表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
164/225

いたいところ

 銀魏さん達がやってきてお茶やらお昼ご飯やらを用意して帰っていった。

 その間に俺達は幽家(かくりや)冬日さんに誘理達の事情を話し、今度は誘理もちゃんと幽家さんの目的を聞いた。理解できているかどうかは分からないが、真面目に聞いていたので多分大丈夫だろう。


 こうしてやりとりをしているうちに正午になった。


「そう、そうなの。その子達も被害者なのね」

「ええ、ですからこの子達の目的も果たしてあげたいんです」


 話が終わって、正座していた誘理が立ち上がり春国さんの背中に飛びつく。

 彼は少しだけ「わっ」と声をあげたが、もう幽霊の誘理に怯えることはなかった。その代わり、まるで父親みたいな顔をして背後で抱きつく誘理の頭を片手だけで撫でる。


 紅子さんは隣で腕を伸ばして体をほぐし、彼らの様子を見てか俺の肩に寄りかかってくる。くつろいでいるようで眉間を指で揉んでから、ぐりぐりと俺に甘えてきているのだ。俺がくつろぎづらくなってしまったが、これはこれで役得なので別にいい。


「幼子よ、もっとたくさん食うがよいぞ。()はこれだけで充分よ」

「いいんでしゅか!」


 お菓子で釣られた誘理が「ぴょんこぴょんこ」と飛び跳ねながらおいぬ様のほうへと向かう。子供らしい、可愛い仕草だった。

 しかしそんな様子を見て真宵さんが口元を扇子で覆い、言う。


「あらあら、朱色(あけいろ)のったら、飴やりおばさんみたいになっていますわよ」

「藍色の、そのはらわた食い破られたいか?」


 全く怒っているようには見えない笑みでおいぬ様が言う。マイナスの感情はほぼないんじゃなかったっけ……? いや、もしかして怒っているフリか? 

 そんなおいぬ様に真宵さんはくすくすと笑って対応する。


「きゃー、怖〜い。いいじゃない、わたくしどもはこの子にしたらお婆ちゃんですわよ」

「幼子に言われるのなら良いが、お前に言われるのは不本意だ。藍色のも自分が言われるのは避けるというに」

「それとこれとはまた別ですわ」


 お、女心って複雑なんだなあ。

 近くから聞こえる不穏な会話に耳を傾けつつ、そんな風に感想を抱く。

 紅子さんはうとうとし始めてしまったので、逆膝枕みたいな状態にまでなった。まさか俺がするほうになるとは……できればしてもらいたかったなあなんて未練を持ちつつ、また幽家さんのほうへ目を向けた。


 幽家さんは春国さんと軽い会話をしながら、お菓子で餌付けされている誘理に目を向けている。優しい目だ。

 先程まですごい剣幕で怒鳴っていた人とはとても思えないような目だった。本来の姿はこっちなのかもしれない。

 未来の情報に接触しない程度の雑談をして、二人は仲を深めているようだ。春国さんのほうが積極的に話しかけているので、ちょっと珍しく感じる。春国さんって臆病でうるさいけれど、大人しめで奥手なイメージだったからな。


 そんな二人に、両腕一杯にお菓子を持った誘理がとてとてと歩み寄る。

 それから誘理は幽家さんに近づくと、一旦近くにお菓子を置いて、ラムネ菓子をひとつ手に取ると、彼女の膝に手をついてすっと差し出した。


「お菓子? 私にくれるのかしら?」

「はいでしゅ!」


 にこにこと笑う誘理に、困惑した様子の幽家さん。

 おずおずと彼女からラムネを受け取り、「どうして私に?」と疑問を投げかける。 


「どうして、でしゅか?」


 質問の意図が分からなかったらしい誘理が尋ね返す。


「だって、だって、私あなたのこと、消そうとしていたのよ? それも問答無用で。話だって聞こうとしなかったのに……どうして?」

「……うーん、あちし、難しいことは分かんないんでしゅけど、フユがいたいからでしゅよ」


 悩んだ末にそう言った誘理に、幽家さんはますます疑問を深くする。


「痛い……? 私はどこも、そうどこも怪我なんてしていないわ」

「んーん、違いましゅ。フユはね、ここが痛いんでしゅ。それにね、フユはきっとここにいたいと思ったんでしゅよ? だって、ハルと楽しそうにお話ししてましゅ」


 トントン、と自分の胸を叩いて誘理が言う。心が痛いんじゃないかというその言葉に、幽家さんは眉を下げた。そりゃあ、あんな悲壮な覚悟を待っていたら、痛いだろうな。


「そうね、痛いかも。でも、別にこの場所に未練なんてないわよ? 一時的に来ているだけだし、目的を果たしたらすぐ帰るわ」

「違いましゅ。えっと……ここ、こ、この世? いたいんでしゅよね、いたいはずでしゅ。フユだって、死にたくないはずでしゅ。死ぬのは苦しくて、痛くて、嫌なものでしゅ。あちしだって嫌だったもん」


 ラムネを受け取ったままフリーズする彼女に、誘理は首を傾げる。

 驚いた。ここまでちゃんと話の趣旨を理解していたんだな。六歳だぞ。普通は生死のことなんてまだ曖昧な頃だが、案外頭がいいのか。それとも自分がそうなってしまったから理解できているのか。


「……でもね、誘理。私は生きてちゃいけないのよ。私は死ぬはずだったんだから、今がおかしいの。私は狂ってしまったお母さんのためにも、過去を正しくして、死ななくちゃならないのよ」

「頑固でしゅ。なんで死ななくちゃいけないなんて言うんでしゅか! そんなのあちしは知りましぇんっ! さっきみたいに、わがままに言えばいいだけでしゅ! どうしないとじゃなくて、どうしたいかを言えばいいだけでしゅよ!」


 まさか幼子にカウンセリングされるとは思っていなかったんだろう。

 幽家さんは驚いたようにして、持っていたお菓子をポトリと落とした。


「そうですね、あなたの意見はちゃんと聞けていませんでした。やらなければならないと、どうしたいかはまた別物ですから」


 春国さんまで追い討ちするように言う。

 そんな二人に迫られて彼女は困惑したように身を引く。

 しかし、押し黙る彼女に二人はぐんぐんと迫る。その様子がそっくりで思わず笑ってしまって、キッと幽家さんに睨まれる。ごめんなさい。


「……ええ、そうね。ええ、そうだわ。私だって、喜んで死にたいと思っているわけじゃない。当たり前じゃない、どうして私が死ななくちゃいけないのよ。私の出生の秘密を聞いて、思ったわ。私の歩んできた人生って一体なんだったのって……無意味だったのかって……!」


 泣きそうになりながら本音を語る彼女に二人は頷き合う。

 ここ数日で随分と似たものだ。春国さんは幽家さんの手を取って、そして誘理は彼女を後ろから抱きしめて囁きかける。


「期日までまだなんとか時間はあります。僕も協力しますから、探しましょう。あなたが生きる道を。現在を正し、それでもあなたが消えてしまわない方法を、探しましょうね」

「でしゅ! 休みながら考えればいいんでしゅよ! きっとなんとなる! でしゅ!」

「……ごめんなさい、本当にごめんなさい。迷惑かけて」


 しゅんとした彼女の背中はひどく小さく感じる。

 そんな幽家さんをぎゅうぎゅうに抱きしめる。そんな光景を見ながら俺は胸に手を当てた。

 なんだか苦しい。きっと叶わない願いなんだろうなんて予感が心の中に影を落として、現実を突きつけてくるからだ。


 でも、あの三人が足掻こうと言うのなら俺も協力したいと思える。


「ああああ!? 来ないで! 来ないでくださああああい!」


 仲良くしている三人に妬いたのか、クロとティロという二匹の犬がその輪の中に飛び込んでいく。俺も混ぜろとばかりに行われたその行動に、春国さんが幽家さんと誘理の手を取って逃げ出した。


「うわあああん! ごめんなさい! まだ君達のことは慣れてないんですううう!」


 さっきまでの頼もしさはどこへいったのやら。

 情けなさ全開で走り回る彼に笑う。


「ねえ、お兄さん」

「ん?」

「春国さんってさ」

「ああ、そうだな」


 紅子さんの言葉に頷いて、再び彼らを眺める。

 春国さんはきっと俺と同じだ。俺も似たような変化をしたから分かる。普段は控えめな彼があれだけ気を許して、そして積極的に話しかけようとしているならばそれは……。


 でも、そうだとしたらどれだけ運命ってやつは酷いんだろうな。


「春国さん……」


 俺達の勘違いならまだいい。

 勘違いならただ悲しいだけで済む。


「ねえ、春国さん」


 呟いた。

 もし、もし彼が幽家さんのことを想っているならば。そうだとするならば。


 ――その恋は、きっと叶うことはないんだと。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ