占いの神様
「やあ、お取り込み中のところ悪いけれど、挨拶をしてもいいかい?」
俺達がそんなやりとりをしていると、テーブルの横から声がして慌ててそちらを見る。するといつの間にか来ていたのか、お盆に乗った抹茶アイスを手に紫色の上等な着物を着ている少女がそこにいた。
――久しぶりに会った詩子ちゃんである。
「あ、ご、ごめん詩子ちゃん! 久しぶり!」
「ああ、久しぶり。相変わらず腹が立つくらい仲が良くてなによりさ。はい、抹茶アイス。注文はこれで以上かい?」
「うん、それで最後だよ」
俺の代わりに紅子さんが返事をする。
そういえば詩子ちゃんの前では似たようなことをやらかしたことがあったな……彼女を置いて俺達だけの世界に入り込んじゃうというかなんというか。悪いことをした。
というより、彼女がこうして従業員みたいなことをしていることに驚いた。巫女である華野ちゃんが切り盛りしているとはいえ、この村の一番上に位置する神様だろうに。
「ふむ、美味しく食べてくれよ。ついこの間氷柱女が移住してきてね、温泉近くでは働けないがこっちの食事処で手伝いをし始めてくれたのさ。このアイスも氷柱女が作っているものだよ。人手がほしい私達としては大変助かっている」
「へえ……」
「人間にも評判は上々。最近は観光地としてどこぞの雑誌でも紹介されたようだね。あまりにも早いから、恐らく同盟側で手を回してくれているんだろうとは思うが」
あとでその雑誌を買っておこう。
アルフォードさんはなんだかんだ彼女達のことを気にしていたし、詩子ちゃんに至っては生前の彼女を同盟に誘ったりしているくらいだ。明らかに気に入っているし、そりゃ手を回すのも早いだろう。こう見ると同盟の影響力すごいなと思えるんだが……これでやっていることは自警団なんだよなあ。しかも怪異や神様達全体が認めているわけではない非公式。
もう少し横暴になったら妖怪マフィアみたいなイメージになりそうだが、そこは創設者の連中が数名いるから調整できているみたいだ。やりすぎないように、しかし同盟関係者が人間社会のあちこちに紛れ込んでいるため影響力は膨大、と。改めて考えると庇護下にない者達にとっては大分怖い組織だな。
「華野も多少の仕事には慣れたみたいだし、私もこうして多少体を動かすのは嫌いではない。さて、通常の仕事も終わらせたことだし……裏のお仕事をしようか」
「お初にお目にかかる。おしら神殿」
「ああ、よろしく。君は?」
会話のタイミングを測ってか字乗さんが挨拶をする。さすがの彼女も神様相手だと畏るらしい。それでも敬語になりはしないみたいだが。
「私は文車妖妃の字乗よもぎさ。よもぎちゃんと呼んでくれたまえ」
ってそれは毎回言うのか……?
「そうか、よもぎちゃん。よろしく頼むよ。私のこともどうか詩子ちゃんと呼んでおくれ」
「よろしく、詩子ちゃん」
「よろしくどうも」
しかもなんか、極々自然にちゃん付けで挨拶しているし……!
俺達は今なにを見ていたんだ。どちらも固い喋り方をするから気でも合うのだろうか?
「俺は久しぶりだな」
「ああ、そこの鴉天狗は久しぶりだね。刹那だったか? 長く生きる君達にしては儚く、そして美しい名前だから覚えているよ」
さらりと詩子ちゃんが殺し文句を言う。
それを快活に笑って刹那さんは受け取った。
「おっと、そいつは照れちまうな」
その反応に、ほんの少しだけ不満そうに鼻を鳴らした字乗さんは食事に戻りサンドイッチを頬張った。おいおい、これには刹那さん気づかないのかよ。
しかし二人の会話は続いていく。
「ああ、対となる名もあることだし、君の探し物はそれ関連だろうね。でも残念だが、私の占いでは未来のことしか分からない。過去を探るのは苦手だ。すまないね」
「……俺ぁ、なあんにも言ってねぇはずなんだが」
「君が新聞記者をしている理由は、少し同盟に関われば有名だからすぐに分かるよ」
「そういうことかい」
苦笑して刹那さんは頬をかく。
確かに噂は結構聴くな。掲示板でも見ればもっと顕著なんだろうが。
彼は初対面のときにすら俺に探し鴉天狗がいると言ってきたわけだし。
「しかし……そうだな、タダで君には少し占ってあげよう」
「おいおい、いいのかい?」
「なに、先日の件で関わってくれたお礼のうちさ」
そんな会話をする刹那さんと詩子ちゃんを静聴し、春国さんに目配せする幽家さん。なにがあったのか気になるんだろう。誘理も甘いものを食べ終わってしまって暇になったのか、春国さんに視線を寄越している。
春国さんは二人に小声で邪魔にならない程度に説明をしているようだ。そうだよ、こんな意味深な会話されちゃ気になるに決まっている。
詩子ちゃんは刹那さんをジッと視て、それから手首の鈴をシャンと鳴らした。
「……そうだな、君と探し人には占いに縁があるかもしれない。縁とは、糸――意図だ。切っても切れない、切れてしまって見えなくなっても、なくなってしまったように見えても繋がっている。そんな不思議なものだよ。一度繋がれた縁は切れたとしても、お互いにまた惹かれ合う性質があるのさ。君が焦がれ、そして探し続けていれば、あるいは見つかるかもしれない。しかし、それに気がつけるかどうかは君次第と言ったところかな」
「……ははっ、そうかい。そうかそうか、希望が見えたぜ。ああ、それだけで充分だ。ありがとうな、神様」
「なに、お安い御用さ」
そうか、見つかる可能性は充分あるんだな。刹那さんのことは以前からずっと気になっていたし、俺もこう聴くと嬉しい。
「私の表立った仕事はこの食事処で働くことだが、裏の仕事は従来通り占いでね……」
詩子ちゃんが真っ白な髪をくるくるといじりながら、そうして視線をあげる。
その眼差しの向こうにいるのは……春国さんと、幽家さんだ。
「〝あるふぉーど殿〟が私に寄越して来たのは君達のことだろう? どれ、この私が未来を占ってさしあげよう。それがどんなものでも、君達に聴く勇気があるのならば……ね」
そう言って、詩子ちゃんは妖しく笑った。