邪神の呪い
トリプルデートから一泊し、その解散後。
春国さん達は幽家さんの乱入によって保留にされていた、誘理へのプレゼントを買いに行っている。玩具か、ぬいぐるみか、それともゲームか。ともかく誘理が気にいるものを探しに三人で出かけているところらしい。
そして、そんな三人が留守にしている神社麓の小屋へと俺はやって来ていた。
中には犬神とティンダロスの猟犬モドキがいるわけだが、それに関しては一向に構わない。 俺が用があるのは彼らの話を聞きにやって来ているというおいぬ様だ。真宵さんにも、話があるからと言って引き止めてもらっている。だから、今日は必ずここにいるはず……。
「ふうむ、吾を呼んだのはお前か、小僧。時間もまだあるというに、藍色のに呼ばれたときはそれなりに驚いたぞ」
あ、それでもそれなりなんだな。さすが、貫禄が違う。
犬神達のほうはというと、突然現れた俺を訝しげに見ながらもおいぬ様の前できっちりおすわりの状態をしている。どちらも犬の姿をしているせいか、絵面的には犬の神様を崇めているようにも見えるが……おいぬ様は神様じゃなくて呪いの概念そのものだからな。そんな生優しい集まりではないだろう。
「ええと、おいぬ様は……その子達となにを?」
「なに、とな。ふん、少しばかり子犬共の意思を確認していただけよ。自分の主人を恨んではいるか? とな」
「それは」
犬神なのだから、恨んでいて当然だろうな。
自分を可愛がっていた誘理もろともあんな目に遭って、そして殺されたのだ。むしろ恨んでいなかったら聖人かと疑うくらいである。もしくは度の過ぎたドMか。
「アア、恨ンデイル。アノ男ノコトハ恨ンデイルゾ。イツカ、コノ爪ト牙デ殺シテヤリタイホドニ」
そう、なるよなあ。
「お前の意思はようく分かった。着ぐるみのほうも吾とは同類ではないが、主人の願いを叶えることに真っ直ぐな様子。止める理由は元よりない。まあ、そんなところよ。さあ、今度は小僧の番ぞ?」
そうか、お喋りして俺を待っていてくれたんだよな。
真宵さんから聞いているかもしれないが、俺は神内千夜からかけられたこのどようもない邪神の呪いをどうにかしたい。俺が殺されない限り死なないという、一見便利なように思えるが残酷な呪いを。
アルフォードさんにも現状は無理だと言われていたし、真宵さんも同様。ならば目の前で呪いの専門家だと紹介されたおいぬ様はどうなんだろう?
……俺は、ついついそう思ってしまったんだ。
「俺にかかった邪神の呪いを解くことは、できますか?」
意を決しておいぬ様に尋ねる。
答えは……。
「吾が解いてやる義理もないよな。それに、その呪いは降りかかった災厄ではなく、お前の精神……心そのものにかけられたものだ。吾が無理矢理解こうとすれば、ひとたびお前の精神にも影響が出よう。それに、他人が解こうとすればお前自身にしっぺ返しがある。そういう嫌らしい呪いよ。実に邪神らしいな」
だめ……か。
そうか、呪いと言っても種類があるのか。
それで、俺にかかっているのはすごく厄介なものだと。他人が解こうとすれば反動が来る。そういうものなのか。
「精神に影響っていうのは……?」
「そうさなあ……人間に例えば、脳腫瘍が見つかったとするだろう。それを手術で取り払ったところで、人格に影響が皆無というわけにはいかぬだろう? それと似たようなものだ。その上、その脳腫瘍は触れるとすぐさま弾けて脳に影響を及ぼす。最悪殺してしまうようなものかもしれぬ。それでも、取り除きたいと思うか?」
めちゃくちゃ怖いものだということはよーく分かった。それはさすがに怖くて手が出せないよな。
「あれ、でも他人が解こうとすればってことは、俺自身がなんとかすることは可能なんですか?」
「ああ、そこが人間の病気との違いよな。その呪いは小僧の心に取り憑いている。なれば、お前の心次第でその呪いを解くことも可能だろう。どんなものが呪いを解く手立てになるかは、さすがに分からないがな」
つまりは振り出しに戻る、と。
しかし俺自身の心次第で解けるかもしれない呪いか。前向きに考えておくべきか、もう少し慎重に考えるべきか……。病は気からなんて言うし、案外この呪いもそういう類だったりするのかな。
あいつなら、神内ならどんな呪いの仕組みにするだろう? あのクソ野郎なら、きっと複雑な呪いにするより、より俺への嫌がらせに近いことをしているはずだろう。
ならば、俺の心があいつ……神内千夜に怯えて屈しているうちは、もしかしたら解くことができない呪いとかなのかもしれない。俺が諦めきってあいつの小間使いをしていると、下手したら一生解けない呪いとかな。
そう仮定すると、やはり大事なのは俺自身の意思と決意、か。
「多少は答えの足しになったか? 小僧」
「ああ、ありがとうおいぬ様」
「よいよい。藍色のに言われなければ協力はしなんだが、興味はあったからなあ」
真宵さんがいなければ協力してくれなかったのか……まあそうだよな。俺は初対面に近い、ただの小僧なわけだし。こうして恐ろしいおいぬ様が穏やかに話して結論の手助けをしてくれるということ自体、なかなかないことなんだろう。
「期日が迫っておる。そう上手くはいかないだろうが……気張れよ、小僧共」
「はい」
おいぬ様はそのまま、ふいと視線を逸らして犬神達との会話に戻った。
もう俺に興味はない。そんな態度で。帰れということだろう。
しかし、ずっと探し求めて……そして一番知りたかった俺の呪いについてのヒントを得ることができた。これは大きな一歩だ。感謝をしている。
俺の心次第、かあ。
無意識に神内には勝てないと心のどこかで思っていたんだろう。そして、その恐怖が心の底に深く深く刻み付けられている。だからこそ、中々解くことができない。無意識の領域だから早々変えることもできないわけだし。
春国さんと幽家さんの期日は……明日、か。
いよいよ呪術コレクターへの反撃が始まる。犬神の想い、誘理を助けるための戦い、そして幽家さんにとっての過去を変えさせないための戦い。
それが明日、ある。
「赤竜刀の手入れも念入りにしとくか」
「きゅ」
そうして俺は、緊張を胸に屋敷へと戻っていくのだった。




