恋するヘタレ達の男子会
「こ、こんにちは! えっと、お二人とも!」
はしゃぐように春国さんが走り寄って来る。
あれから……、幽家冬日さんを休ませてから一日経ち、彼女があと二日程休むことをなんとか了承した昼の出来事である。
あの人に二日も休むことを良将させるなんて春国さんもすごいよ、本当に。多分説得を続けたんだろうけれども。
つまり今日は、春国さんの秘める想いを聴いた翌日だ。今日も合わせてあと二日、時間があるために皆準備に追われている。今日はその隙間時間でこうして集まっているわけだ。
意外と積極的に動く春国さんの提案で、俺と鴉天狗の刹那さんが集められたわけだ。まあ、なんだ、女子会ならぬ恋する男子を集めた〝男子会〟ってやつだ。なんてむさくるしい集まりなんだ。いや、刹那さんも春国さんも綺麗系の顔だから、そこまでむさくるしくは……ないか?
共通点はもちろん全員恋をしていることだ。
俺は幽霊の紅子さんに、春国さんは幽家さんに、そして刹那さんは確か図書館司書の字乗さんに恋をしている。
俺は両思いであることが分かっているからいいものの、春国さんは叶わないことを覚悟してしまっている。刹那さんのほうはよくあしらわれていたりしながらも、字乗さんに贈り物を続けていて振り向いてもらおうと頑張っている状態だ。
女子会でもお菓子を食べながら恋話をしたりするだろうが、俺達が今回集まったのはそれに加えて、春国さんの恋に協力するためでもある。
確率は絶望的だが、目的を達成してもなお幽家さんを助ける方法がなにかあるかもしれない。可能性は決してゼロではないはずだ。
そう、諦めるのはまだ早い。
諦めずに走ればなにか見つかるかもしれないが、諦めてしまったらその小さな可能性すら潰えてしまうからだ。だから諦めない。今まで続けてきたようにだ。
「よお、令一の旦那。それと狐んところの倅さんよ。春国だったか」
「こんにちは、刹那さん。春国で合ってますよ。今日はお付き合いありがとうございます」
そもそも招集したのも春国さんだ。大人しそうな彼がここまで積極的に動くだなんて、本当に意外すぎる。あの臆病具合はどこに行ったんだ。
「よろしくな、春国の旦那。いつもあんたんところの果物には世話になってるぜ。ルルフィードのところのスイーツパーラーでも仕入れてるから、よく見かけるぜ」
「ああ、あそこでバイトしているんでしたっけ。こちらこそご贔屓にしてくださり、ありがとうございます」
「あれ、春国さん。刹那さんは大丈夫なんですか? おばけとか怪異の類は苦手だと思っていたんですけれど」
和やかに話す二人に、ちょっとした質問を入れる。
ちなみに場所はアルフォードさんのところの萬屋だ。他に三人で集まれる場所がなかったんだよ。三人って言っても人間は俺だけなんだけれども。
「見た目が怖くないなら大丈夫です」
「あー、だけど俺の鴉のほうの姿だと怖がるかもしれねぇなあ」
「えっ」
鴉の姿?
今は普通に人間に鴉の翼が生えたような姿で、その姿しか見たことがなかったんだがもしかしてずっと化けているだけだったとか?
鴉天狗を他に見たことがなかったから、てっきり人間に近い姿だと思っていた。
「おー、そうだぜ。俺ぁ、化けるのがヘタクソなもんでな。アル殿に専用の道具を譲ってもらってんだ。本来は普通に鴉の顔してんだぜ」
「……ええ、そのままでお願いしますね」
「おう、分かってらぁ。あんたに怖がられんのは本意じゃねぇしな」
アンティークの椅子に座り、家主が帰ってくるのを待ちつつまずは雑談。このメンバーで集まったことはなかったので、親交を深めるのが先だ。相談事は徐々に入れていけばいい。最初から重い話をするのもなんだしな。
今は大事な時期だが、落ち着くことも大事である。急いては事を仕損じるとも言うわけだし、慎重に行こう。
「にしても、アルフォードさんが許可をくれたんですよね。ここを使っていいって」
「おうよ、アル殿もどうやら興味があるみてぇでな。暇してるから来いって言ってたんだ。それと、旦那ぁ。別に敬語じゃなくてもいいんだぜ」
「ええ、僕は癖みたいなものですが、楽なら丁寧な言葉じゃなくても大丈夫ですよ。ほら、その、友達……ですし」
照れた風に頬をかきながら春国さんが言う。
あー、男友達がいるっていいなあ……若干湿っぽい心境になりながらも頷く。
本当にこの同盟を知ることができて良かった。本当に良かった。これも全部紅子さんと出会えたおかげだなあ。まさか、俺がこんなに交友関係を広げられるとは……屋敷から出るまでは全然そんなこと想像もできなかったから。
「ああ、友達だな。そうだ、春国さん。幽家さんにはなんて言って出てきてるんだ?」
「情報収集、ですね。冬日さんには誘理やクロ、それにティロもついているので休んでいてもらっています。あの人達なら彼女のことを無理させようとはじせんし」
「なるほどなあ」
今回の集まりは情報収集で間違ってはいないからな。
「あ、それとですね。み、見てください! 見てくださいよ令一さん! やりました! 僕やってのけましたよ!」
大はしゃぎをしながらスマホを取り出し、操作する春国さん。おっ、てことは昨日言っていたことはチャレンジに成功したんだな?
「ほら!」
「んん? なんか約束でもしてたのかい?」
「いえ、昨日俺が紅子さんとツーショット写真を撮ったんですけれど、春国さんも幽家さんと撮りたいっていうので、アドバイスしておいたんですよ。それが成功したってことだと思います」
言いながら覗き込む。
そこには、しっかり全員が写り込んだ写真が表示されていた。
真ん中に隣を見つつ控えめな笑顔の春国さんと、困り顔で春国さんを見つつ下手くそな笑みを浮かべる幽家さん。その膝の上に誘理。両脇をクロとティロが固めていて、どことなくクロがいる側の春国さんの腕に鳥肌が立っているのが見える。
……あれ?
「これ、タイマーで撮ったりしたのか?」
「いいえ、これは銀魏撮ってくれたものですよ。冬日さんを説得していたら、荷物をいくつか運びにきたあの子に見られてしまいまして……ちょっと怒られましたけど、撮影に協力してくれたんです。僕には厳しいですけれど、根はいい子ですから」
なるほど、だからこんなに綺麗に撮れてるんだなあ。幽家さんも戸惑い気味ながら笑顔を向けているし、彼女の膝に乗った誘理がやたらと凛々しい顔でピースしていたり、そんな二人を横目にして微笑んでいる春国さん。いいなあ……なんかこういうの。両脇に犬二匹がいるから家族写真じみている気がする。
「三人ともー。紅茶用意するけど、なにか注文あるー? おっ、もしかして例の子と撮った写真? 見せて見せてー!」
奥から出てきたアルフォードさんが、俺達の上から覗き込んでくる。
「ふむふむ、なるほどねぇ……」
これだけでなにかが分かるのだろうか?
アルフォードさんはさっと見て、さっと奥に行くと「で、紅茶はー?」と訊いてきた。ひとまず、特に触れないことにしたらしい。
俺達はそれぞれ、紅茶はアルフォードさんのオススメでいいことを口々に伝えて、そのまま男子会を続けるのであった。