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恋する男子達の恋話

「はい、お待たせー」


 奥から戻ってきたアルフォードさんが紅茶の入ったカップをテーブルに置く。


「今回はアップルティーにしてみたよ。美味しく飲んでね」


 笑顔で俺達と同じように椅子に座り、頬杖をつくアルフォードさん。

 そんな彼に対して春国さんが困ったように言う。


「あ、あの、本当に良かったんですか? 僕達……ただでさえ場所をお借りしているのに」

「いいんだよー、オレがこうやって紅茶を出すのは好きだからやってるわけだしね! ほら、オレんちってワインとビール以外だと紅茶が人気だし、ライフワークなんだよ」


 ああ、国の守護している竜だもんな。国民が〝ウェールズの赤い竜〟を信じていればいるほど彼の存在する力になるし、国民の性質や性格が彼自身にも反映されている。

 ときどき聴く彼の話を統合して考える限り、信仰からいつのまにか生まれ落ちていたようだし、国の性質には結構引きずられているんだろう。


「レアビットもあるよー。出来立てだから美味しく食べてね」


 と言いつつ、皿に乗った……なんだろう、これ。トーストにチーズを乗せた食べ物……としか言いようがないものだ。レアビット……って名前があるってことは、伝統料理かな? 


「あ、うん。そっか、知らないよね。よく考えたら三人共日本出身でオレんちとは関係なかったや。そうそう、これは伝統料理だよ。ウェルシュ・レアビットっていう、味付けした熱々のトーストにとろけたハードタイプのチーズを乗せた食べ物。今回はチェダーチーズだね。お昼には早いけど、小腹が空いてるだろうし、どうかな?」


 パンにチーズ。そのシンプルな組み合わせに喉が鳴る。チーズの香りが広がって既に食べるという選択肢しかない。焼けたチーズの香りがすごい。

 そこまでお腹が空いているわけでもなかったのに、見事に食欲がそそられてしまった。すごいな。


 小さく切られたレアビットをひとつ手にとって頬張ってみると、濃厚なチーズの味と、ちょうどよく焼かれたパリッとしたトーストの味が広がった。少しだけ焦げがあるのが余計に美味しい。


 ……じゃなくって。


「刹那さんは最近どうだ? 字乗さんにアタックし続けてるんだろ?」

「あー、まあなあ、でもあしらわれてばっかりだ。司書さんは自分が誰かに求められるなんてこと考えもしないのさ。失恋の具現化だから仕方ないっちゃないんだがなあ」


 字乗よもぎさんは文車妖妃(ふぐるまようひ)という怪異だ。

 文車妖妃は実際には文車の付喪神(つくもがみ)ではなく、想いを遂げることがなかった女性達の恋文の付喪神だ。彼女自身が失恋の象徴であるため、多分そういう発想がないんだろうが……。


「それに加えて、司書さんは自分が報われちゃいけねぇと思ってるんだな。自分が報われなかった恋文の集合意識だからか、自分が恋をして報われるのはかつての主人達に対しての裏切りとすら思っている節がありやがる。ま、気長にやるさ。俺ぁ、まだまだ若いからな」

「なんて言ってるけど、キミってもう成鳥でしょー? あと数百年も待ってたらどんどんよもぎちゃんの意思も固くなっちゃうし、さっさとアプローチしたほうがいいよ」


 数百年。改めて聴くと単位がすごい。


「刹那さんって何歳なんだ?」

「二百とちょっとだぜ」


 ああ、うん。やっぱり単位が違う。


「アル殿と初めて会ったときは百と三十くらいだったか。俺達は百で成鳥なんだよ。人間に換算すると十年で一歳くらいの感覚かねぇ」


 つまりはあれか、俺達人間に合わせて考えると鴉天狗は十歳で成人。今は二十歳くらいってところか。だとすると、精神的には俺とそんなに変わらないくらいって言ってもいいのかなあ。


「……僕も相手が人間でなければ気長にやろうと思えるんですけれど……何百年も待つくらいの覚悟はあっても、まさか短く、すぐに終わってしまうかもしれない恋をするとは思っていなくて……ちょっと焦り気味です。長い目で見られるなら分かるのですけれど、この短い間で適切な距離感の縮め方というのがよく分からなくて……強引になってしまっていないか少し心配ですね」


 おっと、そうだ。春国さんも狐と精霊の血が流れている人外なんだった。

 この場にいる人間は俺だけという事実を忘れがちだが、そうだよな、この人達全員寿命は俺の比じゃないんだよなあ。


「あー、それはあるなあ。あんまり短いと焦っちまうからねぇ。でもあんまり詰めすぎても嫌われちまうし……俺達はわりと長い目で見られるが、狐の旦那はその辺難しいな」

「一週間の恋煩いですからね」

「なーんか、映画とかでありそうだよねぇ、〝一週間の恋煩い〟」

「ありそう」


 アルフォードさんの言葉に思わず同意する。ありそうだ。それもハッピーエンドで終わるか悲恋で終わるかの二択のタイプ。


「タイムリープ物でありそうだな」

「ええ、実際冬日さんはタイムリープしてますし」


 そういえばそれも現実だったな。現実は小説より奇なりってやつである。

 そして、現実に起こっているその話が悲恋で終わりそうだから、こうして卓を囲んで集まっているわけだが。


「対策って……あると思うか?」

「…………僕も、途方に暮れていて」

「うーん、俺もできれば協力はしてやりたいがなあ。俺も、そういうケースはちと気になるからな」


 彼は確か、探している鴉天狗がいるんだったか。

 それ関連で、協力しようと思ってくれているんだろう。


「でも不可逆だよね。彼女にとっての過去改変を防げば、彼女の存在はなくなっちゃう。それは変わらないよ」

「です、よねぇ……」


 思いっきり沈んだ様子になる春国さんに複雑な気持ちになる。

 俺も紅子さんが消滅してしまったら嫌だしなあ。でも彼女の「人殺しをするくらいなら消滅したほうがいい」という覚悟は尊重したいし……が、消滅してもいいかというとそんなことはない。当たり前だ。それとこれとはまた別だからな。


「ん、んー、いっそ春国ちゃんさあ。冬日ちゃんを休ませる目的もあるんだし、温泉にでも行かない? オレ達のほうで方法は探してみるしさあ」


 詩子ちゃんと華野ちゃんのところへ? 

 よりにもよって、未来視ができる詩子ちゃんのところへ? 


「温泉ですか、いいですね」


 朗らかに笑う彼に目が向く。

 あれ、彼って詩子ちゃんの未来視のことは……知らない、んだっけ? 


「うんうん、疲れを取るって言ったら温泉だよね」


 アルフォードさんの視線がこちらを向く。それは、紅子さんの記憶に潜ったとき、見られたあの視線とそっくりなものだった。

 そ、そういえばあのときの謎もまだだったな……。


「それじゃあ予約しておくねー」


 視線だけで余計なことを言うなと釘を刺され、俺は押し黙る。

 ……多分なにか思惑があるんだろう。神様のやることは本当に分からない。どんな目的でそれをするのかという主語を言ってくれないから、余計に分からない。


 喜ぶ春国さんと横目に、俺と似たような顔をしている刹那さんと一緒に苦笑する。


「ついでに令一ちゃんとせっちゃんの分もペアで予約しておこうねー。トリプルデートと行こうか!」

「えっ」

「アル殿……」


 だいぶお節介な神様の思惑で、まさかのトリプルデート。

 茫然としながらも、胸が高鳴ってしまう。そんな単純な俺の心なのであった。

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