表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
131/225

事件の後始末

「しかし……」


 相棒達が満足するまで撫で回し、落ち着いたあたりで周囲を見回した。

 幸い誰も通りがかる人はいなかったため、後処理に関しては特に問題なく済むだろう。襲われていた女性は発狂したせいで記憶が混濁しているだろうし、蛇神の藍色の炎も、リンと俺の決意の炎も、敵と認識しているもの以外には危害を加えない。葛の葉ヒュドラの不死身の芽以外を燃やし尽くした後は、速やかに鎮火するだろう。後少しだ。


 けれど、そうして僅かな炎ばかりが残った状況で改めて周囲を見ると、その酷さが浮き彫りになって見えた。


「ひどいな……」


 思わず声に出る。

 未だチラチラと燃える明るい二色の炎で彩られた常緑樹は、クリスマスのイルミネーションのように美しい。巻きついたツタがずっと燃えているからだ。だがやはり、ツタだけを燃やしていて常緑樹に炎が燃え移ることはない。


 これもやがて鎮火するだろうが……


 俺は常緑樹を見上げる。その枝の一部にはまだ「食いかけ」と思われる、辛うじて人の形をした大小のなにかが二つ、ぶら下がっていた。

 ペンタチコロオヤシというカラスの妖怪が見せてくれた、松明の炎の中に見た親子の変わり果てた姿なのだろう。


 小さな葛の葉の口に何度も何度も啄まれたように、その体は人の形よりもずっとほっそりとして、いくつもいくつも大事な部分が欠けていた。

 特に腹だったろう部分は大幅に欠けている。そんな気が狂いそうな光景に、俺は俯いた。


 可哀想というよりも、惨さのほうが目立ってしまって、なんとも言えない気持ちになる。


「あとは、壺を持ち帰ればいいんだったね」


 どうしてそこまで冷静になれるのだろうかと、俺は紅子さんを見遣る。

 が、彼女もひどく悔しそうな、悲しそうな表情をしていることに気がついてしまった。


「弔ってやりたいが」

「……無念を持った遺体の前で知り合い以外が悲しんだりしたらだめだよ、取り憑かれるから」

「紅子さんこそ、悲しそうな顔してるじゃないか」

「……うん」


 しばらく樹上の遺体を見ていた彼女は目線を落とし、未だ中心が燃え続ける壺を拾い上げた。


「大丈夫なのか?」

「壺自体にはなんにもないと思うよ。それにほら」


 彼女が壺を持ち直し、こちらに口を向けてくる。

 そこには、藍色の炎で包まれた植物の芽と、その中心にはめ込まれるように小さな目玉が収まり、ギョロリとこちらを睨みつけていた。


「生きてる」

「うん、でも、もう手出しはできないよ」

「分かってはいるけれど、不気味だなあ」


 祟りの炎は相手が潰えるまで消えることはない。

 つまり相手が不死身であれば燃やし続け、封印することができるということだ。本当に頼もしい仲間が増えたな。紅子さんもさっきの戦いを見る限り、既に連携は充分なようだし。


「そろそろ、鏡界に帰らないと……」


 そう言っていたときだった。


 道路に紫色の火花が散る。


「なんだ!?」


 慌てて紅子さんの手を取って下がり、リンにお願いして赤竜刀を構える。紅子さんも突然のことで驚いていたが、しっかりと片手で壺を抱えたまま俺の後ろに下がった。


「もしかしてこの壺を回収しに来たなにかとか……紅子さんはそれを守ってくれ」

「え、うん。でもお兄さん、多分あれ……」


 なにがあってもいいようにその火花が散った場所を見つめる。

 すると、火花は中心に向かって星の形……五芒星の模様を描きながら移動していった。しかし、それになんとなく違和感を覚えて口に出す。


「五芒星……だけど、逆さま?」

「逆さまの五芒星はね、お兄さん。悪魔の象徴なんだよ」


 なぜか落ち着き払った紅子さんに、俺はますます警戒の色を上げた。

 悪魔。出会ったことはまだないはずだ。どんな恐ろしい奴が出てくるのか――。


「はあー」


 盛大な溜め息を吐き、どこかやる気がなさそうに表情が憂いを帯びている。

 耳のように跳ねた紫色の髪。世の中の男の子が一度は憧れるようなロングコート。その中に着た迷彩柄のシャツ。瞳は獰猛な獣のそれ。


「なんで俺様なんだよぉ」


 そこに立っていたのは、ケルヴェアートさんそのヒトだった。


「へ?」


 思わず素っ頓狂な声を上げると、紅子さんが背後でくすりと笑う音がする。

 あ、そういえばケルベロスって『暴食の悪魔』としても数えられるんだったっけ……? すっかりと忘れてしまっていた。


「え、紅子さん知ってた?」

「うん、知ってたよ。同盟のお仕事関係で、死者が出ている事件の後始末には彼らが来るんだ。本当は中立なんだけど、死者を送るついでにこっちの手伝いもしてくれてるんだって」


 毎回紫色の逆さ五芒星で訪問してくるから、紅子さん達同盟の仕事を多数こなしているヒトには当たり前の光景だったらしい。だからこそ新鮮で面白かったとかなんとか……言ってくれよ! 一人で警戒して馬鹿みたいだろ! 


「だって、ねえ?」

「紅子さん……」


 また、俺はからかわれていたらしい。


「あー、お前らいたんだな。さっき俺様が出てきたときのことは忘れろ」


 つかつかと歩み寄ってきたケルヴェアートさんが俺の肩を掴む。

 さっきって、もしかして「なんで俺様なんだよぉ」って言ってたアレか? なんでだ。


「忘れろ、いいな?」


 ミシミシと肩に段々と力が入っていく。

 俺は首振り人形のようにただ黙って頷くことしかできなかった。


「んな、情けねーもん見られたとあっちゃあなあ……いや、そんな恥晒してねーぞ。いいな?」

「はい」


 圧力がすごい。


「んじゃ、俺様はアレを回収していく。お前らも緊急依頼ご苦労だったな。俺様は中立だからあんま会うことはねーが、まあなんだ……頑張れよ」


 そう言って俺を一瞥(いちべつ)してから、ケルヴェアートさんは樹上の遺体を下ろし始めた。常緑樹の下に立って、一度、二度、と木の幹を蹴って駆け上がり、遺体を抱えて戻ってくる。

 あれ、日本人の遺体なのにケルベロスが回収しに来るのはなんでだ……? 

 そんなちょっとした疑問を言うことすら(はばか)られて、ケルヴェアートさんの行動を見守る。


「ありがとう、アートさん」

「あー、閻魔のお使いもハデス様の派遣のうちだ。問題ねーよ。それと、安心しろ。こいつらは地獄に連れて行くわけじゃねぇ。三途にある裁定の為の待機所に突っ込んでくるだけだ。あとは自力で閻魔のとこまで行く必要があるからな」


 その言葉に少なからずほっとする。この人達が即地獄行きなんかになっていたら、さすがに無念だろう。あんな化け物に命を散らされてしまったのだから。


 だが、またもや気になる言葉があった。『閻魔のお使いもハデス様の派遣のうち』とは一体……? なんだか苦々しそうな口調だったので、やはり本人。本狼? に言うのは躊躇われた。


 ……後で真宵さんに訊こう。


「っと、胸糞悪いモン持ってるな」


 アートさんの視線が自然と紅子さんの持っている壺に注がれる。

 その顔は唾棄(だき)するべきものを見たような、汚いものを見るような目だった。


「俺様の兄弟のモドキを作ろうとは、なかなかコレクター共も気に触るようなことしてくるじゃねーか」


 あれ、ヒュドラってケルベロスと兄弟だったか? 

 さすがにそこまでは覚えていない。ギリシア神話って兄弟関係が膨大すぎてそんなに詳しく覚えられないんだよ。


「え、ていうか……コレクター?」

「あん? ああ、気づいてねーのか。お前らは夜刀神に言われてここに来たんだろ? 俺様はまだ『お仕事中』だ。そっちに訊くんだな」

「あ、はい」


 そう言ってアートさんは俺達に向かい手をひらりと振ると、地面に焼き付くように再び現れた逆さ五芒星の中心に沈んで行く。


「それじゃあな、頑張れよお二人さん」


 激励の言葉に「ありがとうございます!」と言いながら手を振れば、もう一度手を振り直して、今度は親指を立てるサムズアップをしながらニッと笑った。


 あの、でもその状態で地面に沈んでいかれると……溶鉱炉に沈んで行くどっかの映像を思い出すから……と思いつつ複雑な気持ちで消えていったアートさんを見送る。


 それから俺達は、どちらともなく苦い表情のまま顔を見合わせた。


「帰るか」

「うん」


 近くにあるサイドミラーを見上げる。

 あそこから出入りできるはずだ。そう思ってリンに案内を願うと、するとそこはすぐさま連理の道へと繋がった。


 あとはリンの案内に従いながら、元の場所に繋がる道を行くだけである。

 そうして俺達は一仕事終え、再びあやかし夜市を目指すのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ