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蠱毒の呪い

「あの、蠱毒(こどく)って……? 聞いたことはあるような気がするんですけど、あんまり知らなくて」


 切なげな真宵さんに遠慮がちに話しかける。

 すると彼女は「そうね」と一度強く目を瞑って、気を取り直すように居住まいを正した。


「蠱毒というのは、壺などの容器に毒虫や毒蛇などの、毒を持つ生き物を閉じ込めて、最後の一匹になるまで殺し合わせて、そうして残った最後の一匹を呪いとして扱う術ですわ」

「最後の一匹は確か、強力な毒を持った呪いに育つって聞いたことがあるかな」

「ええ、その通り。そして、蠱毒を殺したとしても、殺したものが次の蠱毒となり果ててしまうだけですわ。そうして次々と力をつけていって、強力な呪いとなるのです」


 なるほど……ってことは、それこそヒュドラとして定義づけて封じていなければ、俺達のどちらかに蠱毒が継承されたのかもしれないのか……? 本当に危険だったんだなというか……説明不足にもほどがないか。しかもこのヒト、呑気に屋台で遊び歩いてたし。

 さっきの幻想的な光景に少しばかり尊敬の念が積み重なっていたんだが、またなんとなく疑念も積み上がって行く。

 このヒトは本当に……印象が二転三転する神様だな。


「コレクターは数が多いのですわ。今回のは、植研蘭葉のコレクターと、恐らくこれは呪術を専門としたコレクターの仕業でしょう。そこらに放り出されていたということは、試作品か……失敗作……ということでしょうね」


 悲しそうに彼女が言う。


「うんうん、作るだけ作ってポイするのはいただけないよね」

「生き物の責任くらいとってほしいところですわ」


 いつだって問題になるものってのがあるもんだな。動物の責任問題なんて現実でも普通にあることだ。まさかそれを、この鏡界でも聴くことになろうとは。


「でも、真宵さんは大丈夫なんですか?」


 俺が言うと彼女は扇子で口元を隠し、憂いを乗せた声色を響かせた。


「わたくしが蠱毒にならないのは、祟りを扱う神だからですの。本当はわたくしよりも適した創設者の一匹がいるのだけれど……あの子は放浪していますから」


 苦い笑いを溢し……そしてパチンと扇子を閉じると、真宵さんは頬に手を当てる。困ったようなその姿を意外に思い、その創設者について尋ねようとしたときだった。


「ーーーーーっ!!」


 表からなにやら絶叫が轟いて来ていた。


「な、なんだなんだ!?」

「あー、あれはねぇ……」


 俺がなにが起こったんだと立ち上がると、静かに静観していた金輝さんの唇が「つう」と吊り上がる。包帯で瞳が見えない分、やたらと蠱惑的な彼の表情に驚きながら話を聴く。


「春国だよ。お師匠の息子さんが帰って来たんだ」


 のんびりとした口調で言われ、先程の叫び声を思い出す。

 確かに神中村で聞いた絶叫と似ていたかもしれない。しかし、そんな絶叫をあげるなんてなにかがあったとしか思えないんだが、心配しなくていいのだろうか? 


「ふふっ、またなんか連れて帰ったんだと思うよ? ぱっぱとお清めして成仏させてあげないとねえ」

「えっと、それはどういうことかな?」


 俺と紅子さんの疑問は多分一緒だ。


「春国ったら、心が優しいからすーぐに幽霊くっつけて帰って来ちゃうんだよ。自分で祓えるのに、なるべく未練を晴らしてあげたいからって、どんなに姿がひどくても怯えて泣きながら祓わずに、さ」

「あー、それは……お人好しだねぇ」

「なんで俺を見る」

「理由なら分かるでしょ? おにーさん」


 それは、まあ。俺も散々お人好しだなんだと言われているし、優しいだけでは罪だと何度も責められているわけだからな。似ているといえば似ているのだろうか? 

 ということは、紅子さんにとって春国さんはわりと苦手な部類の人になるのかな。俺が全部受け止めたとはいえ、そう簡単にトラウマが癒えるわけがないし、トラウマのせいで形成された人格がそう簡単に変わるわけでもなし。

 その辺りのことで俺も未だ、彼女によく怒られる。


「狐、行かなくていいの?」

「ああ、用があったら直接呼びに来るからねえ。仙狐の僕が勝手に手を出して、春国のためになると思うかい?」

「そう、ならいいですわ」


 一応訊いたのだろう真宵さんは、金輝さんがお茶のお代わりを入れた湯のみを手に取る。洋装の金髪美人なのに妙に湯のみが似合う。日本の神様なんだから当たり前なんだろうけれど。


「そういえば、真宵さんが洋装なのはなんでなんですか?」


 金髪なのは、紅子さんの膝の上で丸くなっている八千(やち)の配色を見れば納得がいくが、藍色の鱗ならドレスじゃなくても和装でもおかしくないのに。だって日本の神様だし。


「おしゃれですわ」

「さいですか……」


 即答だった。

 そんな雑談をしているときだった。廊下から一定のリズムで歩く足音が聞こえてくる。


「あに様、いらっしゃるか?」

「うん、いるよ。どうしたの? 銀」

「っと、客人もいるのか。しかも別の神まで……これは失礼した」


 襖を開けたのはもう一匹の狐。金輝さんの弟である銀魏(ぎんぎ)さんである。春国さんもいるかと思ったが、なぜかいないようだ。そういえば絶叫はもう聞こえない。

 しかし、銀魏さんはチラッと俺から真宵さんまでを見遣ると仏頂面でそう言っただけである。金輝さんに対する丁寧な物言いと柔らかい表情が一変する様はいっそ清々しいくらいギャップがあった。

 兄とその他に対しての態度が違いすぎないか? 


(あるじ)が少々厄介な物について来られてしまってな。あに様、ご助力願いたい」

「うんうん、分かったよ。それじゃあ見に行こうか。ここには来れないんだよね?」

「ああ、そうだ」

「じゃ、ちょっと行ってくるからー」


 立ち上がった金輝さんに、さりげなく銀魏さんが腕を差し出す。

 金輝さんはその腕に手をかけ、うっすらと微笑んだ。どうやら歩くときの支えとして銀魏さんが差し出したらしいが、金輝さんはその前からずっとスタスタと歩いていた。本来は見えなくとも普通に過ごせている様子だったが……これは弟の好意を無碍にしないためなのかもしれない。


「お兄さん、アタシ達も行こうよ」

「ここで待つのもなんだしな……」

「ええ、どうせなら次の場所へ行きましょうか。まだ案内する場所はたくさんありますもの」


 そう言って俺達も一緒に大移動する。

 そして神社の鳥居のところにやってきたところだった。


「うわああああん! どうして僕がこんな目にいいいいい!」

「あ、あの、泣きやんでくだしゃい。えっと、困りましゅ」

「あ、ごめんなさい。僕が頼りないばっかりに……君はなんにも悪くないですから……」

「ありがとうございましゅ」

「おああああ!? ごめんなさい! 触らないでくださいいいいい!」

「ご、ごめんなさいでしゅ……うっうっ、あちしが悪いでしゅ」

「あああ違うんですよおおおお! 僕が全部悪いんですからあああ!」

「な、泣かないでくだしゃ……うっ、ひっく、うええええええん!」


 阿鼻叫喚だった。


「あちゃあ」

「ご覧の有様だ、あに様」

「うん、僕あそこに行くのやだなあ」

「そう言わずに、あに様」

「銀の主様でしょ?」

「そうではあるが」


 こっちはこっちで色々ひどいぞ。


「……蠱毒」


 真宵さんがポツリと言葉を漏らす。

 俺はその言葉にバッと振り返った。


「……の、(えさ)、ですわね」

「餌……?」


 隣の紅子さんが駆け出す。

 鳥居の向こう側……つまり、神社に入らないギリギリの位置で春国さんと一人の……強いて言うなら幼い女の子(ようじょ)がそこにいた。

 紅子さんはその場所に駆け寄り、そして女の子の前で屈むとその頭を撫でる。泣き止ませるために優しく声をかけに行ったのだ。


 女の子は耳の下でゆるく巻いたようなショートヘアで、濃い紺色のような着物を着ていた。歳は七つくらいか、それよりも下か、それくらいなのにも関わらず、随分と大人っぽい着物である。


「綺麗な朱色の髪に、花紺青(はなこんじょう)の着物ですわね。髪色からすると、霊力が高い子供なのでしょう。歳の頃は……見たところ、まだ六つですわね。とっても愛しく感じますもの。七つまでは神のうちですから」


 そう、その子供は着物こそ大人っぽいが、随分と派手だった。

 朱色の髪は恐らく、秘色(ひそく)いろはさんのように普通の人間には普通の髪色に見えるタイプのものだろう。霊力が高いとそれだけ髪に溜め込み、変色して見えるそうだからな。それにしても六つくらいか。幼いな……なのにあんな姿なのか。


 女の子は――その首に獣の咬み傷のようなものがあった。


 明らかな致命傷。幼い身でそうなってしまったらしい女の子は、春国さんと一緒になって延々と泣き続けている。


「穢れが強すぎて神社に入れないのです。これではゆっくりできませんし、表の神社へ行くべきですわね」

「表?」

「ここは鏡界の神社。表は表ですわ」

「なるほど、それじゃあ移動する提案をするんですね」

「ええ」


 提案を伝えるために現場に近づく。

 幼い女の子は、紅子さんが慰めていることによって少し落ち着いてきたようだ。


 なお、春国さんは紅子さんが駆け寄ったことで再び大絶叫をした。

 連鎖して、せっかく泣きやんだ女の子まで再び泣き始める。


「ええ……」


 そこは正しく地獄の様相を醸し出していた。

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