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ティンダロスの猟犬という名の怪異

「す、すみません……お騒がせしました」


 春国さんはあのあと慌てたように小屋の外へ行き、金輝さん達の尻尾の包囲網の中で着替えてきたらしい。前に会ったときと同じような着物姿になり、狐面を深く被って戻って来た。


 そんな彼を見た誘理が興味津々に袖やら裾やらを弄び、キラキラとした笑顔で「あちしもお着物着たいでしゅ!」なんて言い出したのだが、こちらは話し合いが終わってからということになった。幽霊なのに服を変えられるのかという問題は、紅子さんの首の包帯と同様に、同盟の道具を使えば良いという結論になったので問題ない。


 卓袱台を囲んで12時の位置に真宵さん、時計回りにおいぬ様、金輝さん、銀魏さん、春国さん、俺、紅子さん、と続いている。誘理は正座した春国さんの膝の上だ。よほど懐いているらしい。

 春国さんが困った顔をしながら白色の狐の尻尾を顕現すると、それに(じゃ)れて遊び始める。春国さんも半分狐、半分精霊の血が混ざっているからか狐の尻尾を持っているようだ。


「先に言っておきますが、狗楽については知っていますので、説明を省略してしまって構いません。僕らはあくまで中立ではありますが、同盟とのビジネス的な交友もありますので、創設者についてはある程度知っています」


 ああ、そこから説明しなくていいのなら大丈夫だな。

 にしてもビジネスね。果物、特に桃を育てて売っているのだったか。俺も怪我を治す際に随分と世話になったし、同盟に表立って所属しているわけではないが、取り引きは行うビジネスライクな関係というわけだろう。

 これが同盟所属ということになると、野良の怪異なんかから贔屓しているとでも言われるのだろうか。神様の恩恵で育った桃だから売る相手も多少は選別しているだろうが、その辺を公平にしているわけだ。

 だからお金か、それに準じるものを物々交換で取ると。


「朱色の。誘理ちゃんを視たところ、どうだったか口に出して教えてちょうだいな」

「良かろう。心して聴けよ、小僧ども」


 真宵さんとおいぬ様の視線が交差する。そして頷いたおいぬ様は、春国さんの膝の上に収まった小さな小さな幽霊を見つめて言った。


「その童にかけられた(しゅ)の中で、認識をずらす呪はすぐに解くことができよう。今すぐにやってやることもできるぞ。しかしのう、小僧どもは〝それ〟を追いかけてやってくる犬神もどうにかしてやりたいのだろう?」


 これには、真っ先に春国さんが頷いた。


「ふうむ、ならば今しばらく呪はそのままにしておくべきだろうなあ。その呪を解けば犬神が目的を失い、行方が知れなくなってしまうやもしれんぞ。それならば犬神を誘き寄せ、目の前で解呪(かいじゅ)を行い、そして犬神自身への説明を行うべきだ」


 そうか、解呪しちゃうと犬神を救う手立てはなくなっちゃうんだな。


「それから、犬神を呪い返しの要領で術者の元へ送り込み、それに着いて行けば良い。祟りのも、赤いのも、黄色いのも、青いのも、白いのも、他の者らは呪術これくたーには煮え湯を飲まされておるからのう」


 からからと笑い声をあげておいぬ様は隣の真宵さんを見つめる。


「ニンゲン一人にこれほどまでに苦労しておる()らが迂闊なのか、それとも吾らが追ってなお尻尾を出さぬニンゲンがすごいのか……くくく、皮肉ではないか」


 どうしてこうも皆さんは真宵さんを煽りたがるのか。

 そしてこんなことを言われつつも、まったく嫌な顔ひとつしない真宵さんに驚いた。言ってきている相手が友達だからだろうか。

 今考えると呪いと祟りって組み合わせは相性抜群な関係性なんだろうが、その字面(じづら)だけ見ると末恐ろしいな。敵じゃなくて本当に良かったと思う。


「そ、それと問題は……」

「電車で会った人だよね」

「む、その話は聴いておらんな」


 紅子さんの回答においぬ様が首を傾げる。

 そういえば誘理の話だけで、春国さんが彼女と会った経緯は話していなかったな。


「えっと、電車でですね……」


 春国さんが説明をする。電車での帰り道、変な男に箱を押しつけられたと思ったら、その男が女子高生らしき女の子と、その子が連れたぬいぐるみ。真宵さんや春国さんが言うところの〝ティンダロスの猟犬〟に殺されたという話だ。


「猟犬のう……アレは(ことわり)が違うからな、なんとも言えん。しかしアレがニンゲンに下るとは思えんし、真似事か、もどきのようなものか、それとも……ニンゲンの強い思いで形作られた〝ティンダロスの猟犬〟という名の怪異か……だろうな」


 一瞬、言っている意味が分からなかった。いや、ちょっと経っても意味が分からないな。どちらにせよそれはティンダロスの猟犬なんじゃないか? 


「なるほどねえ、怪異かい。それならあるかもなあ」


 金輝さんの納得の言葉にますます意味が分からなくなって、思わず視線が右往左往してしまった。それに気がついたのか、紅子さんが「えっとね」と言葉を選ぶようにして話してくれた。


「うーんと、ティンダロスの猟犬って存在が元からいるのと、伝承から人のイメージで形作られて生まれてくるのは違うってことだよね。アタシ達と同じく、オリジナルが存在している中での分身かな。本物が実在しているかは分からないけれど、人の認識で生まれた猟犬はいるかもしれないってことだね。だから、人のイメージ次第で神話に出てくるようなのとはちょっと違ってくるんだよ」


 つまりはあれか、ドラマとかだと温泉のやつが有名だが……オリジナルの武将が現代に現れるのと、昨今美少女にばかりされている武将が美少女の姿で現れる……みたいな。うん、我ながらたとえが酷いな。しかし大体そういうことだろう。


「その女の子も誘理ちゃんが目的みたいですし、様子見をして誘き寄せる方向で行ってみたほうが良いかもしれませんわね。目的が不明瞭ですもの」

「結論はやっぱり様子見か」


 俺が問うと、真宵さんが肯く。

 やっぱり最初の結論と同じ、様子見しかないんだな。


「ええ。なるべく目を配れるようにしておきますので、しばらくは春国くんと誘理ちゃんにはここに泊まっていただいて、たまに外に出て犬神の目的地を明確にするといいですわ。殺された人物の情報も洗いたいところですし、そちらの調査をする時間も入り用ですわ。ですが、完全に見失われても困りますから、一日一回鏡界の外に出てお散歩をしてくださいな」


 その説明に春国さんが「ううっ」と唸る。

 狐面を被っているので表情は分からないが、明らかに躊躇いの浮かんだ声だった。逆に誘理は、彼の着物で遊びながら一緒にいられることを喜んでいる。


「幼いとはいえ、女の子とひとつ屋根の下なんて……なにを言われるか分かったものじゃないですかあ」


 ああ、彼が懸念しているのはそれか。

 気持ちは痛いほど分かる。だが、狐兄弟か笑顔でゴーサインを出しているうえ、「なにかあろうものなら主の処分は俺が」なんて銀魏さんは言い始めている。処分て。


「なんですかその沈黙は……わ、分かりましたよ……やればいいんですよね、やれば……うう」

「やった! これから一緒でしゅねハル!」

「う、うん……うん……」


 誘理の懐きようからして春国さんなら大丈夫だと思うが、彼の心境を思うとどうしても複雑な気持ちになるな。


「へへ、もうどうにでもなーれです」


 こうして、話し合いは「経過観察」ということで落ち着き、春国さんと誘理の共同生活が始まったのであった。

 もちろん、その日はもう夜遅くになってしまっていて俺と紅子さんも解散することとなる。俺は屋敷に帰らないといけないからな。


 しかし、結局は彼らの経過も気になるわけで……こっそりと通ってみよう。紅子さんも誘理のことが心配なようで、「明日も来ようかな」なんて言っていたくらいだ。


 結局この「犬神騒動」が終わるまでは彼らに付き合うことになりそうだな。


「あー、夕飯どうするか」


 現在時刻深夜0時。絶対におしおきされるだろうと分かっているので、帰りの足取りはひどく重たいものだった。

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