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八千代と共に歩む

「お兄さん、この世界で名前をつけるってことは相手を縛るってことになるんだよ。特に怪異とか、神様とか、そういう類にとってはね。前にも言ったよね?」


 ああ、聞いた。

 確か雨音の怪異のときも、ジェシュがアリシアと契約したときにも、そう言っていた。一生を共にする。その覚悟を持って名付けして契約をするのだとか。


 その重さを俺はよく分かっていなかったのかもしれない。紅子さんがこう言うってことは、軽率にリンに名前をつけたのはあんまりよくないことだったのかもしれないな。でも、あのときは咄嗟だったし、しょうがないと思うんだけど……言い訳だな。俺が迂闊すぎるんだ。


「さすがに真宵さんの分霊に名前をつけるのは畏れおおいんだよねぇ。お兄さんはアルフォードさんが喜んでたし、心の広いかただったから……」

「あら、構いませんわよ。あなたがどんな名前をつけるのか少し興味がありますもの。それに、あなたなら変なネーミングにはならないでしょうし」


 紅子さんの言葉の途中で真宵さんが提案した。

 これ、タイミング的にアルフォードさんへの対抗心的ななにかを感じるのだが、俺の気のせいか? 


「いいの……? その、アタシもそんなにネーミングとか得意じゃないんだけれど」

「いいのよ、紅子ちゃんならその子も喜ぶでしょう」


 思わぬところで許可が出てしまったため、紅子さんが難しい顔をしながら考え込む。当の分霊はそんな彼女の頬っぺたにすりすりと頭……というより額か。(ツノ)が当たりすぎてしまわないようにすり寄っている。多分名前を貰うのが楽しみなんだろう。多分。


 リンはデフォルメされた竜の姿だから表情が分かりやすいけれども、この蛇は面布もしているし、蛇だから鳴き声もあげない。結果的にどんなことを思っているのか分かりにくいんだが……意外とアクティブに紅子さんに触れているから好意はあるだろうな。



「えと、それじゃあ『やち』で……」

「やち?」


 真宵さんがきょとんとする。


「真宵さんが谷地(やち)を守護する……って言っていたところからだけれど、ちょっと変えて、長く一緒にいられるように八千(はっせん)と書いて『八千(やち)さま』って呼ぶことにしようかなって」


 俺よりもよほどしっかりとした名付けだな。

 そうして紅子さんが「八千さま」と蛇を読んだときだった。


「…………」


 宵護の扇子である蛇の姿が揺らぐ。

 そして、まずは面布に「八千」という紅色の文字が浮かび上がり、そして溶けるように消えていった。

 それに合わせて面布に描かれていた鳥居と目の模様が元の朱色よりも濃くなっていき、蛇の体に巻かれたしめ縄の色が通常の縄の色から、赤く、紅く染まっていく。


 ――それはまるで、紅子さんの影響を如実に表すような変化で。


 藍色の蛇が紅色を纏い、そして藍と紅が隣り合わせになる。


 ――それはまるで、彼女とずっと共にあろうとするような意思表示で。


 変化が止まってからは、八千は紅子さんの肩から腕に這い降りて喜ぶようにその腕に自身の蛇体を絡めた。


「八千……素敵なお名前をいただきましたわね。感謝いたしますわ、紅子ちゃん」

「えっ、でもこんなに単純でいいのかな? 喜んでくれるのは嬉しいんだけれど」


 紅子さんが困惑しながら訊くと、真宵さんは嬉々としてその言葉の「意味」について語り始めた。


「少し前に、私の苗字。縛縁(はくえん)から転じて八九縁(はくえん)の八は永遠の一歩手前。完全を表すことを言いましたわね?」


 あ、これは長くなるやつだなと察して聞きの態勢に入る。

 鈴里さんは横目でそんな俺を見てふっと笑った。読まれてる、読まれてるぞ。このヒト言い出したりしないだろうな? 


「しません」

「あら、どうしたの? しらべちゃん」

「いいえ、なにも」


 そこで俺を見た真宵さんに、慌てて首を振って否定した。

 変なことを考えてるわけじゃないので! 


「そう、まあいいわ。八は完全を表し、千は扇子の扇とかかっておりますし、千代に八千代に……長い間を共にしたいという願いがあります。そして千は古来では人という意味の文字に横棒を加えたものだったのですよ。この横棒をこの子……蛇に見立てると、千は『人と共にある蛇』という意味にもなるのです。故に、『八千』という名は『人と共にあるための、完全な姿の蛇』を表しますわ。ですからこの子はわたくし夜刀神から逸脱し、あなただけの小さな小さな守り神になったのです」


 説明を終えた真宵さんに、紅子さんは「アタシそこまで考えてたわけじゃ」と言いかけるが、真宵さん自身がその細い指を持って紅子さんの唇に触れ、言葉を封じる。


 突然指で口元を押さえられた紅子さんはなにか言いたげだったが、びっくりしたように、そして恥ずかしそうに視線を下げた。


「本来、分霊というものは本霊の力を写しとった同じ存在。けれど、名付けをされたことによって楔がかけられ、あなた達の霊力がその身に混じり、そして本来はありえない『個体差』というものが生まれるようになりますわ」


 思い返すのは、リンと蛇……今は八千か。この二匹が仲良くできていたことである。あのときはまだ八千の名前はつけられていなかったが、リンのほうに個体差があると思えばそれも納得できる。

 今も紅子さんの腕に巻きつきながら、ご機嫌そうに舌をしゅるしゅる出している八千がこの真宵さんと同一の存在というのはちょっと違う気がするし。


「名付けられた名前の影響や、名付けたときの状況による人の願いを通じて、分霊は成長の方向性が定められるのです。神様であるわたくしどもはこれ以上の成長はありえません。けれど、人の因子が混じった分霊は人の『成長する力』を得ることができるのですわ」

「アタシは幽霊なんだけれど……」


 自信がなさそうに紅子さんが言う。けれど真宵さんは間髪入れずに、彼女が落ち込まないようにと説明を重ねた。


「あなたは誰よりも、それこそ令一くんよりも人らしくあろうと努力しているでしょう。その心、その魂が『人』を形作るのですよ。その心が悪鬼や悪意に染まりきってしまえば『人』とは言えなくなるでしょう。そういうものですわ」


 ひと息ついて、真宵さんは神様らしい佇まいで凛と言葉を紡ぐ。


「その心こそが、『人』を『人』たらしめるのですから」


 微笑みを乗せ、少し前屈みになって紅子さんの頭を撫でる。

 その手は祟り神や邪神と思えないほどに、優しかった。


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