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朱の君

 改めて……参道の途中にある小屋の中で俺達は蛇神とおいぬ様に対面していた。真宵さんと和やかに会話をするおいぬ様もどこか妙に嬉しそうに、やたらと古風な喋り方で、卓袱台(ちゃぶだい)を挟んだ一歩向こう側でやりとりをしている。


「久しぶりねえ。何年ぶりかしら?」

「くく、間違っておるぞ祟りの。桁がひとつかふたつ足りぬわ」

「あら、いいじゃない。若作りって大事でしょう? 女の子だもの」

「そうよなあ。若々しくあるのは良いことぞ。愛しい人に怖がられぬ」


 いや、さっき雰囲気だけでその場の全員を発狂させそうになっていましたよね? なんて言葉をギリギリ口に出さずに飲み込み、仲睦まじげな蛇神とおいぬ様を見守る。


 先程の恐怖を駆り立てる雰囲気というのだろうか。あれを抑えているのか、今はもうおいぬ様はただただ美しい人にしか見えない。

 相変わらず胸元だけを曝け出しているから目のやり場に困るのだが、声は女性なのに女性らしい胸などかけらもなく、そのギャップに閉口する。

 性別はどちらなのだろうかなんて質問してみたいが、さすがにそんなことを言えるほど怖いもの知らずじゃないし、なによりそんな質問したら紅子さんに軽蔑されかねない。


「のう、祟りの。そちの(せがれ)は無事か? 泡を噴いておったようだが」

「その子は殊更に臆病な個体なのですわ。あなたの雰囲気に当てられてしまったのでしょう。神格を持った子ですから、他の者より耐性はあるはずですが……仕方がありませんわ」

「しかし怯えながらも幼子を庇う様は見ていて気持ちが良かったぞ。()も元は母犬。小さきを守る姿はたとえ畜生の倅であっても愛しく思うものだ」

「あらあら、気に入ったの?」


 二人は小屋の隅に寝かされた春国さんを見遣る。

 硬直し、誘理(ゆうり)を抱き抱えたまま気絶していた春国さんは金輝さんと銀魏さんの狐兄弟によって介抱されている。金輝さんに膝枕をされながら、銀魏さんが春国さんの顔を扇子で仰ぎ、ゆっくりと腕や足やらをマッサージしている姿がらそこにある。


 眉間に皺を寄せながらも懸命に春国さんを介抱する銀魏さんと、口元だけで笑顔だと分かる金輝さん。そして、眠った春国さんの頬をペチペチと叩く誘理。そろそろ目を覚ましても良さそうなものだが、起きてもまたおいぬ様を見て気絶しそうな気もする。


 臆病な彼が誘理を庇った事実は、誘理自身にも思うところがあったみたいだな。懐いたようで、先程から春国さんにつきっきりだ。


「勿論、そこな人の子も()いぞ。好いた女子(おなご)を身を挺して守ろうとする姿は、いつの時代も尊いものぞ。女子のほうも守られるだけでは終わらんようにしている。くくく、実に健気ではないか」

「あら、分かります? 今鏡界(こっち)でとても人気な二人組ですのよ。恋の物語を眺めるのはいつの時代も最高の娯楽ですもの」


 娯楽を言い切られることに若干の抵抗を覚えつつ、真宵さんを見つめる。

 仲良く再会の会話をしているところに悪いが、色々と訊きたいことが多すぎるのだ。


「真宵さん、えっと……おいぬ様とはどんな関係なんですか?」


 一握りの勇気を使い、会話に花を咲かせる彼女らに割って入る。

 このままではいつまで経っても話が進まないと思ったからだ。


朱色(あけいろ)のとは……なんで言ったらいいのかしら?」

「友で良いのだぞ、藍色の」

「そうね、友達ね。わたくしが祟り、そしてこの子が呪い。性質が似ているからか、不思議と仲が良いのですわ。お互いの理解者と言い換えても良いかもしれません」


 友達。そんな気はしていた。仲が良すぎるからな。確かに祟りも呪いもマイナスな面であり、人に降りかかる災厄のようなものだが、そのコラボレーションで仲良しだとは。なんというか、言いにくいが怖い組み合わせだな。


「アタシからも質問いいかな?」


 未だに目が覚めない春国さんを横目に、紅子さんがすっと右手を挙げる。


「良い良い。大抵のことは答えてやろうぞ」


 尊大に言い放ったおいぬ様に、紅子さんはゆっくりと息を整えてから口を開く。どうやらまだ恐怖が抜けきっていないようで、緊張しているようだった。

 正座した彼女の左手に卓袱台の下で手を重ねると、横目でこちらを見てきた紅子さんは文句もなにひとつ言わず、安堵したようにひとつ瞬きをする。


「真宵さんが連絡を取ると言ってキミを祟っていたのはどういうことなのかなって」


 普段通り相手を〝キミ〟と呼ぶ紅子さん。

 これ、わりと勇気が必要だったんじゃないか? 相手は先程、彼女を精神的異常にまで追い込みそうになっていたおいぬ様だ。またあの雰囲気を向けられたら……そんな想定をしながら、いつでも紅子さんの盾になれるよう油断なく向かい側の彼女達を見つめる。


「あれもれっきとした連絡手段ですわ」

「……祟るのが?」


 連絡手段と言い切られてもな。


「ええ、わたくしがこの子を祟る。そしてこの子が祟られていることを察知して、わたくしに呪い返しの要領で『イエス』か『ノー』の返事を呪いに乗せて送ってくる。そして、イエスだった場合はタライで水鏡を作って、そこから移動してくる。ね、お手軽でしょう?」


 それ、多分あなた達しかできませんよね? 

 色々と突っ込みどころしかないわけだが、本人達がそれでいいならいい……のか? 


「タライが降ってくる呪いが『いえす』よな。そして、『のお』の場合は、藍色のが次に脱皮する際に、全く上手くいかなくなる呪いとなっておるのだ」

「やだ、ちょっとそこまで言わなくてもいいじゃない。朱色の、酷いですわ」


 脱皮。

 一瞬思考停止していた。

 いやまあ、真宵さんの本性は確かに蛇なんだろうけれど。この美女が脱皮すると思うと、なんだか聞いてはいけないものを聞いたような、背徳的な気分になってくる。そうか、脱皮するのか……真宵さん。


「それと大事なお話がひとつ」


 顔を朱に染めておいぬ様に抗議していた真宵さんが、ひとつ小さな咳払いをして、さっと居住まいを正した。


「この子は『朱色(あけいろ)の君』と呼ばれているのですけれど……わたくしどもにとっても、とても大切な仲間のヒトリなんですの」


 春国さんが、気絶する前に言っていたな。朱色の君を呼ぶのかって。

 つまりそれは同盟のほうでも有名だってことだよな。


「この子は無性別ですから、彼女や彼なんて言えませんが……呼ぶならやはり『おいぬ様』か『朱色の君』ね。覚えておくといいですわ。だってこの子は……」


 真宵さんの視線がおいぬ様に向けられる。

 視線を向けられたおいぬ様は、やはり妖しげにニヤリと笑うと、口を開く。


()は藍色のと同じく、この同盟創設者のヒトリだからのう。敬えよ、愛しい人の子らよ」


 ひどく尊大に、そして威厳たっぷりに〝呪いそのもの〟はそう言った。


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