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葛の葉ヒュドラ

「はあ!」


 気合いを入れて一閃。

 束になって襲い来る植物のツタ部分を斬り払っていくが、やはりすぐにニョキニョキと再生してしまう。

 一本のツタから二本の芽が出て伸びていき、最終的には斬り払った分だけ枝分かれして増えていく始末だ。


「にゃあん」


     「にゃあん」


「にゃあん」


 うるさい鳴き声に気を取られそうになるが、前方に集中。

 背中合わせに紅子さんと対処をする。


「やっぱり傷口を焼かないとダメか?」

「だろうねぇ。それでも再生されるってことは……ないはずだけれど」


 先程からの挙動を見る限り、斬ったあとの傷口を赤熱した赤竜刀で撫でれば、焼きついてそれ以上芽が増えることはなかった。

 だから対処法はこれで合っているはずなのである。


 葛が伸びているのは、真宵さんが回収して来いと言っていた壺だ。根元の方は十ほどの蔦が伸びるばかりだが、葛の葉自身が己のツタを噛み切って首をどんどん増やしていくのと、俺が最初の方で斬りまくってしまったことのせいで目の前の緑の群れは大量である。

 正直引くくらいの緑の海だ。


 葛の葉の口元……という意味の分からないものから覗く舌のような器官の先が蛇のように割れているのは確認済みだ。

 蛇と植物を掛け合わせたようなその怪物に……「名前の分からないもの」に俺は「名前を当てはめてみる」ことにした。


「なあ、紅子さん。前に言ってたよな。『名前』は怪異を強くすることもあれば、弱くすることもあるって」

「言ったね。名前がないからこそ、『分からない』からこそ、『正体不明』だからこそ力が強くなることもあるよ。『名前を定義付ける』っていうのは、その怪異にとっての方向性を決めることに他ならない」


 ――アタシが、一人の人間として、赤座紅子としてではなく、『赤いちゃんちゃんこ』としてでしか動けないのと同じように。


「そうか」

「もし、アレを正体不明の怪植物としてではなく、なにかに当てはめるのなら……ちゃんと性質が似てるものじゃないと失敗するよ」

「分かってる」


 単なる思いつき。

 神中村で決意の炎を宿したあのときと同じ『できる』という感覚。

 それに従ってあの呼び声を上げ続ける植物の怪異を定義付けることにした。


「これって、名付けには含まれないよな?」

「もちろん、名付けと定義付けは違うよ」

「それを聞いて安心した」


 あんなのがペットになったら嫌だからな。


 引き続き背中合わせに赤熱する赤竜刀で斬り払い、傷口を焼き、それ以上「頭」が増えるのを防いだ。紅子さんも同様に「意地」を宿した藍色の炎で斬り裂いた後傷口を焼いていく。


 俺は、紅子さんが女性を避難させている間にこいつらの特性をなんとなく推測していた。

 見た目こそただの蔦植物だが、蛇のように口があること、舌があること、蔦を首のように見立てていると……とある怪物をまず思い浮かべた。


 八岐大蛇(ヤマタノオロチ)だ。


 しかしそれにしては首の数が多くて、おまけに首は斬っても斬っても再生する。どころか切れた箇所から二本の芽が出て成長していく場面もあった。

 八岐大蛇は酒に酔わせて首を斬って退治された大蛇だが、再生能力なんてものは確かなかったはずである。


 そこで次に思いついたのは、まあ、なんというかフィクションの王様ギドラだったわけだけど。それから首が沢山ある怪物を順に脳内検索していって思い出したのは「ヒュドラ」だ。


 あいつ……神内(ニャル)を調べる際にいくつか有名な神話なんかを調べていたことがあるのだが、今回はその記憶が役に立ったと言えるだろう。


 ヒュドラは、ギリシア神話に登場する九つから百に渡るまで首があると言われている毒蛇の怪物である。ヘラクレスが行う十二の功業の一つで、こいつを倒すために戦ったが、首が傷口から二本生えてきて次々と増えていくため、かなりの苦戦を強いられたというやつだ。

 最終的にヘラクレスは他人の力を借りて潰した後の首を焼いてもらっていたため、この功業は達成を認められなかった。故に最終的に達成されたのは十の功業のみなのだそうだ。

 おまけの話だが、このヒュドラは現在のうみへび座になっているらしい。


 神話の中のヒュドラは真ん中に一本だけ不死身の首があり、そいつ以外はいくら斬っても再生するという話だな。そして決して癒えない毒を持つらしい。


 少し危険かもしれない。

 しかし、今のこいつを……名無しの怪異であるこの怪植物を表す『定義付け』をするなら、これしかない。今のままじゃあ焼いて対処ができても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。

 その点、ヒュドラならば対処法が分かっていて、神話の中で倒されていることが確定している。


 そんな存在に定義付けをしたならば――俺達が神話を再現し、アレを倒せるのもまた自明の理だろう。


「紅子さん、あれはヒュドラを模した蛇の怪異だ。毒があるかもしれないが、傷口を焼きながら真ん中にある首をなんとかすれば『絶対に倒せる』ぞ!」


 言葉に力を込めるように叫んだ。

 言い聞かせるように。あれはヒュドラモドキだ。だから『倒せないわけがない』と。


 途端に、空気が変わった。

 舞台装置は整えた。あとは俺達が英雄を演じて、『絶対に倒せる』という事象になぞらえて動くだけ。


 最初に動いたのは、紅子さんだった。


「着せましょうか、着せましょうか……」


 いつもの口上を呟きながら紅子さんがガラス片を滑らせる。

 斬れ味のいいそれでスパッと切れたツタに、一瞬の間をおいて藍色の炎が吹き上がり焼き続けるように消えずに残る。

 俺が赤熱した赤竜刀を振るえばツタの根元のほうから広範囲を斬り裂き、傷口の表面が薔薇色の炎で燃え上がった。


 次々と二人で背中合わせになるようにして周囲の植物を無力化していくと、後に残った薔薇色と藍色の炎が夕暮れの中火の玉のようにゆらゆらと辺りを明るくしていく。


 夕暮れから夕闇へ。

 橙色の美しい空から藍色の空の、「宵」の時間がやってくる。


 藍色の暗い炎と薔薇色の明るい炎は俺達の殺陣(タテ)を飾り付けるイルミネーションのように、消して消えることなく道を照らし出し、俺の目にも暗闇がはっきりと見渡すことができるようになっている。

 お互いの背後はなんとかなんとかなるが、四方八方から迫りくる植物の猛攻は止まない。リンも赤竜刀から抜け出てドラゴンの姿に顕現し、薔薇色の炎を吐いて対処しているが、元凶であろう壺のほうからどんどんと植物が溢れ出てくる。

 恐らくあそこに核のようなものが……たとえば本物のヒュドラと同じように不死身の首があるのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……よし」


 紅子さんが壺のほうへと向く。

 それからすぐにその姿が宵闇の中に溶けて消え――。


「ここだよねぇ!」


 次の瞬間には、壺のすぐそばに彼女は転移していた。

 鏡界移動だ。しかし、これで三回目。もう彼女は緊急回避にも移動を使えない。


 植物が溢れ出る壺を足払いで宙に打ち上げる。

 壺の口は大量の植物で埋まっており、浮かんだのはごく僅か。しかし根っこの部分を攻撃された植物が驚いたのかほんの少しだけ動きを止めた。


 そして、彼女は呼んだ。


「お兄さん! 斬り払って!」

「ああ!」


 反射的に体は動いた。

 まとまって紅子さんに向かおうとする植物達をまとめてぶった斬り、躍り出るようにその中心に分け入る。


「えっと、八千さま!」


 そして、次に自らに寄り添う蛇の名を彼女が呼ぶ。


 ――シュルルル。


 紅子さんの肩にいた八千が応えるように声を出し、腕の先に滑るように移動してガラス片に絡みつく。


 壺は大半の植物が斬られたことにより、反撃に出ようとするものが少なくなった。さらに、先の方が切れているために壺の口の中がいくらか見えやすくなっている……故に、彼女がやることは一つ。


「ここかな!?」


 言って、紅子さんが腕を振り抜く。ガラス片には小さな小さな夜刀神が取り憑き、空を切って壺の中心に吸い込まれていった。


 風を切り、ゆらゆらと揺れるその面布がほんの僅かだけど捲れ上がる。その瞳を見たのは、きっと壺の中心にいた不死身のツタだけだっただろう。

 けれどそれだけで充分。なぜなら……。


 ――夜刀神を見てしまった者は、血縁が絶えるまで祟られるからだ。


 にゃあん


 にゃあ


 にゃ


 ……


 壺の中心から燃え広がるように藍色の炎が広がっていく。

 見た者が完全に滅ぶまで決して消えることのない蛇神の炎。それがあっという間に植物全体に広がり、そして塵になるまで焼き尽くしていく。まだ時間はかかるだろうが、いずれ全て燃え尽きるだろう。


 ……後に残ったのは、葛の葉ヒュドラに寄生されていた常緑樹の姿と、その根本にある白い動物の骨。そして、中心に藍色の炎に包まれた小さな芽が存在する古めかしい壺だけであった。


「終わった、かな?」

「ああ、見事だったよ。すごいな紅子さん!」

「それ、ちゃんと褒めてる?」

「当たり前だろ。今回は、リンの〝浄化〟よりも八千の〝祟り〟のほうが効果的だったみたいだし」


 手放しで褒めたのだが、俺へ疑いの視線を向ける紅子さん。

 いや、そんなに捻くれなくてもいいじゃないか。格好良かったんだからいいだろ。


「八千さま、ありがとうございます」


 紅子さんがその頭を恐る恐る指の腹で撫でると、八千は舌をしゅるしゅると出しながら機嫌よさそうに自ら頭を押し付けた。


「きゅうい」

「ん? そっか、リンも頑張ったもんな」

「きゅうー」


 そんな光景を見たからか、リンは俺の肩に乗ったまま頬に頭をごつりとぶつけてきた。そんな訴えでようやく褒めてほしいんだなと気づくことができた俺も、リンの頭を腹の指でくすぐってやる。


「きゅう、きゅういー」

「……しゅー」


 その場で少しの間だけ、相棒達のご褒美タイムとなったのであった。

2019/10/22

前半部、大幅に加筆修正。

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