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箱庭のチェスゲーム

 パタパタと動き回りながら、毛先だけ濃い赤色をした白髪の少女が店の中……古風なアンティーク店のような「鏡界の萬屋」にて掃除をしていた。

 そんな中、彼女は店の奥へ続く扉を潜り、店主である薔薇色の髪の持ち主を訪ねた。


「アルフォード様、消費期限の切れたものはどう処理を……あら、チェスですか? いったいどなたと……」


 店主の彼――アルフォード・ドライグ・ゴッホは古そうな揺り椅子に座り、ギッギッと音を立てながら目の前のテーブルを見つめていた。

 その場所にあるのは白と黒の盤面。チェス盤だ。彼のほうは白の陣営。対して黒の陣営には誰も座っておらず、彼が一人だけでチェス盤を見つめているにすぎない。


 しかし、白の駒がいくつか黒の陣営には取られてしまっているようで、彼はそれを見て考え事をしているようだった。


「思うに、白黒じゃなくて紅白の盤面でもいいと思わない? ルルちゃん」

「はい……? えっと、どうでしょう」


 少女。アルビノのグリフォンは首を傾げた。


「紅白なら、俺とヴァイスなのになあ」

「対戦相手はヴァイス様なのですか?」

「ううん、違うよ。ま、長期戦だからしかたないよね」

「そ、そうなのですか……?」


 困惑しきりのグリフォンは、またもや首を傾げている。


「れーいちちゃんがどう動くか楽しみにしておかないとねー。もうほとんど決まったようなものだけれど、(こっち)で取りたいよね。リンもいることだし、大丈夫だとは思うけれど……」


 そう言って、アルフォードは一つのポーンの駒を掴み、揺らす。

 それからルルフィードに向かって「捨てるものは一ヶ所にまとめておいてくれたらいいよ。あとでオレが処理するからね」と告げ、盤面をそのままにして持ち上げ、ベッド付近の棚に移動させた。もう動かすつもりはないようだった。


 まだまだ盤面が更新されることはない。彼と、誰かさんの勝負は文字通り……数十年、いや数百年単位での長期戦が続いているのである。


「ちょっと散歩に行ってくるね」

「は、はい! 行ってらっしゃいませ!」


 己を尊敬してやまない少女に、人懐こい笑みで手を振って彼は店を出る。

 それから、己の国を意識した軍服からラフな格好へと一瞬で切り替え、その背中から皮膜を持った薔薇色の翼を顕現させると、すぐ何処かに空を飛んで向かって行ったのだった。


 そして彼が辿り着いたのは、その町にしては大きな屋敷。

 その門についたインターフォンを押すと、音声で聴き慣れた声が響いてきた。


「はい、どちらさまでしょうか」

「あ、令一ちゃん! オレだよ、アルフォード。こないだ赤竜刀で祟り神を斬ったわけだから、一応オレ自身がお手入れしに来たんだけどー」

「今行きます!」


 慌てたようにする彼。令一にアルフォードは「いい子だなー」と言葉を漏らしながら門が開くのを待った。

 アルフォードとしては鏡界の萬屋へ訪れてもらったほうが都合が良かったのだが、わざわざこうして出向いて出張手入れを行おうとしているのは、純粋に神内千夜への嫌がらせである。

 かの邪神はそれでも無理矢理にポジティブに受け取り、喜んだり「わざわざ会いにくるなんて体躯の色と同じ、情熱的だね」なんて言葉を吐いたりしてくるのだが……


「あ、なんかムカついてきちゃった」


 想像で既にイラッときたアルフォードは笑顔のままではあるが、そのまま乗り込んで神内千夜への嫌がらせを上乗せすることを決定した。


「すみません遅くなりました! アルフォードさん、わざわざありがとう! あの、俺なんにももてなしとか用意してなくて……!」

「いいんだよー、オレが突然来ただけだからね! 入っていいかな?」

「どうぞどうぞ! お願いします! 多分リンも喜ぶと思うし」


 慌てる令一を制し、アルフォードは促されるままに屋敷へ入る。

 そのまま居間へと通されれば、そこには睨み合うリンと神内千夜の姿があった。


「なにしてるのー、オレ」

「きゅうううー」

「えー、喧嘩中? 気持ちは分かるけれど、自重してよね」


 つい先程まで喧嘩を売ろうとしていた竜の発言である。


「くふふ、敵の本拠地に来るとは貴方もなかなか無用心ですね」

「その敬語気持ち悪いからやめてほしいなー? ねえ、千夜くん」

「貴方のくん付けもなかなか気持ち悪いのでやめていただけますか?」

「は? オレは可愛いでしょ」

「ぶりっ子というやつですか、露骨すぎて反吐が出ますね」

「あのっ」


 冷戦状態に入る二柱の神に、令一がパタパタと腕を振りながら慌てて止めに入る。アルフォードが「あ、ごめんね〜」と言いながら令一の元へ向かえば、彼も安心したのか「リンをお願いします」と言って赤竜刀を鞘ごと渡す。

 令一の肩に乗ったリンも、元気に一声鳴いた。その様子を見てアルフォードは頷くと、赤竜刀を検分し始める。


「うんうん、ちゃんとお手入れもしてくれてるね。ポンポンするの大変でしょ」

「前はそうだったけど、今は日課でやってるから大丈夫だ」

「そっかそっか、大切にしてくれてありがとね」


 それからにっこりと笑い、アルフォードは赤竜刀を水平に持ち、刀身をほんの少しだけ露出させて己の力を込めた。

 分霊である赤竜刀には、本霊である彼の神力をこめるのが一番の手入れとなるのである。もちろん普段令一がしている刀身の物理的手入れも大事だが、赤竜刀を打った本神(ほんにん)に一旦返して、たまに細微な部分の修復をしてもらうのだ。


「これでよし」


 それから刀身を抜き放って神内千夜へと向けた。


「えっ、あのっ」

「おや? 同盟の創設者たる者が意味も理由もなく部外者を排除するのですか?」

「おっと、試し斬りの藁人形かなにかに見えちゃったよ。どうりで用意が良すぎるなと思った」

「私が粗末な人形に見えるとでも?」

「ほら、身長低いし髪も長くて鬱陶しいもんね」

「全て同じ言葉を返して差し上げますよ。貴方の髪も無駄に長くて、身長も低いでしょう?」


 バチバチと火花を散らしながら言い争う二人に、令一が再び「はわわ」と慌てながらどうしようかと手を彷徨わせる。

 ……令一は実際にそんな言葉を吐いたわけだはないが、そんな慌て方だったのだ。


「ダメだ、アルフォードさん! 赤竜刀が汚れる! 手入れしたばっかりなのに!」

「れーいちくん……? そこなの? 私の心配は?」

「それと、神内は俺がぶった斬りたいんだ。お願いだから俺の相手を取らないでほしい!」

「れーいちくん?」

「ちぇー、そっか。それなら仕方ないねぇ」


 華麗に無視された神内千夜は「放置プレイ」などと呟きながら悦に浸っている。そんな変態の行動に慣れきっているのか、令一は視界から邪神の姿を外しながら、アルフォードを説得する。

 見事説得されたアルフォードは抜き身の赤竜刀を鞘に納めると、令一に返す。

 それからリンと目を合わせて頷くと、令一に「それじゃあ、オレは帰るね」と言って踵を返した。


「あ、もう言っちゃうのか?」


 心なしか寂しげな令一に、アルフォードは振り返って微笑みかける。


「そいつがいるとオレ、喧嘩しちゃうから……」

「わざわざ喧嘩を売ってきておいてなんですかまったく」

「じゃ、またねー、千夜くん?」

「もう二度と来ないでください」

「俺はまた来てほしい!」


 嫌そうな顔をする神内に、爽やかに次を願う令一。

 その姿を見てどちらを優先させるかなんて、アルフォードには一択しかないだろう。ただでさえ、アルフォードは人間が愛しくてたまらないのだ。

 それと、神内千夜への嫌がらせという点もある。


「千夜くんも、また遊んでね?」

「もう、ずっと毎日しているでしょう。私ときっちり勝負をつけてからそれを言ってください」

「それもそうだねー」


 言ってから手を振る。アルフォードが部屋を後にする際目にしたのは、中途半端なところで手が止められた白黒の盤面であった。

 黒側の駒がいくつか白側に置かれ、白側の駒もいくつか黒側に置かれている。そんな中途半端な盤面。


 それを一瞥してアルフォードは微笑む。


「まだまだ、遊びは終わらないよ。でも、必ずオレが勝ってみせるんだから。絶対にいつか封印してやるって」

「できるものならやってみればいいんですよ。けれど、理由なんてないでしょう?」

「理由なら作ればいいんだよ。それじゃあね、千夜くん。令一ちゃん」

「え、あ、うん。また……アルフォードさん」


 今度こそ手を振って別れる。

 箱庭の全てを盤面にしたチェスゲームは、誰も知らずに水面下で進んでいく。


 邪神と竜神の二柱の冷戦を動かし制するのは、きっとただひとつのポーンなのだと……そんな事実は、誰も知らない。

今回は兎さんのリクエスト「アルフォード&神内」です!

この二人はお互いに無干渉に見えて、実は水面下で冷戦をしている真っ最中!

そんなお話なのでした!

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