ツーショット
春国さんとの会話を終え、彼の想いは知った。
彼も分かっていて恋をしているわけだし、別れることが分かっているから告白もすることはないだろう。余計なことをして別れが辛くなるよりは……ってことなんだろうな。
俺が言うのもなんだが、恋って難儀なものだなあ。
……ちょっと離れただけなのに紅子さんに会いたくなってしまった。
春国さんと一緒に小屋の中に戻る。すると、そこには楽園が広がっていた。
「あの、春国さん」
「ええ……なんというか、こう……素敵ですね」
春国さんの視線は一か所に釘付けである。
「クウウウン」
「……」
俺達が外に行っていたのはそう長い時間ではない。
けれど、話し合いの時点で疲れてしまっていた幽家さんにとっては、紅子さんがそばにいたとしてもわりと長い時間に感じていたんだろうな。
端のほうで用意された布団の上で眠ってしまっている。それも、横を向いてその腕の中に大型犬のぬいぐるみ……ティンダロスの猟犬モドキを抱きしめてだ。丸まるように足を折りたたみ、抱きしめたティロの頬に自身の頬を寄せて眠っている。
ピンクブロンドの髪が布団の上でわずかばかりに広がり、布団のすぐそこに戦闘で使っていた刀が鞘に入れられ、立てかけられている。
起きてすぐに手に取れる位置にあるあたり、まだ少し警戒しているのかもしれない。
そんな彼女を後ろから抱きしめるように誘理が張り付いて眠り、誘理を囲むように犬神のクロが布団の上に伏せて眠っている。
犬、幽家さん、誘理、犬という川の字に一点多い状態だ。
対して紅子さんはその近くで壁を背にしてその様子を眺めて座っていたようだ。多分布団に入った幽家さんとお喋りしていたんだろうけれど、疲労で彼女が途中で寝ちゃったんだろう。紅子さん自身もうつらうつらと船を漕いでいる。その首に八千が巻きついてだらんと垂れている。八千自身も寝ているらしく、もはやマフラーかストールのような状態だ。
「話しかけづらいんだが」
「ですねぇ」
相変わらず春国さんの視線は幽家さんに釘付けだ。
かく言う俺も、壁に寄りかかってまどろんでいる紅子さんから目が離せない。
似た者同士かよ。
「春国さん」
「下土井さん……いや、令一さん」
「うん」
「スマホ持ってます?」
「もちろんだ」
「あの」
「言いたいことは分かるけど、それって盗撮って言わないか?」
「んぐっ」
言いたいことは分かる。めちゃくちゃ分かる。今すぐに写真を撮りたい。
なんなら寝始めた紅子さんを写真に撮って待ち受けにしたい……って変態かよ。そもそも無許可撮影はダメだ。
「おにーさん……? ふぁ……ん、おかえり」
「べ、紅子さん。えっと、ただいま?」
威力がひどい。
まどろんだままの眠たそうな表情で、それも小さくあくびをしてからふにゃっと微笑んで「おかえり」って。そんなの反則だろう。俺の紅子さんが可愛いすぎる。
「変なこと、考えてるでしょう」
「え、あ、いや、そんなことは」
半目になってこちらを見てくる紅子さんに返事をするも、若干どもってしまったので誤魔化し切れていない。目線を逸らしてしまったので余計にそうだ。うん、まあ、いつものことだよな。
「紅子さん、写真撮ってもいいか?」
そして開き直ることにした。
「ええ……うーん、どうしようかな」
即答で断られない……? マジか。
「ツーショットならやってもいいよ?」
マジですか紅子さんっ!
「は、春国さんっ」
「いいですよ、スマホ貸してください。その代わり僕のことも手伝ってくださいね?」
「当たり前だ!」
春国さんも幽家さんと写真撮りたいんだろう。なんだかんだと理由をつけてツーショットを撮ってもらえば彼自身も満足するだろうし、目の前で紅子さんとこんなことをしているのは同じく恋をしている彼に不公平だからな。
「なんか春国さんとは仲良くなれそうな気がする」
「奇遇ですね。仲良くしましょう、令一さん」
ここに色恋関係の友達が誕生した。刹那さんも恋しているらしいし、仲間ができると相談もしやすくていいな。男友達も以前よりグッと増えた。
神内に殺された皆のことを忘れたわけではないが……同じ立場の青凪さんにずっと引きずるのはやめろって言われてしまっているし、あいつらもそう言いそうな気がするから俺は交友を広く持つことを選ぶことにする。
それとついでに、話の流れで見送ってしまったが今度おいぬ様に会ったときに、俺にかけられた神内の呪いをどうにかできるかどうか訊いておきたい。あの場でなにも言われなかったということはあまり期待できないが、訊いておくにこしたことはないし。
「それじゃ、よろしく頼む」
「はい、並んで座ってくださいね」
指示に従って、未だ眠そうな紅子さんの隣に座る。
「いきますよー、はい、チーズ」
その言葉と同時に、紅子さんは俺の肩に頭を寄せて小さくピースサインをする。普通にピースしていた俺はそれにびっくりしてしまい、そのあとすぐにシャッターを切る音が響いた。
絶対これ、緊張して顔を赤くする俺の写真が撮れているだろう……。紅子さんの可愛いサプライズに満更でもないので、撮り直しはしないが。
「はあー、羨ましいです。僕も写真撮りたいですよぉ……」
「あー、なるほどね。春国さん、やっぱりそうなのかな?」
紅子さんの疑問に俺は頷く。
彼も恋しているので間違いないぞ。
「それじゃあ、先に誘理ちゃんにお願いするといいよ。誘理ちゃんから三人で写真を撮りたいって言ってもらえれば、必ず幽家さんも参加してくれると思う。どうかな?」
「天才ですか!?」
キラキラとした目で天を仰ぐ春国さん。
確かに、その方法ならば幽家さんも断れないだろう。
フライング気味に喜び勇む彼に、どうかもう少しだけこの時間が続けばいいと願った。




