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拗れる話し合い

 それは究極の自己否定だった。

 未来、生まれてくる自分自身の存在すら、自分で殺す行為。

 そんなこと、どんなに覚悟があっても普通は成し遂げられない。考えつくことすら、できないだろう。いったいどんなきっかけがあって、そこまでのことをしようと思えるのか。


 聴くと彼女自身には死んだときの記憶も何もない健康体である。

 ただ、母のお腹の中で共に飛行機事故で死んだというだけで。彼女自身は母親のように悪夢に蝕まれることもない。

 いくら母が発狂していたからといって、過去にやってきてまで、そうまでして過去改変を防ごうとするものなのか? それが俺には不思議でならなかった。


「……そうですか」


 納得したように、寂しそうに春国さんが詰めていた息を吐いた。

 それから「期日は、いつですか?」と問う。多分飛行機事故が起こる日のことだろう。


「私はこの子と相性が良かったのか……良かったのでしょう、二週間は猶予がありました。今日で一週間目です」

「残り七日……」


 春国さんが箱を押し付けられてから数日が経っているわけだし、春国さん達が鏡界にほとんどの時間いたとはいえ、彼女達が箱の場所を特定するのにかかった時間もそれぐらいか。


 あと一週間、犬神と誘理を確保しているだけでいい……。


「でも、依頼者はともかくとして、呪術師のほうを叩かないと別の手段を使って呪殺されちゃうかもしれないよ」


 紅子さんが懸念を口にする。

 そうなんだよな、この子達だけが呪殺の道具にされているわけではないだろう。かなり強い呪いを持つ蠱毒の犬神だから真っ先に使われただけで、呪術コレクターと言われる人がそれ以外に呪殺する手段を持っていないわけがない。

 放っておけば確実に過去は改変されてしまう。それも、俺達の預かり知らぬところでだ。


「そうですわね。なら、当初の予定通り呪い返しをして、コレクターに会いにいくほうがいいでしょう。早めに実行したほうが良いでしょうが……どういたしましょうか」


 真宵さんが冬日さんを見つめる。

 あなたのお好きなように。そんな風に言っているだろうことが分かる視線だった。真宵さんは彼女の判断に委ねようとしているみたいだな。神様は人の意思に左右される……と言いたいらしい。


 強固な覚悟を持っている彼女を尊重しているのだと思う。


「できうることなら、できるなら今すぐにでも」


 前のめりになってそう言う彼女に、真宵さんが頷きかけたときだった。


「待ってください」


 横合いから春国さんが異を唱えたのは。

 真剣な表情でじっと幽家冬日さんを見つめる彼は、眉を下げて「一日くらい休んだほうがいいですよ」と言った。


「あなた、お話を聞いていたのかしら? 聞いていなかったのかしら? 私は急いでいるんですよ」

「それでも、です。冬日さん、目の下にクマもありますし、もしかしてあまり休んでいないんじゃないでしょうか。万全の状態でないと、上手くいくことも失敗してしまいかねません」



 正確には、術師の魔の手を全て期日まで防げばいいだけで、殺してしまう必要はない。それは幽家さんに関しては、だ。

 静観しているが、蠱毒の犬神であるクロはその限りではない。彼は誘理のためにも、そして自分自身のためにも術師を殺そうとするはずだ。

 目的は両者でほとんど一致しているが、そのあたり、どうするかはまだ決まっていないのである。


「のう、小僧共。お前達にはその小娘とこの幼子の事情が分かっているだろうが、その小娘は幼子の事情なぞ知りもせん。()には、話を急かしすぎに見えるぞ。少しは考えよ」


 自由自在に蠢く白髪で誘理を持ち上げながら、口出しをしていなかったおいぬ様がぽつりと言葉を漏らす。

 おいぬ様はきゃっきゃっとはしゃいでいる誘理に、「おお、よしよし」と無理矢理クロを交えて遊んでやっている。誘理達にとっては非常に長く、そして退屈な話になっていたからだろう。暇を持て余した子供をあやす姿に、自然と眉が下がった。


「そうでしたね……誘理達のことも考えないといけませんし、目的の人物が一緒なら足並みは揃えたほうがいいです」


 春国さんからの視線を受けて、俺も肯く。

 そして、ひとまずは誘理達の事情も知ってもらおうと幽家さんに向かって口を開こうとして――。


「いい加減にして、いい加減にしてちょうだい! その子達の事情なんて知ったことではないわ。私が合わせる前提で話を進めるのはやめてちょうだい! それに私は事を成したら消えていく身。クマができていようがなんだろうが関係ないわ! 急ぎだって言っているでしょうに!」


 怒鳴る彼女に、誘理が竦み上がって春国さんの元へと「たたた」と走り寄り、その着物の内に入る。困ったようにそのあとを追いかけてきたクロは、唸りながら幽家さんに牙を見せた。


 だめだ、拗れている。このままではいけない。


「そこな小娘……ちと五月蝿いぞ。呪い返しは()の領分。吾は愛おしい子らにこそ、協力してやらんこともないと言っておるのだ。そう、自暴自棄になっては、お前だけとって食ってしまうぞ?」


 ニヤリと笑みを浮かべるおいぬ様に、ひっと幽家さんが声をあげる。

 実際には、おいぬ様は人を害さない……はずだったので単なる脅しかけなんだろうが、かなりの迫力がある。正直本気でパクッと食べられてしまいそうな怪しい笑みだ。


 でもああいう脅しかけは何度か見たことがある。

 特に紅子さんとか……。知らなければ心底怖いだろう。おいぬ様は特に白目の部分まで真っ黒だし。見た目だけなら、凶悪な怪異そのものだからな。


「クウン」

「ティロ…………自暴自棄、そうね自暴自棄になっているわ。ティロにまで心配されちゃったら、どうしようもないわね」


 ぬいぐるみに入っているため表情などは一切分からないが、彼女が連れてきたティンダロスの猟犬も、心なしか心配気な声をあげている。

 本当に伝承とは全く違うんだな。こいつもある意味クロと似た感じなのかもしれない。確かに彼女とティロとの絆はあるようだし、切っても切れない縁のようなものもあるんだろう。まさに犬と飼い主に近い関係だ。


 そんな猟犬。ティロにまで心配されてちょっと冷静になったのかもしれない。

 彼女は眉間を指先で揉んで目を瞑った。


「……分かった、分かりました。ティロに免じて一応、その子達の事情も聞きましょう。そしてまだお昼にもなっていませんから、今日はゆっくり休むことにします。それで満足ですか?」

「休んでくれたらそれでいいんです。ここの小屋を貸しますから」


 まだ少し不満そうだが、さっきまでの怒りっぷりよりはマシだ。

 常に穏やかで臆病な春国さんとは、まるで真逆の印象を受ける幽家冬日さん。


 拗れに拗れた話し合いは一旦落ち着き、彼女を休ませるという結論で終わった。

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