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リクエスト「紅子とルイス姉妹」

ノベルアップ+ 様にて、「最悪な修学旅行」編で行った新話生物クイズの正解者へ向けてのリクエスト番外編でございます。

次の章まではこのリクエストを消化していくのでご了承くださいませ。

「もう、信じらんないっ」


 現実世界と隣り合った場所に存在する鏡界。その一角……幻想の住民達が住む洋館にて、その声は響いていた。

「たったったっ」と足音を高らかに響かせながら、ゴシックロリータ姿の金髪少女が肩を怒らせ、その場所へと向かう。

 そして扉前のネームプレートをしっかり確認してノックをした彼女は、ひととおり息を整えると、真っ直ぐとその扉から出てきた人物を見据えた。


「アリシアちゃん、久しぶりだね。電話があったから待っていたけれど、アタシのところに突然来てどうしたのかな?」


 優しく問いかける、年上の真紅の少女。

 彼女に向かってアリシアは言った。


「赤座さん! お願いです、あたしのお姉ちゃんになってください!」

「……えっと?」


 真紅の少女――紅子が聞き返したのも、仕方のないことであった。


 ◇


 それは、令一と紅子が不思議の国の冒険を経験してから少しの出来事である。まだアリシアが鏡界への行き来に慣れていなかった……そんな頃のお話なのであった。


 アリシアがこんな風に、紅子へ無茶を言う。そんなきっかけはその日の早朝にまで遡る。


「お姉ちゃんのバカ! あたしは心配して言っているのに……!」

「しかしなあ、アリシア。私様もあのキラキラをやってみたいのじゃ。魔法の教えを受けるくらい良いだろう!」


 鏡界の大図書館にて。つい先日解決し、大図書館に住み着き始めたレイシーと、その妹アリシアが言い争いをしていた。


「どんな危ないことがあるか分からないのよ! お姉ちゃんは堪え性がないんだから続くわけないわ!」


 図書館の主、文車妖妃(ふぐるまようひ)字乗(あざのり)よもぎより、レイシーは魔導書の読み解き方を教わり、一人で勉強をする日々を送っていた。それを気に入らなかったのが妹のアリシアである。彼女は姉に危ないことをしてほしくはなかったのだ。

 しかし、そんな切実な思いも言い方が悪ければ伝わらない。

 特にレイシーは、先日の事件による影響で実の姉妹だったことすら忘れてしまっているのである。それでは伝わるものも、伝わるわけがない。


「堪え性がないだと……? 決めつけるでない! 私様のなにを分かると言うのじゃ!」

「分かるわよ、妹だもの!」

「妹なあ。お主がそう言っておるだけではないか! 私様はアリシアなんぞ知らん!」

「っ……」


 アリシアはその赤に近い瞳を大きく見開き、そして口をわなわなと震わせる。

 事実、レイシーにとってアリシアという少女は、『見知らぬ自称妹』にすぎないのだから。


「もう知らない! お姉ちゃんなんか知らない!」


 癇癪を起こし、泣きながら飛び出していくアリシアはその足で紅子の元へと向かい、そして道中で連絡を寄越し……「お姉ちゃんになってください!」と言う台詞に繋がるのであった。


「事情は把握したけれど……まあ、とりあえず入ってよ」

「はい……」


 しゅんとして落ち込んだアリシアを招き入れ、紅子はマグカップをひとつ食器棚から取り出すと、ココアを作る。それからアリシアを椅子に座らせ、その前に温かい湯気をあげるココアを置いた。


「アリシアちゃんは、本当にレイシーちゃんが好きだねぇ」

「はい……だって、たった一人のお姉ちゃんですし……でも、お姉ちゃんはあたし達が本当に姉妹だったことも、忘れてしまっています」


 ココアの入ったマグカップを両手で抱え、ポツポツとアリシアが話しだす。

 そんな様子を、紅子は頬杖をついて聞いていた。


「お姉ちゃんはジェシュのことは完全に忘れていて、それであたしのことも、怖いアリスということしか覚えていませんでした……お姉ちゃんの記憶は、あの本の中から始まっていて……それで、あたしだけが覚えて、独りよがりで……」


 泣きそうな顔で続ける少女の頬に、滴がひとつ流れていく。

 それを紅子はすくいあげると、そのまま彼女の金の髪に白い手をぽすんと乗せる。


「寂しかったんだねぇ」

「うっ、はい……お姉ちゃんは、雰囲気は前となにも変わりません。でも、決定的に違うところがあって、それで余計に……もうお姉ちゃんは帰ってこないって、思っちゃって……」


 テーブルに落ちる涙に視線を落とし、紅子は優しくアリシアを撫で続ける。

 しかし堰を切って溢れ出す彼女の思いは止まらない。


「アリスって、呼んでくれないんです」

「うん」

「アリシアだから、アリスだねって笑っていつも言っていたんです。でも、もうアリスとは、呼んでくれないんです。もう二度と、あたしのことをお姉ちゃんはアリスって呼んでくれない……! アリシアって呼ばれるたびに、それを思い知って……あたし、お姉ちゃんを守るって決めたのに、こんなことでその決心も揺らいで……最低です」


 言い切るアリシアに、紅子が返す。


「最低なんかじゃないよ。そうやって、前と決定的に違うことが分っちゃって、平気でいられる人なんていないはずだよ? その気持ちは変なんかじゃないから、そう気に病まないでほしいかな」


 真剣にアリシアの話を聞きながら、紅子は言葉をひとつひとつ選んで柔らかく笑う。その姿に、アリシアは泣きながらはにかんで「やっぱり、赤座さんは優しいです。お姉ちゃんみたい」と言った。


「光栄だけれど、アタシはキミのお姉ちゃんにはなれないよ。キミのお姉ちゃんは、レイシーちゃんだけだから」

「はい、分かっています……落ち着きました。ありがとうございます」

「落ち着いたのならよかったよ」


 照れ臭そうに撫でられた場所をそっと押さえ、アリシアはそっと涙を拭う。


「赤座さんは頼りになりますね」

「頼られて悪い気はしないからね」

「そうですか、助かりました」

「レイシーちゃんとは、話せそうかな?」


 紅子が立ち上がり、棚から袋に包まれたたくさんの飴玉を取り出すと、アリシアの前に置く。もてなしかたが年か幼子に対するそれだが、アリシアは特に気にせず礼を言った。


「飴、いただきますね……お姉ちゃんとは、もう少し冷静に話し合ってきます。あたし、やっぱり独りよがりでした。お姉ちゃんもやりたいことはあるでしょうから」

「そうだね、お互い尊重し合って、少しずつ距離を詰めればいいと思うよ」

「ありがとうございます」


 袋に包まれた飴玉をいくつか懐にしまい、アリシアが立ち上がる。


「今日はありがとうございました」

「お役に立てて嬉しいよ。今度は姉妹揃って遊びに来てほしいかな?」

「はい、必ず!」


 ひらひらと手を振る紅子に、アリシアはにかっと笑う。

 眩しいそんな笑顔に、紅子は微笑んで「待ってるよ」と告げた。


 そして去り際、アリシアが振り返って紅子に大きく手を振ると、弾んだ声で彼女に疑問を投げかける。


「あたしのお姉ちゃんはお姉ちゃんだけです。でも、赤座さんも、とっても素敵なお姉さんだと思いました! あの、紅子お姉さんって呼んでも、いいですか?」


 恥ずかしそうで、そして控えめな提案に、紅子はくすりと笑って「断るわけないよ」と肯定の言葉を返す。

 するとアリシアはますます嬉しそうに笑って「ありがとうございます! 紅子お姉さん!」と、帰ろうとしていた足を逆方向に向け、勢いつけて紅子の元へと飛び込んできた。


「っと、アリシアちゃん?」

「えへへへ」


 中学生のアリシアにとっては、紅子は年上の面倒見がよくて格好いいお姉さんなのだ。紅子のお腹の辺りでぐりぐりと頭を擦り付け、抱きつきながらアリシアは幸せそうな声を出す。


 そんな彼女の様子に困惑しきりだった紅子だが、遠慮がちにその背に腕を回し、甘える彼女に応える。こんな風に甘える少女を無碍にできるほど、紅子は冷徹ではないのである。

 むしろ、面倒見はかなりいいほうなので満更でもなさそうにしていた。


「紅子お姉さん、大好きです」

「あ、ありがとう。アリシアちゃん」

「充電できました! これでますます勇気も湧いて来ますね、お姉ちゃんともきちんと話し合いできそうです!」

「それは良かった」

「……むむむ、名残惜しいですがここまでにしておきます」


 紅子にハグしていたアリシアが離れ、頬をかく。

 それから「紅子お姉さん! また今度一緒にショッピングしましょうね!」と言ってから、くるりと背を向け、慌ただしく大図書館のほうへと去って行ったのだった。


「……妹も、悪くはないかな」


 残された部屋には、そんなことを言う紅子がいたそうな。

 それからは、紅子はアリシアを存分に甘やかすようになったのだが……それはまた別の話である。


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