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祟りを統べる一柱の蛇神として

「ごめん、みっともない姿を見せたよ……」

「可愛くていいと思うけどな。俺もちょっと触らせてもらったけど、あのさわり心地は最高だった」


 彼の尻尾から離れられなくなった紅子さんを、俺がそのもふもふの中に救出しに行くことになったのだ。足で踏まないように金輝さんの隣に移動したのだが、足元をふわりふわりと誘うように金の艶めかしい尾が埋め込んで、危うく俺まで陥落しそうになった。ミイラ取りがミイラになるだなんて笑えない。


 それくらい、金輝さんの尻尾は人をダメにする作用があるようだった。あの尻尾のすごさはそれだけで「文字通り狐に化かされている」のでは? と疑うほどだったのである。もちろん、彼は別に変な術で魅了みたいなことはしていない。ただただ、尻尾の毛並みが素晴らしかっただけだ。


「うんうん、気に入ってくれて嬉しいよ。毎日お手入れしてるからねー、弟が」

「銀魏さんが!?」

「僕が自分でやるよって言っても『あに様は目が見えないのだから、俺が代わりに! いや、むしろやらせてくれ! あに様!』ってうるさいからねえ」


 金輝さんはまったく過保護なものだと笑っているが、俺達にとってはその話自体が驚きだった。銀魏さんって堅物そうだし、主人の春国君にも慇懃無礼な感じだったし、そんな風に懐くヒトだったんだなあ……と。


 兄弟ってやっぱり特別なもんだよな。ああ、そういえば俺の弟も結構慕ってくれてたっけ。まずい、思い出すと会いたくなってくる。もう令二(れいじ)は俺のこと忘れているし……会いに行っても辛くなってくるだけだ。


「さて、休憩も挟んだことですし……本題と行きましょうか」


 その場に、扇子を閉じる「パチン」という音が響いた。


「真宵さん、持ってきた壺はここに」

「上に置いてくださいな」

「はい」


 俺が座布団の横に置いていた壺を机上に置く。

 ゴトリと重い、重い音を立てて置かれたそれを見て真宵さんはジッとそれを観察するように眺めまわした。


「……狐、下がりなさい」

「うーん、ただの浄化ではどうにもならない?」

「ならないわ。これは蠱毒(こどく)が扱われていますの。それも、蛇が」


 真宵さんの口調は変わらず優雅なものだったが、しかし明らかにその瞳は怒りを乗せていた。


 蛇。


 それは彼女の眷属に他ならない。

 自分自身と同じ蛇がこのような姿にされたとあっては、神として憤りを覚えて当然だろう。


「浄化するなら、あなたの師匠かそれ以上の神格が必要よ。それほどに〝この子〟は穢されている。恨み辛みで主体性もなく、植物に絡まれ、土に塗れた〝根〟の国に囚われている。あの世の向こう側しか目に映せない〝この子〟には、もう救いの道は残されていないわ」


 ひどく静かに。

 そう告げて彼女は目を伏せた。


「狐、行燈(あんどん)を」

「えー、僕を手足みたいに使っていいのはお師匠様と御倉様だけなのに」

「お願いするわ」

「しょうがないなあ」


 金輝さんが腰を浮かせ、目が見えないというのにスタスタと部屋の中を横断して、一旦外に出て行く。


 そして彼が行燈を抱えて戻って来るまでも、それからも、真宵さんは身動ぎひとつせずに壺の前で静かに佇んでいた。


「はい、それじゃあ灯りをつけて、照明は消すよ」


 彼が「ふう」と口を尖らせて行燈に向かって息を吐くと、その中に金色の美しい炎が灯る。それと同時に彼の尻尾が一本動き、器用に部屋の照明を落とす。


 行燈の灯りのみで暗くなった部屋。

 その場の雰囲気に呑まれそうになっていると、金輝さんが俺の手を引いてきて、部屋の隅へと誘導される。俺も紅子さんの手を掴んで一緒に移動し、真宵さんの行いをただただ見守ることにした。


「わたくしができるのは、これだけ」



 ぽつり、蛇神様が言葉を紡ぐ。


 彼女は扇子を口に咥え、その右手を壺の上に(かざ)すと、スッと息を吐く。その音はまるで蛇の鳴くような「シュルル」といった掠れた音だった。


 目を伏せる真宵さんと、壺の上にある腕。

 その腕が握り拳から開かれる。


 気がつけば、行燈の灯りに照らされたその行動が、奥の壁に「影」となって映り込む。その影はまるで、壺を前にした蛇が口を開いているような光景。


 壺の中の藍色の炎がぼわりと燃え上がる。


 その様相は影にして見ると、まるで壺の中からなにかが這い出て来るようにも見えた。そうして真宵さんが、その白い手を炎ごと壺の中に押し入れる。


 影で見たそれは、まさに壺の中身を喰らおうと躍り出る蛇のような姿だった。


「……」


 彼女の腕を伝い、壺から藍色の炎が這い上がる。行き着く先は、彼女の口に咥えられた扇子である。

 扇子の端からしゅるり、しゅるりと藍色の炎が収束していき、その口の中に次々と消えて行く。

 本来ならば「祟り」を本人が回収しているだけだろうに、どうしてか真宵さんは少し眉を顰めているような気がした。


 真宵さんがその目蓋を押し上げ、伏せていた瞳を覗かせる。

 横顔だけでも蛇そのものの瞳であることが分かるほど、恐ろしく妖艶で、そして神様らしい冷たい美貌であった。


 壺から這い上がって来る炎がなくなる頃、優雅な所作で壺に翳していない左手を口元にやり、彼女が扇子を手に持って抜き取る。


 カチン。


 静かな場に、真宵さんが鋭い歯を噛み合わせる音が柏手(かしわで)のように響いた。


 そして、嚥下(えんげ)

 ごくりと、その白くあらわにされている喉元が動く。

 ペロリと(なまめ)かしく口元をなぞる舌は二つに分かれており、その仕草の際にはほんの少しだけチロチロと藍色の炎が漏れ出ていた。


 しかし、それも全て彼女の口の中に(しま)われる。そう、()()()()


「ご馳走様ですわ」


 そのほんの一瞬だけ、彼女の姿が仄かな藍色に光ったような気がした。


「終わった?」

「ええ」


 呑気な金輝さんの声と、静かな真宵さんの言葉。

 その二人の会話に、隣にいる紅子さんが詰めていた息をようやく吐き出せると言わんばかりに「ほう」と溜め息を吐いた。


「今の、は」


 絞り出すような声を出すと、真宵さんがこちらを向く。

 まだ蛇の瞳孔のままだったので短く悲鳴をあげると、「あら、ごめんなさい」と言って妖艶な美女の瞳へとすぐさま戻った。怯えてしまって非常に申し訳ない。


「壺の中にいたものは、〝呪い〟なのです。それも蛇の呪い。ですから、わたくしがすっかりと全て取り込みました」


 淡々と告げられる事実に唖然とする。いや、そんなに簡単に言われても。


「その恨み、辛み……この子が(もたら)すその全ての〝祟り〟を、祟り神として喰い尽くし、そして取り込んだにすぎません。通常最後の蠱毒を喰らえば蠱毒は継承されますが、わたくしはその手の頂点……神様、ですから」


 蠱毒……は知らないが、なんとなく意味は分かる。

 しかし、真宵さんが一匹の蛇の末路に対して思うところがあったのだろうことは、その表情から窺い知ることができた。


「……壺にはもうなにもいませんわよ」


 彼女に言われて覗いて見ると、確かに壺の中にはもうなにも残って……あれ? 


「真宵さん、なんか底のほうに書かれてるものが……」

「あら、やっぱりあるのね」


 やっぱり? なにか書かれていることが、事前に彼女は分かっていたのか? 


「だって、コレクターは自己顕示欲の塊ですもの。その〝品物〟には製作元の名前が刻まれていて然るべきものでしょう」


 その話に、俺は言葉を失うしかなかった。


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