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温泉地、神中村へ

「遅い」

「はい……ごめん」


 相変わらずの遅刻であった。

 初っ端からこんなんで大丈夫か、せっかくの公認デートだというのに。

 いや、いつも二人一組で同盟の仕事に出ているから大体いつも通りではあるんだが、デートだって言われて出かけるのとそうじゃないのとでは意識が違うだろう。だから余計意識してしまうわけだが。


 紅子さんは呆れた表情をしながらも笑みを浮かべる。

 慣れてしまったらしい。泊まり用の荷物を下げ、靴をトントンとして居住まいを正した。


「まったく、お兄さんはしょうがないなあ」

「情けないやつでごめん」

「今更でしょう、そんなの。ほら、早く行こうよ」


 手を差し出してくる彼女に目を丸くする。


「……行かないのかな?」

「いや、行く」


 なおも手を差し出しながら照れたように顔を逸らす彼女に、手を重ねる。せっかく彼女から積極的に接触しようとしてくれているのだ。乗らないわけがない。手を繋いで、ほんの少し照れながらも駅まで一緒に行くのであった。

 神中村はあれからどうなっているんだろうとか、華野ちゃんや詩子ちゃんは元気だろうかとか、雑談をしながら現地に向かううちに緊張も解れて自然体になっていく。あとはいつも通りとなにも変わらない。

 ただ少し、デートであるという事実がついてくるだけの特別な日になっただけ。いつもとそんなに変わりやしない。


「さて、今回は実に平和に着きそうだね」

「そうだよな、あのとき紅子さんはバスの中でもそれどころじゃなかっただろうし」


 ガタガタと、山道を走るバスの中で思い出話に話を咲かせる。思い出と言っても一月も経っていないわけだが。


「うん、正直参ってたよね。変な声は聞こえるし、キミ達には聞こえていないようだったし、わりと隠すのに必死だったかなあ」

「隠さないで話してくれたらまだ違った可能性もあるにはあるんだが」

「今思うとそうだね。引き返すこともできただろうし、でもそれで事態が解決したかっていうとそんなことはないでしょう? あれでよかったんだよ」


 過ぎた話をしてもどうしようもないのは分かってはいるんだがな。

 それでもちょっとしたIF(もしも)を考えてしまうのは人間のサガなのかもしれない。


「……それに、あれがなければ令一さんとは今の関係になれなかったかもしれないし」

「………………そうだな。紅子さんのこと、ずっと強い人だって思い込んで追い詰めてたかもしれない」


 可愛いことを言ってくれるよなあ、本当に。

 たまにこんなことを言ってくるからこそ、普段辛辣な態度を取られても許せちゃうんだ。最近は殊更俺を甘やかしてくれている気はするが。

 実際に、神中村でのあの出来事がなければ紅子さんの弱いところなんて知る機会がなかっただろう。あの事件で俺が月夜視(つくよみ)に目覚めなければ紅子さんの過去のことも知らず、地雷を踏むこともなく、大喧嘩することもなくって、そうして今も彼女を理解しきれないままだったに違いない。

 俺達の今の関係があるのは、間違いなくあそこで仲違いをしたからだ。あれがなければ今の関係は成り立たない。


 俺は俺を助けてくれた強い紅子さんに憧れていて、好きになった。

 そして紅子さんはずっとずっと強がって、俺に弱さを見せることなんてなかった。


 そう、あのときまでは。


 だから、あの出来事がなければ今でも彼女は強がるしかなくて、俺の前でも気を張って格好良い紅子さんでいなければならない……なんて状態になっていたかもしれないのだ。四六時中一緒にいる俺の前で強がらなければならないとしたら、それはきっと辛いことだろう。弱みを一切悟らせることなく振る舞うなんて、どう考えてもしんどいからな。


「今の紅子さんのことが好きだよ、俺」

「なにかな、いきなり」


 横目で見上げてくる視線に、まっすぐと笑みを返す。


「やっぱり、あの出来事も大事だったなって思ってさ」

「……そうかもね」


 思案するように紅子さんが呟き、そして今度はにやりと不敵に笑う。


「ところで、さっきのは告白かな?」

「まだ違うよ。分かってるくせにさ」

「そうだよねぇ。うん、分かっているよ。アタシもお兄さんのこと大好きだよ? でもこれは告白じゃないから勘違いはしないでおいてね」

「俺のほうが紅子さんのこと好きな気持ちは大きいと思うぞ。ああ、でもこれはまだ告白じゃないから。もっともっと好きになってやるから覚悟しておいてくれよ」

「あー、はいはい。そっちこそ、アタシのことなにがあっても忘れられないくらい心に刻み込んであげるから気をつけるように」


 今度は目を逸らし合いながらの語り合い。

 言いながら恥ずかしくなってくるが、それは完全にお互い様である。

 もはや甘い言葉の言い合いで張り合っているようなものだ。実際、互いにダメージがあるもんだから俺の心臓はさっきから煩いし顔が熱い。


 逸らされている紅子さんの耳も真っ赤で、照れていることが明らかだ。なのに続けるのは言い合いみたいになって互いに引けなくなっちゃったからなんだけれど。告白じゃなければなにを言ってもいいってわけじゃないんだぞ……。


 そんな調子でバス内で言い合っていたら、ただでさえ乗り合う人が少ないのに俺達の周りからは誰もいなくなっていた。なんかごめんなさい。


 そうして、ようやく俺達は神中村のバス停で降りることが叶うのだった。

 バスから一歩降りれば、藤の香りが鼻をくすぐり暖かで心地の良い風がまるで歓迎するように通り抜けていく……。


 霧に沈み込み、暗い雰囲気だったあのときとはまるで違う雰囲気だ。


「よお、旦那がた」

「おお、小姓(こしょう)君に紅子も一緒かい? 良かった、私だけではなかったのだね」


 先に待っていた私服の刹那さんに、いつもよりも装飾が少なめの服を着ている図書館司書、字乗(あざのり)さんがそこにいた。彼女がちゃんと誘われて来ていることにまず驚く。図書館から意地でも出ないみたいなイメージがあったからだろうか。


「あんたらの話と春国の旦那の話をしたら二つ返事でついて来てくれたぜ?」


 笑顔で刹那さんが言う。そんな彼自身も字乗さんに想いを寄せているらしいが、刹那さんはそれでいいのか……? 


「来てくれないよりかはマシだからな……」


 挨拶し合う字乗さんと紅子さんから離れ、こっそりと訊きに行けば苦笑しながら彼はそう言った。そ、それは確かにそうだが。


「お、遅れました! すみません!」

「遅れてごめんなさい。すごい綺麗、綺麗なところね!」


 次いで狐火が灯ったと思ったらそこから鏡界が開き、春国さんと幽家(かくりや)さんが現れた。どうやら直前まで準備をして、直通でこちらまでやってきたらしい。


「ええと、冬日さんから狙われるだろうハイジャック犯のことを聞き出しました。そして、夜刀神さんにそのことを話して、期日まで監視していただけることになったんです、ですからまだまだ期限は大丈夫そうです。それで冬日さんにも納得していただけました」

「過去を正しに来ているのにダメだったら意味がないわ。意味がないじゃない。だからそれで手を打ってもらったら、いくら私でも納得くらいします」


 なるほど、説得に随分と時間をかけたんだなあ。でもまあ、そうやって行動で示さないと納得はしてくれないか。彼女、頑固そうだし意志が固そうだからな。


「さて、全員揃ったしチェックインしに行こうか。アタシ達は一度来ているから案内するよ」

「こっちこっち」


 刹那さんも来たことはあるが、ここは俺達二人で案内するべきだろう。

 というわけで、紅子さんと二人並んで歩きながら四人を資料館兼旅館まで案内することにした。


 さあ、束の間の休日。

 一泊二日のトリプルデートの始まりだ。

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