デートの誘いかた
「……というわけで、俺達もどうかって誘われたんだけれど」
「ふうん、アルフォードさんからねぇ」
電話越しに聞こえる紅子さんの声は、どこか疑問気だ。
あれから一通り春国さんや刹那さん、それとアルフォードさんと話し合い、お菓子を食べたり紅茶を飲んだりしながら男子会は解散している。それからはこうして、それぞれが家へ戻り自分の好きな人を温泉に誘う手筈になっているというわけだ。
「なにか隠していること、ないかな?」
「い、いや別に。春国さん達を誘うためにも、俺達も行くってポーズは作るにこしたことはないしさ」
「うん、理屈は分かるよ。でも、それだけじゃあないよね?」
「ぐっ」
「お兄さんって、本当に分かりやすいよねぇ」
思わず言葉に詰まってしまい、電話越しの溜め息が耳元をくすぐる。別に実際に至近距離でされているわけではないのに、なぜかこの場に彼女がいるような想像をしてしまい、誰も見ていないのに照れてしまう。なにやっているんだ。
「春国さんと冬日さん、それに刹那さんに字乗さんだっけ。なるほどね、アタシとキミ合わせてトリプルデートって言ったところかな?」
「……そ、そのつもりだけれど」
トリプルデートが目的とは一言も言わず、アルフォードさんから俺達三人が誘われたという話をしただけなんだがな。さすが紅子さん、察しがいいしバレるのも早い。
そうやって分かっているなら話は早い。早くていいんだが、自覚があるならもうそろそろ告白してもいいと思うんだけれど……まだ違う気がするんだよなあ。いつになったら〝そのとき〟とやらが来るんだか。
それに、これだけやりとりしていてなんだと思うかもしれないが、本気で告白する勇気もないんだよ。今の関係が心地良すぎるから余計に、それが崩れて別の関係になるというのが正直怖い。仲良くなりすぎた幼馴染とか、そういう感じ。出会って一年もまだ経ってないのにな。
「ふふ、でもそっか、もう一度あそこに行くんだね。今度は平和なあそこに……キミとは色々あった後も数日一緒に過ごしたから、あそこの素晴らしさはもう十分知っているけれど。でも、そうだね……デートとして何事もなく行くのは、初めてかな」
どこか嬉しそうに呟く紅子さんに、こちらも電話越しに笑みを浮かべる。
そうか、そうだよな。デートとして行った最初はおしら様関係で色々あったり、落ち着いて楽しむこともできなかった。
全てが終わったあとも怪我をした俺を介助してもらっていたようなものだし、素直にデートと言えるデートではなかったよな。
「俺もなるべくおしゃれしていくようにするよ。今度は楽しめるといいな」
「うん、せっかくの温泉旅行デートだし、アタシも少しは気合いをいれておこうかな? あ、でももう一緒にお風呂に入るのはだめだよ。お兄さんの劣情を誘っちゃいそうだし」
「あんまり自分を安売りするみたいなこと言うの、やめてくれよ」
「そう言ってくれるのは嬉しいけれど、別に安売りしているつもりはないよ。キミにしか言わないよ、こんなこと」
「………………紅子さんってさ、卑怯だよな」
「ふふ、照れてる?」
「照れてる」
からかい混じりに、しかし本音でそんなことを言う彼女に俺はスマホを耳に当てたまま思いっきり俯いた。色々と限界である。紅子さんが囁くようにそんなことを言い続けるものだから、なんで言えばいいのか……尊い? 彼女があまりにも好きすぎるという気持ちが溢れ出しそうになってくる。今すぐ会いたくなってしまう。我ながら初々しすぎる気もするが、仕方ないだろう。毎回毎回誘い受けしてくる紅子さんが悪いんだっ!
「……アタシの声で興奮しちゃったかな?」
「どこのエロ本の台詞だこら!」
「ええー、むしろその発想が出てくること自体がドン引きなんだけれども。それともそういう本でも持っているの?」
持ってません。ただのイメージです。
待て、これは誤解されるやつではないか? 俺はエロ本なんて持ってないぞ。神内のいるこの屋敷でそんなこと考えられる余裕なんてなかったし、そもそも持っていたとしても見つかって晒し者になる未来が待っているからな!
「持ってないよ。紅子さんこそ、よくもまあそんなに誘い受けみたいなことを言えるよな……手を出せないこっちの身にもなってくれよ」
「あ、でもその気にはなってくれるのかな? アタシに魅力がないわけじゃないんだね」
なに言ってるんだよ。魅力しかないよ。というか、自信なかったのか? 別に自信があってもなくても、紅子さんのことを好きでいるのは俺だけでいいんだから、あんまり他方に似たようなことだけはしないでほしい。ちょっとした独占欲だ。
アリシアちゃんや誘理にお姉さんらしく振る舞って慕われるのは構わないが、彼女に俺以外が惚れてしまったら嫌だという嫉妬心も多少はある。
「それで、でえとの話だけれど……現地集合かな? どれくらいお泊まりするの?」
「えーっと、刹那さん達や春国さん達とは現地集合だ。紅子さんは……どうせなら一緒に行くだろ?」
「うん、そのつもり。今度は遅刻しないようにね」
「あ、うん。頑張る」
「そこだけは直らないよねぇ。日々努力して成長を見せてくれているっていうのに、遅刻癖だけは頑張っても直らないなんて。変なの」
そこは俺自身も謎だ。いつも早めに出るようにしているんだが、運でも悪いのかな……? 毎回なぜか五分くらい遅れてしまう。何時間も待たせるような遅刻をしたことがないのがまだ幸いか。いや、遅刻すること自体よくないんだけどさ。
「それじゃあ道具は……」
「一泊二日らしいぞ。だから……」
そうして深夜。
俺は誰にも邪魔されることなく、自室で彼女との会話を続けたのであった。




