チェックインと再会
「こっちだ」
紅子さんと手を繋いだままに、以前資料館があった場所へと歩いていく。
今は資料館兼旅館だが、まあ感覚的には資料館でも問題はない。併設している感じになっているわけだし。
「本当、秘湯って感じがするわね」
「あはは、ですね」
幽家さんが感心したように言っているが、春国さんは苦笑している。以前ヤバイことが起こったことを知っている分、複雑な気分なのかもしれない。
キョロキョロと辺りを見回しては、たまにすれ違う藤色の着物を着た美人から距離を離していたり……あの反応を見る限り、あの藤色の着物を着ている人達は多分、以前言っていた藤の精霊なんだろう。春国さんは母親が椿の精霊らしいのに、同じ花の精霊相手でも怖いのだろうか。
「見た目も随分変わったなあ」
「そうだねぇ。突貫工事だったわりには早いから、やっぱり人外の力ってすごいよねぇ」
ひと月も経っていないはずなのになあ。
そして後ろのほうでは刹那さんと、彼の腕に掴まって誘導されながら本を読み続けている字乗さんとの会話が繰り広げられている。
「鴉くん、荷物を持ちたまえ」
「へいへい、司書さんは非力だねぇ」
「君にだけは言われたくないのだが。戦闘能力の欠片もない癖にからかうな」
「まあ、そりゃ事実だけどよ」
苦笑するように、そして刹那さんはちょっと悔しそうに笑っているらしい。
背後から聞こえてくる会話で推測するしかないが、さすがにこの流れには刹那さんも苦しいんじゃないか……?
「忘れたのかい? 前に二人一組の仕事をしたときは、私が君を守るはめになったのを。普段動かない私よりも弱いとはどういうことだ」
「悪ぃ、悪ぃって。俺ぁ、戦いは苦手なんだ。惑わして逃げるほうが得意だからよ」
「私も持久戦は苦手なのだ。魔術で対処できる相手だったからまだよかったものを、君というやつは。アルフォードに言われてペアをやっているが、やめてしまってもいいのだよ?」
「そりゃ勘弁。司書さんとじゃねぇと俺は嫌だっての」
「これはこれは、とんだ小鴉に付き纏われて私も苦労が絶えないな」
「小鴉……」
さすがに雛扱いはきついらしい。というか字乗さん、随分と辛辣だな?
そんなやりとりをしつつ、旅館の中に入る。おお、前は普通にホールみたいになっていたのに、受け付けがある!
「いらっしゃ……あんた達!」
「久しぶり、華野ちゃん」
「おひさだねぇ」
受け付けには巫女服姿の藤代華野ちゃんが佇んでいた。着物姿じゃなくて巫女服姿なのはそちらが本業だからだろうか?
「今回はなに? またなにかあったんですか?」
「いいや、今日は純粋に泊まりに来ただけだよ。三組でさ」
「三組も……ふうん、なるほどね。令一さんと紅子お姉さんのほうはなんとなく察するけれど、他二組も似た感じかしら?」
「あー、俺達の気持ちとしては、だけどな」
「なるほど、なるほど。分かったわ。ちゃんと人数分の部屋は空いているから使っていいわよ。ここに名前と電話番号書いて頂戴ね」
「ん、分かった」
さすが、察しがいい。名前と電話番号を書いて料金の確認。それから部屋の鍵と、温泉の場所やら食事処の場所の説明が少し入った。次々と施設が追加されているんだな。本当に発展が早いこと早いこと。
「それじゃあ、一旦部屋に荷物置きに行ってくるよ。あとでここの食事処に集合しよう。連絡先は交換済みだし、なんかあっても連絡できるだろ」
正確には男の俺達は連絡先を交換済み……ってことだ。男子会してたときに、普通に交換した。
「旅館の人と知り合いなのね」
「前に色々あったんですよ。ほら、チェックインしてしまいましょう?」
そんな二組を置いて俺達は先に部屋へと向かうのだった。
「本当に久しぶりな感じがするよねぇ。ひと月も経っていないのに」
「やたらと発展しているから、余計そう感じるのかもな」
なにげにずっと手は繋いだままである。
若干緊張して汗ばんできた気がするので解こうと思ったのだが、向こうからしっかりと握られているので離れられない。嬉しい悲鳴ではあるのだが、絶対に俺が緊張しているのが分かっていて彼女はこれをしている。
「あ、あの紅子さん。部屋は別なんだし一旦手、離そうか」
「え……? あ、そ、そうだね。ごめんね、おにーさん」
部屋の前で指摘すると、慌てたように紅子さんが手を離す。
あ、あれ? もしかして紅子さん自身も無意識だった……のか? な、なんだそれ。可愛いかよ。
「んっんっ、荷物置いてこような」
「……うん、なんか本当にごめんね?」
「いや、いいんだよ嬉しいし」
「ごめんね、童貞くんには辛いことをしちゃったみたいで」
「あのな」
そうやってからかいをぶっ込んでくるのはやめろください。
「ふふ、じゃあまたあとでね」
逃げるように部屋へと入り込む彼女に、そっと溜め息を吐く。
窓から外を眺めてみれば、以前とは比べものにならないほどの美しい光景が広がっているのが見えた。
藤色の村。藤と桜舞う温泉地。
霧と蜘蛛が跋扈していたあのときとは大違い。
少しの間療養でお世話になったこの場所にまた来ることになろうとは。
「春国さん、進展するといいけれど」
進展してほしくもあり、しかし進展したらしたで残酷でもある。
あの二人はどうなるんだろう。どんな選択をするんだろう。
それが楽しみでもあり、怖くもあった。




