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「鴉のひと鳴き」

 ―― 「なあ── お前はさ、運命の出会いってやつは信じるか?」


 高い高い樹木の上、茜色の空を見上げながら男が問いかける。

 二足歩行であるが、その顔は鴉そのものである。


 それに対して、枝に座って足をぶらつかせたもう一羽がぼやいた。


 ――「運命…… 天命によって定められた人の運。でしょ」


 まるで自分には関係ないとばかりの淡々とした言葉に、枝に立っているほうの男……鴉天狗が豪快に笑う。


「っふ、おいおい――んな情緒の無い言い方するなよ。俺ぁ、信じてるんだぜ。ほら、運命の出会いってやつをさ! だって素敵だろ? 想像してみろよ。偶然道行く中で……一目で恋に落ちちまうんだ! そんでその子のことがずうっと気になったり、追いかけたりしちまうようになるのさ。相手も答えてくれたらもう最高だよな。ほら、なんかいいと思わねぇか?」


 夢を語るように、もう一羽に語りかける男はその顔を覗き込む。

 座っていたほうが、今度は胡座(あぐら)をかいてその膝に肘をつき、頬杖をついた。興味なさげに、いや特に深く考えもせずに「ふぅ〜ん、それは何と言うか大変だな」と口にする。

 そんな反応にも関わらず、男は変わらず楽しそうに話す。


「そりゃあ大変だろうよ。でもそんな大変なことを一緒に乗り越えて、最後には両想いになって結ばれれば……これ以上の幸せなんてないだろ?」


 想像しているのか、輝く笑顔で言う彼に「やっぱり分かんないよ」ともう一羽が返す。当たり前だった。彼らの一族はひとつ所に留まり、周りからはその集落を霧の中に隠し、ひっそりと暮らしているのだから。

 皆が知り合いであり、皆が家族である。それ以外を決して必要としない種族。

 そんな彼らには理解しえない考えだったのだ。


 ――出会いなど、ありえるはずがないのだから。


 むしろ夢を語っている鴉天狗のほうが変わり者なのである。

 一族は他の種族を見下し、我らこそが至高であると信じて疑わないのだから。


「やれやれ、分かんないって顔だな。まぁいいさ。いずれ分かる。一目でピンと来て、グッとくる感覚がな!」


 自分自身も分からない癖に男が笑う。

 その隣で彼に付き合っていた一羽は「それよりも」と茜色の空を指差して言う。


「おれは肉が食べたいよ、刹那」

「っは、おいおい! 酷くねぇか? せっかく俺が夢の話をしてるっつーのに! まあいいだろ。お前はお前の道を行けばいいんだ」


 変わらず仲良く話す二つの影。

 いつかの記憶。遠く、遠くの記憶の旅。


 しかし、刹那は思い出せない。

 隣に座っていた親友の顔を、姿を、声を。


 ただただ、夢から覚めるたびにこぼれ落ちていく。

 夢では確かに会話して、そこにいたはずなのに。


 ある日突然親友が姿を消し、その存在すら誰からの記憶も消え、なかったことになってしまったあの日から……彼は探し続けている。

 確かに、変わり者の自分と付き合ってくれる親友がいたはずなのだと。


 親友がいたからこそ、自分は集落で浮くことなく過ごせていたはずなのだと。


 だから探し続ける。

 なにもかもを忘れてしまいながら、確かに存在したはずだと朧げな手がかりを求めて。


 そうして、刹那は広い世界に飛び出して同盟に拾われたのだ。


 ◇


「ははっ、悪ぃなアル殿」

「ううん、いいんだよ。ごめんね、さっぱり情報が掴めなくて」


 夕暮れ時。オレンジ色の光が差し込む店の中で、薔薇色の髪の男と黒髪を肩に垂らし、背中から真っ黒な翼を生やした男が話していた。

 眉を寄せて申し訳なさそうにする薔薇色の男……アルフォードに鴉天狗の烏楽(うがく)刹那(せつな)は快活に笑った。


「大丈夫だぜ、俺は諦めるつもりなんてねえからな! 必ずあいつを見つけ出す。いつまでかかっても、だぜ」

「うん。オレももう少し探してみるよ。君と同じ、夜空のお月様みたいな黄金色の目をした鴉天狗。そうだ、一応もう一回目を見せてくれる?」

「おう」


 アルフォードの言葉に、刹那は両耳についた太陽の形をしたピアスを取り外す。すると、その両目が独特な色みに変化した。


 白目の代わりに黒く、瞳孔は縦長で、黒に浮かび上がる黄金の満月のような瞳。キラキラと輝くその瞳はまるで宝石のようで、宝石のタイガーアイよりもなお美しい。この世に二つとないような特徴を持った眼球。宝石がそのまま嵌ったような美しさに、アルフォードは感嘆の息を吐いた。


「相変わらず綺麗だねー」

「まあなあ。この金眼は烏楽の特徴なんだ。他の種族にはあり得ない珍しいもんよ! 神様から授かったなんて話も伝わってるくれぇだ。こんだけ特徴が分かりやすけりゃ見つけやすい……と思ってたんだがなあ」

「そうなんだよね……これだけ分かりやすい特徴なら、オレ達のネットワークを使えばすぐだと思ってたんだけれど」


 落ち込むアルフォードに、刹那はポンと頭に手を乗せて「気にしねえでくれ」と笑った。そんなことを言いつつも、一番に気にしているのは刹那だ。それを知っているアルフォードは眉を下げる。


「もう少し情報網を広げてみるよ。海外のほうにも訊いてみる」

「ああ、頼むぜアル殿。あいつは俺の親友だったんだ。必ず黒髪にこの金色の眼のはずだ……そのはずなんだ」


 最後は尻すぼみになりながら刹那が言う。

 そんな彼に、アルフォードは元気を出させるようにと手を叩いて雰囲気を変えると、その場にリボンで包装された箱を用意した。


「これ、ケーキだからさ。よもぎちゃんのところにでも行って話して来るといいよ」

「っと、悪ぃな。気ぃ遣わせちまったか」

「いいよいいよ、キミの恋も応援してるよ! すごいよねぇ、アタックの仕方がさ。オレ、あんなに情熱的になれないよ」

「そりゃあな、司書さんに初めて会ったとき、一目でピンと来て、グッと来たんだよ! だからこのヒトしかないってね。ん? この話、アル殿にしたことあったか?」


 刹那はその会話に、どこか既視感を覚えたらしく首を傾げる。


「いや、初めて聴いたよ? そっかあ、ピンと来て、グッと来るねえ」

「……ああ、そういう感覚だ。一目惚れってやつだな!」


 一通り話し終わり、刹那は外していたピアスを両耳に戻し、手を振って別れる。それから、背中の翼を大きく広げて空へと飛び立った。


 そして滑空しながら大図書館を目指していると、突然空から一羽のカラスが彼に向かって落ちてくる。


「兄弟!? ……じゃ、ねえな。誰だ!」


 一瞬驚いて手を差し伸べようとした彼だったが、カラスの纏う気配に驚いて身を引いた。カラスを己の同胞として「兄弟」と呼ぶ彼がそれほどまでの反応をすることはあまりない。


 弱ったように落ちてきたカラスは、途中で翼を広げると「おや、残念」と呟いた。


「あんた、旦那んとこの神様じゃねえかい。えらい趣味の悪いことしやがるな」

「私はお前に用があったのですよ。ですから、このほうが接触しやすいと思いましてね」

「ここは同盟だぜ。同盟所属の俺に手ぇ出したら、あんたでもすぐにお縄だ。アル殿だってまだ近くにいるんだ。わざわざどうして俺に会いに来やがった」


 訝しげにカラスを見る彼に、カラスの姿をした邪神……神内千夜が「くふふ」と笑った。


「お前は探している者がいるんだったね? 知っている……と言ったらどうしますか?」

「どうするってなあ……手がかりならなり振り構ってられねえが、手前(てめ)ぇが知ってると言うのも信用ならねぇなあ」

「アルフォードは、知っていてお前に黙っている……と言っても?」

「は? んなわけがねぇだろ。アル殿は俺の恩神だ。手前ぇとアル殿ならあのヒトを信用しているに決まってんだろうが」

「私は嘘は言っていませんよ? アルフォードが知っているのは本当です。その上でお前に黙っていることも。くふふ、なのに健気にも新聞まで作って、同盟に貢献して……お人好しなことですねえ」


 嘘だと、刹那は言ってやりたかった。

 しかし彼は言い切れない。言い切れるわけがない。彼が手がかりを得ることができず、そしてアルフォードからの「ダメだった」という報告を何度も聴いているからだ。彼が同盟に拾われてから何年経つだろうか? 同盟では全国各地にネットワークが張られている。その上でただの一つの手がかりも得ることができないなど、本当にあるのだろうか? 


 本当に。本当に? 


 刹那は己の気持ちに嘘はつけない。

 アルフォードは恩神である。しかし、情報が見つからないままに新聞記者として活動し、同盟に多く貢献していることも事実である。

 新聞記者は「情報を集めるついでに記事にしてみたらどうかな」とアルフォードに提案され、始めたことだった。全国各地を回りながら情報を集めるための、体の良い理由が必要だったからだ。


 しかし、それが利用されていないと、なぜ言い切れる? 


 僅かな不安で彼の心に影が差し、魔がするりと入り込もうとしてくる。

 押し黙った刹那に、カラスの姿をした神内は嘲笑う。


「ほうら、どうせ詳細な報告は受け取っていないのでしょう? 今回も見つからなかった。それだけの報告。そんなもの、誰でも言えますよ。どうしてそんな言葉を信じていたのですか? 私に請えば、教えて差し上げますよ……お前の対となる少年の行く末を」

「俺ぁ……」


 迷う素振りを見せる刹那に、神内はなおも愉快気に嘲笑う。

 あと一押し。あともう少し。その背中から翼を奪い、そして崖から突き落としてやろうと言わんばかりの駆け引き。


 元からこの手の言論は得意でないのだ。

 神内の巧みな言いくるめに一羽の鴉が絡めとられ、身動きが取れなくなる。


「俺ぁ、確かに知りてぇ」

「では」

「でもなあ!」


 叫んで、俯いていた刹那が顔を上げた。

 彼が思い浮かべるのは、つい先日の厄介な依頼で友情を深めた友人。令一のことだ。神中村で彼は思った以上の決意を見せた。神内にいつの日か報いてみせようと努力するその姿。


 好きな人に対して一途に、誠実に頑張る姿。


 ボロボロになってまで彼が紅子を庇う姿。


 そして先日の、女好きのアーヴァンクの件で見せた頼もしさ。

 以前、クリスマスでデロデロに酔っ払って紅子に対して見せた弱み。


 ときに情けなく、ときに努力して足掻く彼の姿。


「でもなあ、俺ぁそんな安っぽい誘いに乗ってやるほど弱くもねぇ! 確かに知りてぇが、そんなの自分で見つけりゃあいいことじゃねぇか! それにな、手前ぇの言葉で、あいつがどっかにいることは分かった。それだけで()っけモンじゃねぇか! ありがとよぉ、情報を晒してくれてよ!」


 だからこそ、彼自身も近道は選ばない。


「利用されてるってんなら、それでもいい。アル殿が俺の命の恩神って事実は変わりゃしねえからなあ! 利用されてるってんなら、俺も利用してあいつを見つけるってもんよ!」


 啖呵を切って、刹那は肩で大きく息をする。

 沈黙した神内にぜえはあと息を吸いながら「ざまあみやがれってんだ」と吐き捨てた。


 ――そのとき。


「さすが俺の大好きなせっちゃんだよね!」


 薔薇色が彼の目の前にやって来た。


「ほらほらー、振られちゃったニャル君はさっさと退場願おうか?」

「はあ……」


 刹那の前で赤い翼を背にし、得意気に胸を張る男。

 アルフォードの姿に安心した彼はじわりと滲む視界に戸惑い、乱暴に腕で拭う。


 それに対し、神内は盛大な溜め息を吐くと興味をなくしたように首を振った。


「寒い寒い、寒すぎますよまったく。王道ってやつですか? これだから同盟は嫌いなんです。興醒めしたのでもういいですよまったく。これじゃあ、私が悪者みたいじゃないですか」

「悪者がなに言ってんの?」


 そして、カラスの口が大きく開くとその中身を吐き出して落下していく。


「あ」

「せっちゃんダメだよ。あの子はもう死んでる。あとで弔ってあげるから、キミは触っちゃだめ。万が一があるんだからね」

「……分かってらぁ」


 神内が去り、改めて刹那に向き合ったアルフォードはにっこりと笑った。


「ごめんね、オレがはっきり言わないから不安にさせちゃってたんだよね?」

「やっ、そんなこたぁ……」

「いいよ、疑うのも仕方ないから。あんまり推測だけで物を言うのは良くないよねって思って言わなかったんだ」

「それは、どういうことだい?」

「これだけ探しても黄金の目を持つ鴉天狗は見つからない。そもそも、キミがいた集落も幻術が厳重すぎて入れないし、事実上オレが知ってる黄金はキミだけなんだ」


 だからね、とアルフォードは続ける。


「もしかしたら、キミの探している子もどこかに幻術で隠れているのかもしれないし、どこか別の異空間とか異世界とか、とにかくオレ達がいるこの世界とは別のところにいるのかもしれないと思ってさ。それか、特徴が変化してしまっている……とか。とにかく、今の特徴だと特定できないなにかがあるんだと思う」


 彼の言葉に刹那は「そうか」と溜め息を吐くようにして言った。

 彼らが行っていた調査の方法に間違いがないとすれば、そもそも前提条件が間違っている可能性があるのだと、アルフォードは示した。


「不安にさせちゃったらいけないなと思ってて、黙ってたんだ。ごめんね」

「いや、俺のためだろ? アル殿は悪くないさ。ちっとでも疑った俺が悪ぃんだ」

「じゃあ、どっちも悪かったってことで。それに……」


 アルフォードが翼をはためかせ、刹那の正面に身長差を埋めるようにふわりと移動する。


「よくできました。一羽で邪神の誘いを啖呵切って断るなんて、なかなかできないよ。格好良かったよ」


 そしてその頭にぽふんと手を乗せる。

 びっくりした刹那は大きく目を見開いて、それから泣きそうに俯いた。


「なんでだろうなあ……俺ぁ、確か、あいつの兄貴分だった気がするんだ。なのにこっちではあんたに頼りっぱなしだ」

「甘えていいんだよ、オレのほうが歳上なんだから。キミも大概、気丈に振る舞う癖がついてるよねぇ」


 そうしてアルフォードに頭を撫でられた刹那は、恥ずかしそうに肩を竦めた。


「たまには、そうさせてもらおうかい」

「うんうん、ぜひそうしてね。オレも頼られると嬉しいから」

「でも、あんたは……アル殿自身はいいのかい?」

「オレ? ……大丈夫、オレも親友はいるからね。オレの場合はそいつに目一杯迷惑かけてやるからいいんだよ!」

「そうかい」


 ひとしきり撫でまわされたあと、刹那はアルフォードと並び立ち涙を拭う。

 それから変なところがないか、目元は腫れていないかと確認してから彼に別れを告げた。


「わざわざ追いかけて来てくれたんだな。また助けられちまった。アル殿、すまねぇ」

「いいよいいよ。それよりもほら、ケーキは無事だったんだし、早く図書館に行きな」

「ああ、恩にきるぜ」


 手を振り、今度こそ別れて図書館へ。

 するりと窓から侵入し、奥で本を読む少女に刹那は歩み寄る。


「なんだ、来たと思ったらまた窓からか……ん?」


 その名前と同じく、よもぎ色の髪を垂らした少女が刹那に振り返り、首を傾げた。左目は隠れて見えず、右目は知的そうなモノクルに覆われて目が細められている。


 その姿を見て、やはり刹那は「ピンと来て、グッと来るのは司書さんだけだなぁ」なんて嬉しそうに言葉を漏らす。


「おやおやカラス君、もしかして泣いていたのかい?」

「って、なんで分かるんだい!?」

「……女の勘さ。さ、そこに座りたまえ。たまには話くらい聴いてやらんでもない」


 さっと目を逸らした彼女に、刹那は複雑な心待ちになりながらも隣へ座った。


「正面に座りたまえ。誰が隣でいいと言った」

「四人がけなんだからいいじゃねぇか。ほら、ケーキ持って来たぜ」

「……まあ、多少は許そう」


 彼女の硬い表情が和らぎ、彼の持っているプレゼントボックスに視線が吸い込まれている。存外甘いものが好きなこの文の付喪神に、彼はますます愛しくなって笑う。


「ああ、話したいことがたくさんあるんだ。それに、あんたに教えてもらいたいこともな」


 一羽の鴉がカアと鳴く。

 彼の恋路もまた、はじめの一歩を踏み出したばかりである。


ラストのトリを飾るのは、ピギョの人からのリクエスト!

「神内・刹那」でした!!!それから、せっちゃんの格好いいイラストもご本人からいただきました!ありがとうございます!


次からはまた本編に戻りますよ!

いよいよ犬神編の始まり始まりなのです!

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