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時間稼ぎの攻防

「グルルルルルォ!」


 何度も何度も、俺を無視して誘理達の方向へ向かおうとする犬神の前に滑り込み、その牙を赤竜刀で受け流しながら妨害する。

 そんなことを繰り返していれば当然犬神も怒るわけで、俺を殺さなければ目的を達成できないとばかりに、今度は俺に向かって猛攻を仕掛けてきた。


 ゴポゴポと黒いモヤが沸き立ち、犬神がいるであろう場所からは無限なんじゃないかと思うほどに溢れ出てくる。動きについていけなかったモヤがいくらか風に流されてもなお、その中身は見えない。

 あるいは中身なんてないのかもしれない。犬神らしく爛々と輝く瞳や頭部だけが実体で、体はモヤで構成されているという可能性もある。


 犬神は本来土に埋められ、目の前で餌をお預けされ続けた犬が限界を迎えた際に首を()ねられ、そこから生まれる犬の首が本体だからだ。


 向かってくる犬神の頭らしき場所に、赤竜刀の峰部分を叩き込む。

「ギャン」という犬の悲鳴のような声と合わせて、春国さんに抱きしめられて庇われる誘理から小さく悲鳴が上がった。

 ごめん。殺さないように手加減しているとはいえ、飼い犬が痛めつけられているのを見るのは辛いよな。なるべく回避と受け流しに徹底しないと……! 


「あっぶなっ!」


 再び金属音。

 犬神の鋭い牙と赤竜刀とがかち合い、甲高い「ギャリギャリ」という音が鳴る。鍔迫り合いの最中にも黒いモヤが刀を伝ってこちらに来ようとするが、それに関しては赤竜刀から火の粉が散るように発せられる薔薇色の炎によって塞がれている。

 この浄化の炎で防げて消せるということは、あのモヤ自体がなんらかの呪いなのか、もしくは穢れと呼ばれるものなのかもしれない。人外の一部が発する穢れは、触れたり近くにいるだけで悪影響があるものもあるのだ。きっとそういう類に違いない。


 ますます赤竜刀とは相性がいいが――。


「あと三十秒、お待ちくださいな」


 その場に声が響いて、そして春国さん達がいる場所に真宵さんとおいぬ様が降り立つのが横目で見えた。連絡は上手くいったようだ。


「っと」


 赤竜刀から犬神を振り払い、その場をぐるぐると走り回るそれを目で追いかける。立ち回りに気をつけながら、なるべく俺が盾となるように春国さんや誘理に背を向けて立っているわけだが、これだけのスピードがあると横を抜けられる可能性もある。なんだかスポーツのディフェンスをしている気分だ。


「……どんどん早くっ」


 犬神にも知性はあるんだろう。俺を撹乱するようにあちこちに走り回り、フェイントまで交えて後ろに抜けようとしてきている。俺を殺して誘理を狙うのが一番手っ取り早いが、このままでは場が膠着して動かないと判断したらしかった。そうだな、俺だって時間を稼ぐためにこうしているんだし。


「お兄さん、あと少し!」


 ディフェンスに紅子さんが加わり、解呪まであと十秒程。


「オオオオオオオオン! ニクイ、ニクイ、ニクイ。ソコヲドケ!」


 あと八秒。


「そういうわけにもいかないんでね!」

「行かせはしないよ」


 あと六秒。


 犬神が加速する。そしてその牙に合わせて刀を滑らせようとして……突如、お腹に衝撃を受けてニ、三歩よろめいた。噛みつきと見せかけて、爪の長い後ろ足でのサマーソルトが俺の腹に当たったのだ。


「お兄さん!」


 あと三秒。


 切り裂かれた服や傷口に黒いモヤが纏わりつく。そこからじくじくと痛んで、穢れが侵食していく。

 膝をついて、けれど「紅子さん! そっち!」と彼女にディフェンスしてもらうように声を張り上げた。


 あと――。


 黒い影が俺達のディフェンスを抜けて春国さん達のところへ突っ込んで行く。


「っさ、させませんよ! 絶対に殺させませんからね! 大事な人を誤認識で殺してしまうなんて、そんな悲しいことさせませんから!」


 震えて足元が覚束ない春国さんが、誘理の目の前で腕を広げる。

 そして真っ白な狐の尻尾を顕現した状態で大幣(おおぬさ)を構えた。


 臆病で、この状況でも怖がっている彼が立ち向かう。

 その背後ではおいぬ様が誘理の頭に手を乗せて解呪している最中。


 飛び込んできた犬神を大幣で受け止めた春国さんは、恐怖からかめちゃくちゃに泣きながらその体を押し返す。黒いモヤも彼の白い神気によって押し返されている。


 そして。


「クロしゃん!」


 おいぬ様の元で、解呪されていた誘理が叫んだ。

 その声を聞いて犬神は動きを止める。


 あと、0秒。解呪までの時間稼ぎはこれで終わりだ。

 情けない。たったの三十秒も耐えられないとは……しかも油断して反撃を食らって穢れにやられてしまうだなんて、実に情けなさすぎる。

 神中村のときのように、人形の動かす蜘蛛じゃなくて知性も理性もある賢い犬が相手であることをすっかり失念していたようだ。


「……ユーリ?」


 ぽつりと、声が聞こえる。

 春国さんに今にも飛びかからんとしていた犬神は歩みを止め、呆然としてその背後を見つめていた。そして、体にかかっていた黒いモヤが段々と薄れていき、その黒い体が露わになる。毛足が長く、ウェーブした美しい毛並み。闇をも吸い込むような漆黒の毛皮の中に、赤い宝玉のような瞳が二つ、強調するように輝いている。濁っていたその瞳にはようやく光が戻り、戸惑ったような、しかし喜ぶような声がその場に響いた。


「よかった」

「ひとまず安心かな」

「ああ」


 思わず安堵のため息が漏れて、紅子さんもその様子を最後まで見守って終わったと判断したんだろう。安心したようにそう言った。

 おいぬ様や真宵さんも二人の様子を優しい目で見守っているし、あの二人が近くにいるから、突然になにかあるということもないはずだ。


「そうだ。お兄さん、穢れの治療しないと」

「ごめん、迷惑かけるな」

「いいって。でも、もう油断はしないようにね」

「分かった」


 紅子さんの肩を借りて片膝をついた状態から起き上がる。

 爪で裂かれた傷跡は細く、ほんの少しだけだが一向に滲んだ血が止まらない。穢れだと思われる黒いモヤは犬神が正気に戻って薄れているが、それでも俺の腹にある傷口を侵食し続けている。多分これのせいで血が止まらないんだろう。呪われているようなものだからな。


 これはおいぬ様に診てもらえばなんとかなるだろうか。

 一度立ち上がってしまえばなんとか自力で動けるようになったので、二人で誘理達の元へ向かう。


「クロ! クロしゃん! あちしが分かりましゅか!」

「ユーリ。ユーリ。ヤット、見ツケタ。ユーリ!デモ、ドウシテ?」


 片言ながらもしっかりと話すクロに、誘理がその毛皮に埋もれるように抱きついている。よかった。本当によかった。

 犬神は嬉しさ半分、困惑半分といったところだろうか。誘理に会えたことを喜んでいるが、突然目の前からターゲットが消えたものだからびっくりしてるんだろう。その説明も後でしないとな。


 で、説明をし終わったら今度はさらにその後が大事なところである。


 呪い返しの要領で犬神を送り返し、それを追って術者を叩かなければならない。まさかこんなに早く、そして上手くいくとは思っていなかったが……案外早くに決着がつくかもな。


 しかし、どうやら俺のそんな思考はいわゆるフラグになっていたようで……感動の再会が行われているまさにその近く。


 ――建物の鋭角から、ぼこりと不気味な青い煙が漏れていた。

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