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『your presence soothes me』

 ◇

 あなたと一緒なら心が和らぐ

 ◇



 薄い桃色の花が咲く。白色の花が咲く。

 しかし、青色の花もまばらに混じり、あなたと過ごす世界は桃色の八重咲きの花のように変化に富んでいた。


 あなたの色は明るい紫色の花。

 その花に潜む言葉は『人気者』。わたしとは真逆の言葉。


 羨ましいとは言わない。

 ただ。


『|your presence《あなたと一緒なら》 soothes me(心が和らぐ)


 届かない愛の言葉を紡ぐ。

 なあん、と小さく細く、声をあげながら。


 ◇


 スコットランドの郊外。

 辺境に存在するその場所に、森と山に囲まれた小さな村があった。


 少女が産まれたのはそんな村の、一番大きな家である。

 すくすくと自然に囲まれて育った少女は、知的好奇心が特に旺盛だった。

 家にある書物を片っ端から読みあさり、海外の言語で書かれた書物をも謎を解くように読み解き、そうして彼女が興味を持ったのは、やはり自然に囲まれたその環境で実践できることである。


 あれはどの種類の草花か。木か。

 読み解けば読み解くほど、彼女の中で名前のなかったものに、名前がついていく。知らないことを知っていく。知識を活かして学んでいく。それらを彼女は楽しんで行っていて、いつのまにかその志は薬師を目指すようになっていた。


 薬効のある植物を探して回り、薬の作り方を学び、夢中になる。

 村人達がそんな姿に好感を持っていたのは、彼女が確かな実績を打ち出していたからであった。しかし、とあることがきっかけとしてその関係は崩されていく。


Silvey(シルヴィ)?」

「なあーん」


 遺伝によって先祖返りのように、ただ一匹だけ銀色の体毛に産まれた猫。

 知識のない人々によって「悪魔」だと断じられた猫を庇い、そして飼い始めたことで少女の行いは薬師のそれから魔女のそれと思われるようになっていった。


「ははっ、なんだよ。お前、本当に私のことが好きだよなあ」

「なああん!」


 テーブルの上でゴリゴリと植物をすり潰す少女に、猫がその腕の下をするりと抜けて甘えた声を出す。それから少女が笑って手を止めると、猫は立ち上がり、その腕に寄りかかりながら鼻先を少女の鼻先と触れ合わせた。


「くすぐったいぞ、Silvey」

「んんんんー」


 上機嫌に喉を鳴らしながら、猫は甘える。

 少女は仕方がないとばかりにその小さな銀色の頭に手を差し出すと、コツンと猫のほうからすり寄っていく。


「なあう」

「分かった、分かったって。これが終わったら休憩するよ。もう夕方だからな」


 朝、お日様が起き出す前に朝露に濡れた植物を探して歩き、そして見つけたら見つけたで、森のそばにある小屋で何時間も続けて薬作りと薬効の研究に精を出す。そんな彼女を休ませようと、猫が訴えていたのだろうと少女は考えた。


「……ま、ただ単に遊びたかっただけかもしれないが」

「にゃあ?」

「なんでもないよ。お前のことが好きだってことだ」

「なあーん!」


 少女の体をよじ登って猫が肩に移動し、その耳元で声をあげる。


「くすぐったいって」

「んるるるる」

「わっ」


 ついには耳を甘噛みするようにじゃれつく猫に、少女は慌てたような声を出した。


「ほ、ほらSilvey。やめろって……み、耳は、くすぐったすぎるから……ほら、降りて。降りろって」

「んるるるるー」


 なおもゴロゴロと音を鳴らす音が、少女の耳元で鳴り続ける。

 キスをするように頬をざらりとした舌で舐められ、彼女は苦く笑った。しかし、困ったようなそのやりとりだが、決して嫌がっているわけではない。


「このお猫様はまったくもう、仕方のないやつだなあ」


 そんな少女の言葉に、応えるよう猫は「なあーお」と鳴いた。

 とうとう作業を中断して少女は移動する。手早く乾いたパンといくつかの野菜、僅かな肉を挟んで簡単な食事を作ると、バケットにそれを詰め込み、肩に猫を乗せたまま外へと連れ出す。


 そうして向かったのは、川のせせらぎが近くに聞こえてくるピクニックには丁度良い場所だ。森の中でもとりわけ日当たりが良く開けたその場所には、彼女が手ずから種を買い付けて、育てているいくつかの草花が風に揺られている。

 花弁が平たく、薄いその植物の名を『ペチュニア』と言う。


「私と同じ名前の花だ。どうしてもお前に見せたくてさ」


 はじめて猫をここに連れてきたとき、彼女はそんなことを語り聞かせた。

 果たして猫に言葉が通じているかどうかなど彼女には到底計り知れないが、猫がペチュニアの種を植えた場所では粗相をせず、雑草をその小さな口で一生懸命に抜こうとしてひっくり返ったりと、どう考えても彼女が言ったことを理解しているとしか思えない行動をとるなどをしていた。


 故に、色とりどりの花が咲くほどまでに成長したペチュニア達を前にして、彼女は腰を下ろして猫に言う。


「花にはな、それぞれ特別な意味ってのがあるんだ。花言葉って言うんだが……ペチュニアの場合はこうだ」


『|your presence《あなたと一緒なら》 soothes me(心が和らぐ)


 そう(そらん)じてみせて、少女は猫にウインクしてみせる。

 得意気なその表情に、猫も嬉しそうに鳴いた。


「それから、桃色のやつは『自然な心』に『繁栄を極める』。白は『淡い恋』で、青色が『ためらう気持ち』。濃い紫は『追憶』で、明るい紫は『人気者』だ。桃色で、それも八重咲きなら『変化に富む』なんて言葉もあるぜ」


 みんないい言葉だろうと、少女は微笑む。猫も応えるように頬に擦り寄ると、肩から「ぴょん」と降りて、ペチュニアの花畑の中に入っていく。

 少女が言った色のペチュニアが混合されずらりと並び、色とりどりな花畑。その中を、猫は振り向きながら歩いて「にゃあ」と鳴く。


「ん? どうしたどうした」


 呼ばれているように感じたのか、少女が猫についていく。

 すると、猫は白いペチュニアに鼻先を近づけながらペロリと舐めると、振り返って彼女を見やる。


「ははっ、まさか今はそう思ってるとかそういうことか? お前が、私に恋? ふふふふ、面白い話だなあ。お前、メスだろう」

「なあん」


 今度は青いペチュニアに鼻を寄せて一声。

 彼女はますます目を丸くして笑った。


「私も将来、見合いがあるだろうが……正直大人しく女になるつもりは毛頭ないからな。その点、お前となら嬉しいんだけどなあ」


 冗談交じりに言うようにして、少女が笑う。

 猫も首を傾げて、鳴いた。


 そんな幸せな一人と一匹の日常は、数年間続いたのである。

 それからやがて少女は魔女と呼ばれるようになり、猫を逃して村人達に殺されてしまう。そのときまで、ゆるやかな彼女達の時間は……思い出の中にあり続けるのだ。


 ◇


 なあん。


 虚空に響くように、声が溶けて消えていく。


 あなたはもういない。

 あなたが帰ってくるまで、待つから。


 いつまでも、いつまでも待つから。

 だからいつかこの場所へ。


 なあん。


 銀色の猫は、濃い紫色のペチュニアの花畑で眠る。

『追憶』に身を浸しながら、いつまでも。

今回のリクエストは匿名希望さんの「ペティと飼い猫」でした!

まだ再会してないからね。昔話をするしかないのです……(・ω・`)


明日はいよいよラストでピギョの人からのリクエスト「神内・刹那」のコンビです。めちゃくちゃ期待かけられてるから緊張するぜ!!


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