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ニャル様から逃れたい〜世界から存在を抹消された探索者は人外の世界で受け入れられる〜  作者: 時雨オオカミ
捨壱の怪【コドクの犬神】

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トリプルデートの顛末

「あがったよ」


 紅子さんの声だ。

 混乱し続ける春国さんを慰めているうちに、どうやら女性陣が帰ってきてしまったらしい。これはまずいんじゃ。


「春国さん、皆帰って来たし落ち着いて」

「うっ、ぐすっ、うえぇぇ」

「旦那旦那、ほら、大丈夫だって」


 おしゃべりしながら戻ってきた紅子さん、字乗(あざのり)さん、幽家(かくりや)さんに誘理。幽家さんは落ち込んだままの春国さんに気がつくと一瞬引いたような表情をしてから、誘理の頭をポンと撫でた。


「誘理、春国さんはずっとずっと落ち込んでいるみたい。駆け寄って、それじゃあダメッて言って慰めてあげてちょうだい」

「はーい!」


 しゅたっと手を挙げて元気よく返事をした誘理は「たたたっ」と軽快な足音をたててこちらにやってくる。褒めてもらえると思っているのだろう、高めのテンションでうずくまる春国さんに駆け寄ってきて……。


「ハルー」

「ぐぼぁっ」


 み、鳩尾(みぞおち)ーっ! 

 勢いをつけた誘理は思いっきり彼のお腹に向かって飛び込んで行った。それだけならよかったんだが、綺麗に鳩尾にその頭突きが入り、春国さんがヤバそうな声をあげる。


「ハル、メッでしゅよ!」

「……」


 あの……「滅っ」の間違いじゃなくて? 

 頭突きがあまりにも正確にヤバいところに入ってしまったせいか、春国さんが沈黙する。沈黙というより、あれはもう気絶である。


「よくやったわ、いい子ね誘理」

「えへへ、ハルー。ハルー?」

「春国さんは疲れているのよ。だから少し休ませてあげましょう?」

「なるほど! じゃあ、あちしもハルと一緒に寝ましゅ!」

「おやすみ、誘理」

「はーい、おやしゅみ! フユ!」


 嵐のようにやってきて、思いっきり春国さんを沈黙させて抱きついたまま眠りに入る誘理。止める暇も声をあげる余裕もなかったぞ。


「べ、紅子さん、あの……どうだった? 露天風呂」


 なにがどうしてこうなったとか、君達冬日さんとなにを話してきたんだとか色々と言いたいことはあったが、そのどれもが俺の口から出ることはなかった。ヘタレここに極まれり。今の出来事を見てそんなことを質問できるほど、俺も図太くはないのである。


「えっと、無難に話して来たくらいかな? アタシはちょっと質問されたけれど」

「……俺のことで?」

「さて、どうだろうねぇ。キミがいかにヘタレかのエピソードとか話しちゃったかも」


 なまじ俺が気になって仕方ないからか、紅子さんは意地悪そうな表情で話を誤魔化してくる。これもいつものからかいの一種ではあるが、こういうときは大抵、なにかをちゃんと話したということになるだろう。多分。


「あら、あらあら、下土井さんが頼りになって格好いいって話をしてくれたのは紅子じゃない?」

「っ、ちょっと冬日さん」


 そして、大抵紅子さん自身もこうして人にからかわれるのである。

 やっぱりそうか。前に透さんから話を聞いたときも似たような流れだったな。


「自分のことを尊重して対等であろうと誓ってくれている……だったかしら? とんだ惚気(のろけ)よ。温泉も熱々で気持ちよかったけれど、中々紅子の話も熱々だったわ」

「冬日さん! い、言わないでって言ったの聞いてなかったのかな⁉︎」

「ふふふ、ごめんなさい? ごめんなさいね、私正直なのよ」


 顔を真っ赤にした紅子さんと、そんな彼女の肩に手をポンと置いて春国さんと誘理の元へ向かう冬日さん。それから、温泉に入った直後だからかモノクルを外してくつろいでいる字乗さんが続く。字乗さんに関しては本当に珍しい光景なので、刹那さんもびっくりしたようにその様子を見ていた。


「紅子さん、嬉しいよ」

「追い討ちはやめて」


 これはこれでからかいたくなるんだが、ここは我慢である。さすがに彼女を怒らせたいわけではない。



「あーっと、ちょっと散歩でも行こうか」

「湯冷めしちゃうと思うんだけれど」

「あ、そっか」


 呆れたように言われて言葉に詰まる。


「なんで散歩なのかな?」

「ほ、ほら。また綺麗になったこの村を見てまわりたくてさ」


 これは言い訳とかでもなく、本当。

 療養中も眺めて回れたが、今はあれから時間も経っているし、更に発展している。自分の守った光景をこの目で確かめたいとも思っていたんだ。

 藤と桜が綺麗な素敵な村になっていることだし、淡い色は紅色の似合う彼女と散歩すればどちらも引き立って美しいだろう。

 そんな期待を込めての、言葉だった。


「……それなら仕方ないかな。一緒に行くよ」

「ありがとう、紅子さん」

「構わないよ。アタシも満更でもないし」

「素直に言ってくれるな」

「捻くれて言う理由がないからね」


 それもそうか。勝手に皮肉屋だと思っていたけれど、案外彼女は素直である。多分捻くれた言葉を選んでいるのは、過去のことが原因なんだろう。


「ちょっと行ってくるよ」

「行ってらっしゃい。私のほうは読書かな」

「司書さん、こういうときまで本読んでねぇでなんか遊んだりしようぜ?」

「遊ぶものなどないだろう」

「トランプなら持って来てるぜ」

「……ほう」


 刹那さんも頑張っていることだし、ここはそれぞれ放っておいたほうがよさそうだ。幽家さんは気絶した春国さんを軽々とお姫様抱っこして部屋に運んで行った。誘理もついて行っていたので三人で昼寝でもするのか、それとも寝かせて頭を冷やさせるのか……分からないが、彼女にもそれなりの考えはあるだろう。


「じゃ、行こうか」

「うん」


 手を繋いで外へ。

 結局のところこれはトリプルデートなのだ。

 応援こそするが、それぞれ自分の好きな人を優先するのは当たり前。


 淡い紫の藤と緑を背景に、紅色の私服を着た紅子さんが歩くのはとても絵になる光景だった。


「写真、いいか?」

「好きにしていいよ」

「う、そうだな」

「今の台詞でなにか想像でもしたのかなー?」

「なんでもない」

「スケベ」

「なんでもないってば」


 そうして、それぞれの成果を収めながらトリプルデートは終わりに向かったのだった。

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