一刀一扇の連携
そうやって俺が悩みに悩んでいるときだった。
背後で「ギャインッ」と連鎖するように鳴き声がして、目の前にいた女性が「ティロちゃん!」と叫んだのである。
気になって振り返ってみれば、そこには衝撃的な光景が広がっていた。
おいぬ様が犬同士の戦闘に割って入ったようで、二匹共にその白く長い長いツインテールに絡めとられてシメ落とされるところだったのである。
「こわっ」
改めておいぬ様が普通でないことが分かってしまった。
髪が蠢いてその先端は犬の口のようになりぱっくりとその口を広げている。そして長い髪で二匹の胴体をぐるぐる巻きにして、まるで蛇のように締め付け意識を奪ったのだ。巻き添えを食らったクロもである。誘理が見てなくて良かった。
てっきりおいぬ様は真宵さんと同じく手を出さない派だと思っていたから余計に驚いた。犬神と猟犬が相手だからか?
紅子さんは困惑しながらもこちらに向かってなにかのサインを寄越してきた。指し示す方向は目の前で慌てている女性、そして紅子さん自身と彼女の肩に乗った八千。なるほど、なんとなくだがやりたいことは分かった。
小さく頷いて女性に向き合う。
「ティロちゃん! この、退け。退きなさい!」
なりふり構わず太刀を振るう女性に合わせて、やはり受け流しを選択する。
俺の横を抜けて犬の元へ向かいたいのだろうが、そうはさせない。受け流し続け、立ち塞がり、ときおり攻撃を加えるようにしておいぬ様達から距離を開けるよう誘導する。
明らかにイライラし始めた女性は、焦った表情でシメ落とされてぐったりした猟犬をときおり見つめている。
あともう少し。元から洗練されているわけではなかった刃の動きに雑さが加わり、更に大雑把な攻撃に変化する。そして焦れに焦れた彼女が小さく唇を噛むと、大きく俺から距離を取って刃を下に垂らす。
それから目を瞑り、数秒硬直。
彼女の持つ刃からゆらりと青黒い煙が吹き上がった。あの猟犬と同様の煙だ。瘴気と呼ばれるそれは触れるだけで皮膚を爛れさせるほどのヤバい代物だが、彼女は不思議と平気そうに太刀を握り直し、目を……開いた。
同時に俺も駆け出し、彼女も一歩踏み込んで刀を振り上げようとして――。
「なっ」
振り上げようとした刀剣をその場に静かに現れた紅子さんが、宵護の扇子を持って刃があげられないように防ぎ、女性が動揺の声を漏らす。
そこへ肉迫した俺は赤竜刀を振りかぶり、恐怖が瞳の中に滲む彼女に向かって思いっきり叩きつける。
……もちろん、峰うちでだ。
峰うちとはいえ、結構な衝撃を受けただろう女性が体を傾けさせ、その場に崩れ落ちる。紅子さんがそんな彼女を、頭を打ってしまわないようにと受け止めて、顔を覗き込んだ。
「うん、気絶しているよ」
「……そうか」
安堵のため息をふうと吐いて、刀を下ろす。
そういえば、同じ刀剣を持った人間同士で戦闘するなんて初めての経験じゃないか? よくやれたな、俺。もう一度同じことをやれと言われても出来なさそうだ。
それに、紅子さんの意思をちゃんと間違えずに汲み取れていたことが幸いした。彼女はジェスチャーで、「鏡界移動で意表を突くからその隙に攻撃しろ」と言ってきていたのだと思う。結果的に間違っていなかったみたいだから問題なしだ。
「お見事でしたわ」
パチパチと拍手しながら真宵さんがこちらに向かって来る。
「それにしても、おかしなことを言っていましたわね。未来を変える人間を止めるとかどうとか……ちょっとお話を訊く必要がありますわ」
「ああ、そこら辺は俺も気になっていたところです」
「ふうむ、大儀であったぞ小僧ども。此奴らは吾が責を持って拘束しておいてくれようぞ。この娘の話も気になるからなあ、暫くはここにいてやろう」
未来、ねえ。本当にどういうことなんだ。
「ティンダロスの猟犬は時間と次元を移動する力がありますわ。そして、彼らの目の前で時間と次元を越えれば目をつけられ、獲物としてしつこく追ってくるんですの。モドキとはいえ、その猟犬を従えているということは……」
真宵さんの言いたいこともなんとなく分かる。分かるがそんなこと本当に可能なんだろうか? それに、そんなこと信じられるわけがない。
しかし今は気絶しているこの女性は、未来を変えることは許されないとか、止めるとか、そんなことを口走っていた。あれがこの女性の幻覚や妄言でもない限りは、つまりそういうことなんだろう。
「彼女が戦闘中に言っていた話を聴いた限りだと、犬神……つまりクロのターゲットになるはずだった人を殺させないようにするのが目的なんじゃないかと思うんだよな」
俺の言葉に紅子さんも頷く。
「猟犬もクロのことを噛み殺そうとしていたし、クロが殺されることで変わることがあるとするなら……それは犬神が呪殺しようとしていた人が死なないということだからね。その線が濃厚かな」
真宵さんは嬉しそうに微笑んで「察しがよくて素敵ですわ」と言う。
単純な消去法の推理だが、どうやら彼女のお眼鏡には合ったようだ。
「つまりはこうだよな」
先程から明言することを避けていたが、俺はついにそれを口にする。
「この子は未来とやらを知っていて、それからズレそうになっていたから防ぎにきた」
――未来からの時間旅行者である、と。