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灯籠の金、萌ゆる銀の木々、そして月影の白

 石段を一段ずつ登っていく。長い長いそれを登るにも関わらず、不思議と疲労感には襲われなかった。


 一度は来たことのある場所だ。

 一度……去年の夏、あやかし夜市にはじめて訪れたときに「椿の酒」を持って帰るように神内から言いつけられていた。あのときだ。

 椿の酒はこの神社で配られていたものなのである。


 思い起こすと、昨日のことのように鮮やかな光景が脳裏に浮かぶ。

 美しい神社だった。あやかし達の跋扈(ばっこ)する場所にあるとは思えないほど、美しい景色だった。


 石段を登るごとに思い出しながら、胸の内でワクワクを覚える。

 先頭を慣れたように金輝さんが行き、その後ろを俺と紅子さんが歩く。そして真宵さんは、まるで俺達を見守るように最後尾で階段を上がってきていた。


 金輝さんが歩くたび、石段の両脇にある石灯籠がぼんやりと白金の光を灯す。

 横目にそれを見れば、石灯籠の中に灯っている炎が狐火のようにゆらゆらと揺れているのが確認できた。

 金輝さんの尻尾は再び見えなくなっているが、もしかしたら見えないだけで石段を登りながら灯りを点けて行っているのかもしれない。

 もしくは、彼が通るだけで白金の狐火が灯るようになっているのか。


 ぼわり、ぼわり、と道標のように狐火が揺れる。

 そして鳥居のある頂上まで登り切れば、その鳥居の両端に金と銀、それぞれの狐火が灯り、真ん中に一際大きく聖火のように燃え立つ真っ白な炎が上がる。


 鳥居全体が白い炎で細く細く覆われていて、まるで朱色の鳥居が光り輝いているようにすら見えた。

 あやかし夜市の宵闇を照らす、白く輝く朱色の鳥居……その真ん中にある額のようなものに入っている名前は『稲荷大神』である。


「君達なら大丈夫だと思うけど、真ん中は御倉(みくら)様の通る道だから、端っこを通ってくれるかい?」


 神社のマナーだな。俺達も一応知っていたから、石段を登っているときから端を通っていた。このまま鳥居の端を通ればいいだけだ。


 金輝さんは目を包帯で完全に覆っているのに、まるでこちらが見えているように振り返ると「お疲れ様」と声をかけてきた。


 それから手のひらを上に向け、鳥居の向こうを指し示すようにすると、その口元を緩めた。


「ようこそ、豊穣神社へ」


 ぶわりと、風が吹き抜ける。

 隣にいる紅子さんのポニーテールが風になびいてふわりと舞い上がった。


 奥にある拝殿は、遠目から見ても派手ではなく、しかし美しい装飾がなされている。

 稲穂の揺れるような金色の飾りに、朱漆(しゅうるし)塗りの柱。周りにある木々も、どこか神聖な雰囲気で、不思議なことにその影が銀色に見えた。


 鳥居から少し入った場所の右手に手水舎(ちょうずしゃ)があり、奥に目をやれば本来狛犬があるべき場所にそれぞれ巻物と玉を持った狐の石像が置かれている。稲荷神は狐を神の遣いにしているというし、狛犬は合わないのだろう。


 参道の端を歩いて拝殿まで辿り着けば、そこには大きな賽銭箱と、鈴。通常の神社にあるものは全て揃っているようだった。


 その後ろは本殿に繋がっているようだが、この神社に住まう神様は現れない……とナチュラルに神様に会えることを前提にしていたが、普通は会えるわけないんだよな。俺もいつのまにか常識が日常とズレてきていたみたいだ。


 金輝さんは「ご挨拶だけして行ってくれれば問題ないよ」と言って手水舎で手を洗ってからスタスタと参道を歩いて行ってしまった。


「紅子さん、手順覚えてるか?」

「えっと……」


 細かいことは覚えていないようだ。

 若干焦りながら、ひとまず二人で手水舎まで歩く。


「わっ、すごいよお兄さん。ほら、これ!」

「椿……だな」


 珍しく紅子さんがはしゃいで俺の袖を引っ張る。

 まあ無理もない。俺もその光景には息を飲んで「綺麗」だと思ったからだ。


 手水舎の水面には、たくさんの椿の花が浮かべられていたからである。ほんの少しだけ枯れている部分もあるにはあるが、どれも美しく、たまにネットで見かける「紫陽花が浮かべられた手水舎」を思い出した。

 きっとあんな感じの試みなんだろう。

 俺でさえ、風流だとか、雅やかだなあなんて感想を抱くくらい、その光景は美しかった。


「お二人とも、手洗いの順は分かるかしら?」


 扇子で口元を隠しながら、真宵さんが尋ねてくる。

 そうだった、覚えていない。どうしよう? 


「わたくしは他所の神ですから、この場で術で身を清めてしまいます。お二人は今から言う手順を実行してくださいな」

「あ、ありがとうございます!」


 そうして真宵さんの指示の元手洗いを済ませていくことにした。


 まず右手に柄杓を持って、左手に水をかける。

 次に柄杓を左手に持ち替えて同様に右手を清める。

 それから、また右手に柄杓を持ち替えて、左手をお椀の形にして水を溜め口を(ゆす)ぐ。


 真宵さんによると、現代の手水舎ではこの左手に溜めた水は唇をつけるだけでいいところもあるそうだ。衛生面的に。

 ただし、この鏡界においては常に清浄な水が手水舎の中に溜めてあるらしいので、本来の通りに俺達は口を濯いだ。


 最後に、柄杓を両手で持って水をすくい、そのまま立てるようにして手で持った部分を洗い流す。そして柄杓を元の位置に戻せば完了である。


 椿の浮かぶ美しい手水舎で二人して手を清め、いよいよ参道を通って拝殿へ。

 そこで待っていた金輝さんが「それじゃあ、ご挨拶だけするんだよ」と優しく言う。


 これはさすがに知っている。『二拝二拍手一拝』ってやつだ。


「えっと、お賽銭……」

「あ、待ってくれ。確か細かいのが」


 紅子さんも財布を探り出したが、俺は財布の小銭入れがぱんぱんになっていることを思い出して、そこから五円玉を二枚取り出す。


「使ってくれ。どうせ自販機じゃ使わないし」

「いいの?」

「こんくらいならいいだろ」

「うん、じゃあお言葉に甘えようかな」


 ちょっとワタワタしながら賽銭を用意し、紅子さんに五円玉を一枚握らせてから俺が前に出る。


 まずは一礼。それから賽銭を投げて、ガラガラと鈴を鳴らした。

 そして一歩下がって今度は二回礼をし、二回手を打ち鳴らす。手を合わせたまま目を閉じ、心の中で「俺は下土井令一と申します。本日はご挨拶に伺いました」と念じる。


 ええと、あと言わなくちゃいけないことは……「これからこの神社の中で、皆でお話をさせてもらうことになります。お邪魔してしまいますが、えーっと」


「ちょっとお兄さん、なに悩んでるのかな?」

「ご挨拶っても、なに言っていいのかいまいち……」

「シンプルで大丈夫だよ? 肩の力抜いてリラックスしちゃってよ」


 近くから金輝さんの声が聞こえた。

 うーん、シンプル……「えっと、よろしくお願いします」と。


 目を開けて、最後に一礼。

 紅子さんに交代すると、彼女は数分とかからずにテキパキと参拝を終えた。

 俺が悩みすぎただけか。


「それじゃあ、本殿はお師匠様が仕事してるかもしれないし、離れに行こうか」


 そう、金輝さんが言ったときだった。

 拝殿の裏……つまり本殿のほうから足音が聞こえてきたのは。


「不浄の気配がすると思えば……貴様か、夜刀神」

「あら、わたくしも神様ですのよ」


 そこにいたのは、白――だった。


 白い短髪に、神社の神主のような装束を着ていた。白袴には白金の稲穂の紋様が入っていて、見るからに身分の高い者だということが分かる。

 なによりも、その背後に揺れる真っ白な尻尾が九本。頭の天辺にはピンと立った白い狐の耳。


 平たく言うと、それは真っ白な九尾の狐だった。


「客人か。幽霊の客まであるとは、貴様。連絡をしろとあれほど言っただろう」

「ごめんなさい、緊急依頼が入っちゃって連絡しそびれちゃったの」


 いやいや、あんた屋台で遊び呆けてただけじゃないか。

 そんなツッコミはグッと押さえて二人の邪魔をしないようにする。絶対あの九尾は偉いヒトだし、真宵さんは仮にも神様だし……。


「九尾の狐……」


 しかし、紅子さんが思わずといった風に呟いた言葉に、白い狐の視線がこちらに向けられる。

 そしてすぐそばにいた金輝さんがくすくすと笑って否定した。


「違うよ、お師匠様は九尾の狐じゃないんだー」

(しか)り」


 そして居住まいを正した白い狐が威厳たっぷりに告げる。


「俺こそは十八(・・)の尾を蓄えし神霊、空狐(くうこ)。そして、宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)様より二つの字を授かった、名誉ある第一の神使『宇受迦(うつかの)豊国(とよくに)』である!」


 月影に白く輝くその(ヒト)は、まさに神にも届きそうな姿だった。


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