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稲荷の側仕え

「お師匠さまー、離れをお借りしますよ」

「……コレクター関連か、仕方ない。許そう。しかし、本殿にそれを近づけるなよ。御倉みくら様はお優しい。そのような姿になった植物を見たら、豊穣神としてその御心を痛めるだろう。いいな?」

「はい、分かっていますよ」


 金色狐の金輝さんと、白狐の豊国さんのやりとりを見守る。

 豊国さんは「宇受迦うつか」と名乗っていたし、神中村で出会った春国さんの父親……だろうか。確か、狐と椿の精霊のあいの子だって言っていたよな。名前も似ているし、多分親子なのだろう。


 春国さんや銀狐の銀魏さんの姿が見えないのは、どこかへ出かけているのだろうか? 


「それじゃあ許可も出たし、こっちだよー」


 神社内は不思議と葉が一枚も落ちていない。

 土を踏み締めるように前を行く金色の彼の案内で、そんな景色の中を歩いた。


「ウカノミタマノカミは豊穣神ですわ。この神社の中では、どのような植物も時期に関わらず生い茂り、咲き誇ると言いますわね。そして決して枯れることはない、と。感じないかしら? この領域では、ウカノミタマノカミの神力が満ち満ちているの。その神力が植物を元気にしているのですよ」


 いや、感じろと言われても……。アニメや漫画みたいに、そう簡単に気配とか力とか力とかが物理的に感じられるようになったら苦労しないってば。

 若干の理不尽にそう言いそうになるが、自制する。


 人間が生きている限り少なからず持っている霊力、怪異が持つ妖力。それと同じように神様しか持っていないのが神力……だろうか。

 ちなみに例外は魔力である。これは精神力をそのまま表すので、どんな生物も必ず漏れることなく持っているものらしい。それに気づいて使えるかどうかはまた別ということだが。


「……」


 うん、分からない。幻想的な神社だなあ、くらいしか感想が出てこないぞ。


「ところで、金輝さん。アタシは九尾の狐くらいしか知らないんだけど、さっきの……豊国さん? は、十八って言っていたよね。あれってどういうことなのかな?」

「ああ、お師匠様の言葉かい? 正確には九以上には増えないんだよね。見た目には、ってつくけれども」


 金輝さんが案内してくれた離れに入り、そのまま和室に通されたのでそこに座る。離れといってもかなり大きい。拝殿や本殿のすぐそばではなかったが、神社の敷地内にあったのでもしかしたら金輝さん達の住居スペースなのかもしれない。


「見た目には?」

「そ、見た目には。まず、狐は善行か悪行を積んでいくと一本ずつ尻尾が増えていくんだけれどねえ。その上限が九本なんだよ。で、それ以降もずっと〝やるべきこと〟をやっていれば、力はつくんだけれど……今度は一本ずつ尻尾が減っていくんだね」


 金輝さんの説明に目を丸くする。せっかく増えたのに、減っちゃうのか。


「減っていくっていうとアレだけど、うーん、なんていうか……尻尾がより強い力を持って霊体化するんだよ。だから、目には見えない。けれど、確かに強くなっていくんだねー。そうして九本全てが霊体化したのがお師匠様。神の領域にまで達した〝空狐〟って言うんだよ」

「空狐……」


 電波は、通るな。さらっと狐について調べてみる。

 まず、狐には二種類ある。人には害をなさない善狐(ぜんこ)と、人に害をなす野狐(やこ)だ。神社の狐なので金輝さんや豊国さんは善狐だな。


 それで、狐にも階級があると。

 千年程度で九尾にはなるようだが、野狐からなる妖狐は階級の一定より上にはいけないとかなんとか。


 下から阿紫霊狐(あしれいこ)地狐(ちこ)気狐(きこ)または仙狐(せんこ)、空狐、天狐だ。


 空狐は三千年以上生き、神社に仕えていたものが引退したものであり、(くらい)としては神に仕える天狐が上だが、その力は空狐のほうが上である……って結果が出たわけだが。どう見てもさっきの豊国さんは現役だったよな。


「お師匠様は神使としてはもう引退しておられるよ。ただ、御倉様の側仕えをずっと続けているだけで、神使のお役目は僕らに譲ってくれているんだよね」

「尻尾が九本出ていたのは?」

「霊体化している尻尾を顕現させているだけさ。省エネモードだよ」

「なんて?」

「省エネモード」


 いきなり俗っぽい言葉が出てきて思わず聞き返してしまった。


「尻尾を全部霊体にしていると空狐相応の威圧感が出ちゃうから、自分の力を抑えて九尾程度に見えるようにしているだけだよ。お師匠様が空狐だって知らなかったら、勘違いするくらいには自然な力の落とし方なんだよねえ」

「なるほど気遣い」


 嬉しいといえば嬉しいが、ちょっと尻尾のない姿も見てみたかったな。


「それじゃあ、金輝さんは五本尻尾だし……」


 あれ、どのへんの位なんだろう。


「僕自身は八百年くらい生きているからねえ、一応仙狐の端くれとは言えるかな? 弟は七百くらいだよ。まだ妖狐に片足入れてるから地狐だけどね」


 随分と若く見えるが、これで八百歳以上……か。人外って本当に年齢が分からないな。


「銀魏さんが妖狐って……確か本人も妖狐に堕ちかけているって言ってましたけど、それはどういう?」


 確か、神中村で出会ったときに言っていたはずだ。


 ―― 「オレは銀狐の銀魏(ぎんぎ)。妖狐に堕ちかけてはいるが、一応これでも稲荷神様の神使だ。そして、こいつ……主のお守りもしている」


 そう、あのときの自己紹介でそう言っていたのを思い出す。


「僕らはね、元々はただの野狐でねえ。善狐になるためにこっそりと人の手助けをしたりして、二匹で旅してたんだ。そのときに、ほら、銀狐って珍しいだろう? 毛皮が狙われちゃってね……銀魏を庇って僕がこうして……」


 金輝さんが自分自身の、包帯に覆われた目に触れた。

 つまり、庇った際に視力を失うような大怪我を負った……ということだろうか。


「銃で撃たれて、僕が怪我をしたんだ。弟がそれに怒って、〝逆上〟した。ううん、激情に身を任せた……のほうが分かりやすいかもね。善狐になるためには、やってはいけない戒めがあるんだ。それを破って、僕を害した人間を噛み殺しちゃったんだ」

「……なるほど」


 殺人をすれば神様の遣いから遠ざかるのは当然のことだろうな。


「二つの悪行を犯した銀魏は、その場で人を殺して魂も食い殺しちゃったんだよね。だから、瘴気(しょうき)っていう、周りを(けが)す気を纏った妖狐になっちゃったんだ。触れると善狐に成り掛けだった僕を傷つけるような、そんな気を纏っちゃってたんだよねえ」


 凄惨な話が語られているというのに、とうの本人が呑気に喋っているものだから、不思議と暗い気持ちにはならない。銀魏さんが今も春国さんにくっついて生きていることが分かっているからこそ、なのかもしれないが。


「僕の怪我を治すために銀魏は、この神社までやってきた。でも、お師匠様は顔を顰めて妖狐になった銀魏に『なにをしに来たんだ』と言った。あの子は僕の怪我をどうにかできればそれでいいって言ったけれどね、僕が一緒じゃないと嫌だって我儘を言ったんだ。その結果、お師匠様が折れて銀魏は妖狐から善狐に戻るために、人を殺した穢れなんかを浄化しながら修行中ってわけ」


 それで未だに修行中か。人殺しをしてしまった分、罪が重かったんだろうな……恐らく。


「まったく、九尾になるのも、天狐を目指すのも〝成すべきこと〟があるから大変なんだよねえ。ひとつでも罪を犯すと銀魏みたいにすっごく大変だし」

「真宵さん、もう少し話を聴いていてもいいかな?」

「わっ、そうだ、ごめんなさい」

「構いませんわ。こちらのことに興味を持ってくださるのは、こちらとしても嬉しいことですもの」


 紅子さんのお伺いでやっと真宵さんを放置していたことに気がついた。

 慌てて謝罪するが、にこにことしながら金輝さんが用意したお茶を飲んでいる。静観モードだ。


「えーと、まだ僕に聞きたいことがあるのかな?」

「うん、さっきから言ってる〝成すべきこと〟ってなにかなって」

「あ、それかあ。それじゃあそのお話をしたら、僕ら(きつね)のお話はお終いってことにしようね。お仕事の話もしなくちゃ」

「うん、よろしくお願いするよ」


 本当は葛の葉ヒュドラの入っている壺の話をするべきなんだろうが、いつもは俺を急かす側の紅子さんが興味津々だ。これは、もう少し付き合ってあげたいところだな。真宵さんもああ言ってくれているし、狐の成すべきことってやつだけ聞くことにしよう。


「僕ら善狐が成すべきことっていうのは、『狐の九善(くぜん)九業(くぎょう)』って言うんだ」


 そうして、あともうしばらく話を聞くことになったのであった。

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