっと休憩してから向かうとするよ。さすがにお前らと戦闘るのに疲れた」
館の入り口正面に左右に広がる階段に腰を降ろし、彼はそう言った。
そうだろう。俺だって神経使って疲れたし。
体のほうについた首輪。そこから伸びていた不可視の鎖が彼の頭にくっついていたので俺が赤竜刀で斬り裂いた形になる。あれが彼にかけられた呪いなのだと思うが……呪いというより捕縛とか支配する術みたいな感じなんだろうか。
本体を傷つけないようにあれだけを斬るのは神経を使うのだ。
「そうか、それじゃあ俺達は先に行くよ」
「おー、おー、頑張れよ。お前は人間だけど、オイラも半分は人間なわけだし、応援くらいはしてやんよ」
「オイラ?」
「あ……オレだオレ。気にすんな。ほら、イメージって大切だろ?」
思わず聞き返したら苦笑しながら訂正してきた。
まあそういうこともあるだろう。そこは個人の事情なので気にせずに行くことにした。
「ねえ、お兄さん。このヒトの名前聞いていんじゃないかな?」
「あっ」
紅子さんの一言でやっと気がついた。
敵ではあったがこうして協力する仲になったわけだし、名前は知っていても損はないだろう。それに、名前知らないと呼びづらいし。
「なっはっはっ! そりゃそうだよな。オレの名前はは狼森……って別に苗字はいいか。ナツメだ。ナツメって呼んでくれよな」
「分かった、よろしくナツメ。俺は下土井令一。令一って呼んでくれ」
「よろしくレーイチ。んじゃ、後ろのお嬢さん方がそわそわしてるみたいだから、早く先に行ってやんな」
言われて振り返ってみると、どこか焦燥に駆られたような表情で俺達のやりとりを眺める幽家さんの姿があった。っと、悪いことをした。彼女にとっては早く決着をつけたいに決まっている。
「他に犬神はいないな?」
「ああ、ここにいるので全部だよ。他に命令されてる奴もいない」
「誰かを殺しに行っている犬神もまだいなかったということだな。なら、今コレクターを止めれば……」
「歴史は、歴史は守られるわ」
幽家さんが言いながら歩み出る。
そして、階段で休むナツメを置いてさっさと上っていってしまった。
「待ってください! 一人で行くのはダメですぅひいっ!?」
「あ、こらぁ! しっしっ、ハルをびっくりさしぇないでくだしゃい!」
「あ、悪い。こらこらお前達、面白いからって絡みに行くのはやめなさい」
追って走る春国さんのすぐそばを、他の犬神の首だけがひうんと宙を切って通る。その様子に大袈裟に飛び上がりながらも春国さんは幽家さんを追いかけて階段を上っていった。誘理もその後に続いて走っていく。あの三人はもうひとセット扱いみたいなものだろうな。
俺達が先鋒になるって言っているのにまったく。
まあでも俺も話しすぎた気はするから、責められない。
「行くよ、おにーさん」
「了解」
人懐っこい笑顔で手を振って見送ってくれるナツメに手を振り返し、紅子さんと共に階段を上がっていく。後に残された真宵さんとおいぬ様が彼に話しかけているのが見えたが、その会話まではさすがに聞こえなかった。
幽家さんと猟犬、そして誘理とクロの目的を果たす。そのためには急がなければならなかったから。
◇
「どう、朱色の」
「ふうむ、この小僧には感じんな」
静かになった玄関口で真宵が隣に尋ねると、白髪を下の方でツインテールにした原初の狗楽が首を振る。
「やっぱりそう?」
「なんの話だ。神様達」
「……お饅頭の中身が、粒餡かこし餡かは外側からは分かりにくいって話ですわ」
「なんだそりゃ」
誤魔化すように言った真宵の言葉にナツメは首を傾げるが、そんな彼にお構いなしに二人は会話をしていく。
「中身が混ざっておっても分からんのう。そうだなあ、破ってみないと分かりはせんよ。ところでお前達、犬神として……復讐を望むか?」
「あー……一応、話だけは聞いておくとするよ」
突然振られた話。
ナツメは、その瞳を鋭くして原初の狗楽の話へと耳を傾けるのであった。




