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牧場のバロメッツ

「え、おかしな羊がいるから牧場に……?」


 ある日、アルフォードさんに呼び止められて依頼されたのはとある牧場に行ってほしいというお願いだった。


「そうそう、多分バロメッツ辺りが紛れ込んでるんだと思うんだよね。謎の羊の死体とかまさにそうだし。鏡界を繋げた手鏡を貸すから、死体の回収よろしくね。夜に作業をすればいいから、昼間は普通に楽しんじゃっていいからさ!」

「でも、その日は紅子さんに料理を教えようと……」

「一緒に行けばいいんじゃない? ほら、デートデート!」


 それはそうだが。


「紅子ちゃんって結構動物好きだし、いつもよりずっとほわっとした笑顔が見られると思うよ? それに、動物にペロペロされちゃったりとかして」

「行きます」


 欲望に突き動かされた俺は、そうして紅子さんを誘って牧場へ行くこととなったのである。


 ◇


「おにーさん、さいてー」

「なんで分かったんだよ」

「あ、やっぱりなにか考えていたんだね? 残念、カマかけしただけだよ。自爆おめでとう、お兄さん?」

「んぐっ」


 途中で密かな思惑がバレたのはご愛敬か。

 それはそれとして、やってきたのは真昼間の牧場だ。のほほんとした雰囲気で、少し動物臭い。


「お兄さん、バロメッツは分かるかな?」

「一応少しは」

「うんうん、言ってみてよ」


 たまにある紅子さんとの、この問答。

 これがあるから俺もスマホで調べたりするんだよな。あんまりがっかりさせたくないし。


「羊のなる植物……みたいな感じだったよな?」

「そう、羊がそのまま成っているように描かれたりするけれど、実際には大きな実の中に羊が詰まっていて、熟して実が落ちると中身の羊もどろっと出てくるんだよ。肉も血も本物そっくりで、蹄の先まで羊毛でできているから、無駄がないんだ。確か、肉はカニの味がするんだったかな」

「えっ、食べるのか?」

「多分、アルフォードさんが回収するのは、あやかし夜市に卸すためだと思うよ」


 思い浮かべるのはあやかし夜市の屋台の数々。

 あそこに並ぶのか……バロメッツの肉や血が。なんか嫌だな。


「っと、入り口で立ち往生しているのもなんだし、入ろっか」


 そう言って彼女は俺の腕に両手を絡め、体を寄せてくる。わざとなのかそうでないのか、まるで恋人同士のやりとりみたいで、俺は素っ頓狂な声で「紅子さん?」と言うことしかできなかった。


「なにかな?」


 あ、これわざとだ。

 いつものようにからかいの表情で俺を見上げる彼女に、顔が熱くなってきて咄嗟に目を逸らした。


「……俺の理性がためされる」

「ふふ、デートのつもりだったんでしょう? なら、アタシもそのつもりで行こうかなと思ったんだけれど……迷惑かな?」


 迷惑なわけないだろ!? むしろありがとうございますとしか言えないのに! 

 いや待て冷静になれ。クールになるんだ。俺はがっついたりしない紳士な男だ。紅子さんを驚かせたい気持ちはあるが、それでドン引きされたら俺は立ち直れない。


「迷惑じゃないよ。なら、このまま行くか」

「百面相してて面白いなあ、令一さんは。葛藤が透けて見えるよ」

「うっ、いいから行こう」


 聡い紅子さんにはバレバレだろうが表面上平静を保てたのだから問題ない。

 さて、入り口で牧場内の地図を見る。


 ポニーに乗ることができるエリアに、牛がいるエリア。それからアルパカがいるエリアや山羊と羊のいるエリア。観光牧場の入り口付近には兎やモルモットなどの小動物と触れ合いできるコーナーが設置されている。


「わあ……うさぎ」


 小さな声で呟き、視線を持っていかれている紅子さんに気付いて、その視線の先を辿っていく。

 小さな広場には子供や大人が集まり、囲いの中でウサギやモルモット、そしてまさかのニワトリなんかを追いかけまわしたりしている。ああ、子供あるあるだよなあ。

『ふれあい広場』と看板がついているので、あそこで小動物と戯れることができるらしい。


「ちょっと寄るか?」

「いいのかな?」


 期待したように紅子さんがこちらを上目で見つめてくる。そんな表情をされて断れるわけがないんだよなあ。微笑ましく思いながら、彼女の手を引いた。

 バロメッツとかいうなにかの回収は夜にやる作業だし、昼間は暇だ。思う存分もふればいいと思う。

 手を繋いでそちらに向かい、お金を払って入場する。

 すると俺の手を離してから、そわそわとした紅子さんが中程まで進んでいく。それから近くにいた茶色くて小さな兎に目を奪われていた。


「動物、好きなんだなあ」


 改めて思いながら俺もそっと近づいていく。

 近場をニワトリを追いかけ回している子供がよぎっていった。兎も逃げた。うーん、子供ってそういうところあるわ。追いかけ回すほうがかえって逃げられるんだがなあ。


「おっ」


 目の前をぴょんと跳ねる白い兎。

 赤い目をしたスタンダードな白兎だが、非常にくりくりとした目で可愛らしい。しゃがんでそっと抱き上げると若干抵抗されたが、体勢を楽になるようしてやるとそのまま落ち着いた。


「いてっ」


 ……と、しゃがんだ状態で子供に背中を叩かれた。

 振り返ると正義感を燃やしたような表情の子供がいて、俺の顔を見て若干びびりつつも啖呵を切ってくる。


「う、兎はいじめるな!」

「いじめてないぞ?」


 面倒な絡まれかたをした。

 それもこれも俺が不良みたいな顔しているからか……。落ち込んだが、紅子さんが茶色い兎を抱えてこちらにやって来るのが見えて、そちらに注目する。


「このお兄さんは優しい人だから大丈夫だよ、ほら」

「ぶえっ」


 ほら、と言いながら紅子さんが抱えていた兎を俺の顔に乗せた。

 顔面にもふもふが! 顔面にもふもふがー!? 


「ふーん、そうなんだ」

「さっき叩いているのを見たよ。誤解だったんだから、ちゃんと謝れるかな?」

「えっと、ごめんなさい」

「んや、大丈夫だよ。俺も勘違いされやすいから」


 兎のお腹に埋もれながら謝った子供に返す。

 というかこの兎めちゃくちゃキックしてくるんだけれども! 紅子さん早くこの子離して! 


「ほら見て、令一さんみたいな色の兎」

「んぐっ」


 嬉しそうにはにかむ彼女に、俺は呆気なく撃沈した。

 茶色い兎だなとは思ってたけれど、まさかそんなことを思っていただなんて……! 


「おにーさんが連れてるのは赤いおめめの兎だね? アタシとお揃いかな」


 分かりにくいが、確実に紅子さんははしゃいでいる。いつもよりもいくらかテンションが高いし、こんな風に無邪気に言ってくるのはわりと珍しいような気がする。普段なら、俺の反応を楽しむためにからかいの表情をしているからな……今は純粋に思ったことを言っているだけみたいだ。それがより、俺に対しての破壊力に通じているわけだが。


 しばらく兎にモルモット、ニワトリと二人して抱き上げたり写真を撮ったりしてからその場を後にする。

 次に件の羊が放牧されているところへ行ってみたが、今のところは変な感じはしない。多分一般の人間が入らない場所でことが起きているんだろう。

 羊と山羊を眺めてから時計の針が上向きになったので、近くの食堂らしき場所に入る。


「ジンギスカンが食べられるんだって」

「……目と鼻の先に羊の放牧場があるのにか?」

「まあ、そういうものなんじゃないかな?」


 紅子さんは気にしていないみたいだが、さっきまで羊を眺めていたのにこっちですぐに食べることになると思うとなんかこう……複雑な気持ちになる。


「焼肉だと臭いがついちゃうかな」

「俺は気にならないけれど、紅子さんはやっぱり気になるか?」

「ううん、アタシも別に……お兄さんが気にならないならそれでいいかな」

「え、でも」

「キミに嫌だと思われたくない。キミが気にしないなら、アタシも問題ない。わざわざ言わせないでほしいかな……」


 複雑な乙女心ってやつだった。察しが悪くてごめん。

 以前の紅子さんだったら多分、不機嫌そうに「なんでもない」で済ませていたんだろうけれど、随分と素直に意見してくれるようになったなあ。対等になれるよう、俺がなんでも話すようになったからか、紅子さん自身も胸の内をなるべく話してくれるようになっている。お互いに一歩前進している感じがあっていいな。こういうときにこそ実感する。


「なあに、ニヤニヤしてるの」

「紅子さんもデレてくれるようになったなあと」


 その一言で彼女が眉をピンと上げる。


「以前からずーっと、アタシは素直に過ごしているけれど? そんなにツンケンしてなかったでしょうに」

「なんというか、心の距離感? そういうのが、前は遠かった気がするんだよな。俺をからかうだけからかってくるけれど、別に俺が好きでそういうことしてるわけじゃなかったっていうか」


 そこまで言ったところで鼻先に彼女の人差し指が触れる。


「……まるで今はアタシがキミのこと好き、みたいな言い方はどうなのかな?」

「えっ、俺、両想いだなあと思ってたんだけれど……そうか、俺が一人で舞い上がってただけか」

「そうは言ってないよ。アタシが言いたいのは、他人の気持ちを勝手に推し量ろうとしないでってこと。別に嫌いだとは言ってない」

「そっか」


 前は嫌いだなんだと言われまくっていたから、ちょっと嬉しいな。

 もちろん落ち込んでいたのはフリである。紅子さんも少しは照れてくれるかなと思ってやったわけだが、思っていたよりもツンデレな返答だった。


「ほら、早く食べる」

「はいはい」


 そうしてジンギスカンを堪能し終える。

 次は……ポニーかな。


「紅子さん、あれ体験してみるか?」

「ポニーに乗るやつだよね。ふうん、お兄さんはいいの?」

「俺は……一緒に順番待ちするかな」

「なるほど、キミはアタシが馬の背中で揺られる姿を見たいわけだ」

「そんな俺が下心しかないみたいな……違うよ」


 あわよくばとは思っているが、お口をチャックってやつだ。

 俺だって男だ。欲望に忠実であるべきだろう。それを明け透けにするかしないかは別として。


「まあいいや、アタシも馬に乗るなんて初めてだし……痛くならないかな」

「引いて歩いてもらうだけみたいだし、大丈夫じゃないか?」

「それもそうだね。お兄さんのほうがその場合は痛そう」

「どこの話をしてるんだよ」

「え、鞍がそこまで大きくないから、お兄さんだと体格的に……あ、そういうこと。おにーさん、さいてー」


 途中で話の食い違いに気づいたらしい紅子さんに、完璧なまでに軽蔑の視線を向けられてしまった。

 やってしまった。本当にやってしまった。なんでこういうときに限って下ネタだと勘違いしたんだよ俺。いつもこういうノリでからかってくるからてっきり……いや、言い訳はよそう。


「ごめん」


 ほんの少し頬が色づいた彼女に、ただただ謝った。


「ええと、自転車に乗るみたいに……」


 ポニーへの体験乗馬の順番が回ってきて、紅子さんがクリーム色の可愛いポニーに乗ろうとしていた。

 まずは左足を鞍についた(あぶみ)にかける。鎧は自転車で言うペダルの部分のことだ。足で履く部分。

 脚立の上でポニーの背中に近い位置。そこから左足を鎧に引っ掛けて、鞍の前方を持ちながら自転車を跨ぐようにポニーの上へと乗っかる。そうしたら反対側の右足も鎧を引っ掛けて、鞍についた安全ホルダーを掴んでもらい、ゆらゆらとポニーが引かれて歩き出した。


「おお、すごいねぇ。ほら見て令一さん、案外揺れるよこれ」


 嬉しそうにそう言う彼女は、思わず俺のことを名前で呼ぶほどはじゃいでいるみたいだった。


「写真撮ってもいいか?」

「変なことに使わないならいいよ」

「保証する」

「ならよし!」


 前方でポニーを引いている人が苦笑いをしていて、いつものノリで喋りすぎたと反省する。そりゃそうだよな。見た目は女子高生と成人男性なわけだし、ちょっとそういう話をするのはどうかと思う。

 ちなみに、紅子さんはスカートだったのでポニーに乗るため、一旦裏でレンタルのズボンを履いてきている。スカートじゃない紅子さんがあまりにも新鮮で、それだけでも写真が何枚も撮れた。

 あとでアルバムでも作ろうかなあ。


「それじゃあ次はお兄さんだね」

「ん、じゃあカメラよろしく」

「バッチリ撮っておくよ」


 もはや観光がメインになっている気がする。これが終わったら、今夜は仕事があるんだがなあ。


「案外揺れるけど、歩いてるだけだとそんなに怖くはないな」

「だよね、意外と安定感あってびっくりしたよ」


 むしろ、普通の馬より幾分か小さいポニーに身長の高い俺が乗ってしまって、そこが申し訳ないくらいだった。

 乗るときも、降りるときも慎重にやったが、終始ポニーは大人しいものだった。観光牧場で仕事してるポニーってこんなに大人しいんだな。

 たまにテレビでやってる競馬くらいでしか見たことないから、こんなにも大人しいとは思ってなかった。


「あとは、アルパカのところに行って触れ合ったら終わりかな」

「そうだな」


 現在時刻は午後16時くらい。

 意外と堪能できたな。紅子さんのはしゃぐ珍しい姿も見られたことだし、今日はいい一日になったな。


「んんっ」

「あ、待て待てやめろ!」

「ちょっと、返してくれるかな!?」


 紅子さんがいつものベレー帽をアルパカに取られて慌てている。

 しかも周りにいる別のアルパカに長いポニーテールをもっしゃもっしゃと口でいじられていて、端的に言ってピンチだ。


「ちょっと、遊びたいのかな? 分かったよ、分かったからやめてってば!」

「紅子さん!」


 若干見たいと思っていた光景だが、やはり動物にぺろぺろされてしまう紅子さんを見ると心臓に悪い。そのままぱっくりと食べられてしまいそうで怖いのだ。


「ふおっ」


 そして俺の脇腹にもアルパカが体当たりしてきてバランスを崩す。

 起き上がろうとしたときに顔を上げれば、俺を覗き込んでくる呑気そうなアルパカの顔、顔、顔、顔。


「や、やめろぉ!」

「令一さん!」


 やっとベレー帽を取り戻したらしい紅子さんが振り返ると、そこに広がっていた光景は多分俺が大量のアルパカに囲まれているところだった。


 ……見かねた飼育員さんに救出されるのはその数分後。全身デロデロになった後だった。他にも子供が複数遊びに来ていて、そちらに飼育員さんはかかりきりで、気づくのが遅れたらしい。


 夜になるまでに鏡界移動をして、同盟の施設でシャワーを浴びた。さすがにあのまま仕事するのもどうかと思ったからだ。


 そうして夜――。


「生々しすぎる」

「うん、まあそうだよねぇ」


 深夜の牧場に鏡界移動で侵入し、羊エリアの奥へ奥へ。この時間、家畜は厩舎(きゅうしゃ)に戻って平和なものだ。


 そして草原の奥。巨大な蕾のような植物が複数植っているのが確認できた。

 そのうちの一つが花開き、その中から子羊のような頭が出てきて、そのまま蕾から産まれるようにして羊がぼとりと落ちる。


 正直なところかなり不気味だ。しかも産まれたて感があって気持ち悪い。

 羊が落ちた蕾の周辺は牧草が根こそぎ食い尽くされていて、植物の茎の届く範囲は全て土が晒されている。

 他の蕾も次々花開いていくが、まだ周辺に牧草が残っているところは羊が落っこちない。

 羊の重みで垂れた茎の許す限り、蕾から上半身を出した羊がもっしゃもっしゃと牧草を食んでいる。

 恐らく食べるものがなくなればこの「バロメッツ」達も中身が抜け落ちるんだろう。


 しかもこの落っこちた羊は美味しいらしい。


「やるしかないな」

「うん、できれば根っこごと引き抜いて鏡界に移動させたほうがいいよ」


 こうなるだろうとここに来る前に用意した、大きなスコップを構える。

 それからは夜通し、二人で植物を掘り返しては鏡界に放り込む作業をしていたのだった。


 だけれど、昼間の出来事があったからか、不思議と嫌な仕事ではなかった。

 あとでアルフォードさんに感謝しないとな。


 結局、バロメッツを全て鏡界送りにするのに三時間くらいかかったのであった。




本日は名状し難き帽子屋さんのリクエスト。「令一と紅子」のデート回となりました!お楽しみいただけていたら幸いです(*´꒳`*)

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