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状況をひっくり返せ!

「お兄さん、頼むよ」

「分かってるよ!」


 結界が解けていく。

 しゅるしゅると辺りが鮮明になり、岩肌を泳ぐ三角のヒレが真っ先に目に入ってくる。いくらか傷のついたその姿に若干の疑問が過ぎるが、その後の行動を見て納得した。

 サメは俺達が見えなくなっている間にシャコを襲いに行っていたみたいだ。岩肌から飛び出していったサメがシャコの殻に齧りつくが、滑ってそのまま反対側に飛び出し、岩肌に戻っていく。それの繰り返し。


 しかしそんなサメも結界が完全に解ければこちらに気がつく。

 なんせ俺は血塗れだ。奴の鮫肌に傷付けられた俺の顔は流血こそ治っているが、血の匂いは誤魔化しきれない。サメは血に反応するものなのだ。


「こっちに来い!」


 声に呼応してサメが飛び出してくる。

 その目元は横一文字に斬られた刀傷がついていて、もう既に視覚によって移動できている状態ではないことが分かる。完全に匂いと嗅覚で飛び出す場所を決めている。そして、目が見えないからか一番最初よりもいくらか泳いだり、飛び出してくるときの速度が劣っていた。


 飛び込んで来るサメに向かって赤竜刀を構える。


「巨大なサメとか、怖いに決まってんだろ」


 柄を握り込み、サメの突進に合わせて足を踏み込む。

 怖い。しかし、怖ければ怖いほど赤竜刀は威力を発揮するのだ。


「ぶった斬る!」


 そして口を開けたサメの、そのぞろりと並ぶ牙に向かって横一線。気合を入れて、口の中に刃を突っ込んで上顎と下顎を真っ二つにお別れさせることに成功した。

 下顎と下半分は滑りながら地面にどさりと落ち、上顎から上は慣性の法則に倣って俺の頭上を血を撒き散らしながら飛び越えていく。残念ながら三枚におろすような器用なことはできないが、これで十分だろう。


「行くぞ紅子さん!」

「じゃあ、作戦通りにね」


 走り出す。

 と、同時に紅子さんの懐が淡い藍色に光り、その姿を一瞬で鏡界の蛇の目の中に落とし込んだ。

 少しのラグもなく、紅子さんの姿が地面に埋まっているほうのシャコの頭上に現れる。そして、その飛び出した目玉目掛けて思いっきりいつものガラス片を突き刺した。


 ――!! 


 シャコのものと思わしき悲鳴があがる。

 くぐもったような、硬い殻が軋むような、そんな曖昧な音だ。


「まだ片方だけじゃないか。さ、もう片方も見えなくしてあげるよ」


 パンチを振りかぶるシャコに、ダメ押しとばかりにふわっと移動した紅子さんがもう片方の目玉も潰す。

 かなりの痛みだったのかシャコは身動ぎし、震える。そこにもう片方のシャコがチャンスと見たのか、パンチのために捕脚を振り絞る場面が見えた。


「紅子さん!」

「はいはい」


 もう一匹のシャコがパンチを繰り出す。

 その間際に紅子さんは鏡界移動をして、すぐにこちらに戻ってきていた。

 故にシャコの攻撃は目玉を斬りつけられて手負いのシャコに叩き込まれることとなる。

 頭の部分を思いっきり攻撃され、硬い殻が細かいガラスのようになって飛び立っていく。たまらず地面に穴を掘って埋まっていたシャコはそこから飛び出した。


「足元通りますよっと」


 俺はその瞬間を待っていたのだ。

 飛び出していく尻尾の部分を叩き、空中でバランスを崩させる。

 そしてドシンと大きな音を立てて墜落したシャコは……お腹を天井に向け、仰向けの状態に〝ひっくり返って〟いた。


 これではなにもできないだろう。

 邪魔が入らないようにと、もう一匹のシャコに向かう。こちらのシャコも鏡界移動で目玉付近に転移してきた紅子さんが視覚を封じ込める。


「リン、ジャンプ!」


 そこを俺は脚力に(リン)の補正を加えてもらい、ジャンプしてその背中に飛び乗る。あとは以前と同じ、その殻を割り砕くだけだ。


「はあ!」


 振り被って叩きつける。しかし以前のように一撃で殻を割って中身を斬り裂けるわけではない。分かっている。こいつは一度倒したことのある相手。

 赤竜刀は俺に〝無謀と思う気持ちがあるとき〟に呼応して威力が何倍にも膨れ上がるのだ。一度倒した相手だからか、心のどこかで必ず倒せると確信している自分がいる。そのせいで、赤竜刀の力が増幅されることはない。


 しかしそれでも効いてはいるんだ。

 一度でダメなら何度でも斬りつけてやればいいだけ! 


「知性のない相手に効くかは分からないけれど、やる価値はあるよねぇ」


 そして俺が力を込めて三度目、シャコの殻をぶち破ってトドメを刺した直後のことだった。紅子さんが蝶々の姿で仰向けになって(もが)いているシャコの上に現れ、ニヤリと笑った。


「着せましょうか、着せましょうか。赤い赤いちゃんちゃんこ」


 シャコの呻き声が響く。

 それは多分、なんの意味にもならない声だろう。言葉にすらならない音だろう。けれど紅子さんはニヤリと笑って「そう言うなら着せてあげようか」と言った。


 その紅い瞳から光が消えていき、瞳孔が開く。そして不気味なほどに静かに笑った彼女はシャコの首に当たるだろう部分にそのガラス片を埋め込んだ。


 ――ギイッ


 悲鳴のような音をあげてシャコの無数の足が蠢き、そしてやがて痙攣したように震えると……静かになった。

 シャコの鳴き声を勝手に問答の受け答えだと解釈し、そして自ら赤いちゃんちゃんことしての一撃必殺を引き出したのだろう。正直それをやると相手がなにを言っていようと問答無用で「YES」扱いにできてしまうので、多分あれは怪異の概念が具現化するこの鏡界じゃないと容易にできないはずだ。

 ぶっつけ本番だと言うのによくやるよ。


「っと」


 トドメを刺したシャコが破裂し、俺は地面に落ちる。なんとか受け身を取ったはいいものの、下はタールのような黒い液体でぐっちゃぐちゃの泥溜まりだ。これ以上ないくらいに汚れてしまったが、それは紅子さんも同様。トドメを刺されたシャコが弾けていなくなり、ふわりと着地しようとした彼女は……鏡界移動用の蛇の目玉に飲み込まれて真宵さんの隣に立っていた。


「女の子を汚すわけにはいきませんものね」

「あ、ありがとう。真宵さん」

「俺は……?」

「令一くんは後で着替えましょうね」


 どうやら紅子さんに配慮した真宵さんが汚れないようにしてくれたようだが、え、俺は? 散々俺は汚れているのに? それは酷くないか? 

 贔屓がすぎる……! 


「きゅっきゅい!」


 俺の手の中にあった赤竜刀が変化し、リンの姿に戻る。

 それから俺の頭を浮かびながらよしよしと、その小さい手で撫でてからリンは紅子さんの元へ向かう。ありがとう、癒された。


「どうした、リン?」

「なにかな、リンちゃん?」


 そしてリンが指し示したのは紅子さんの懐。

 そこは、彼女が宵護の扇子を収納していた場所だった。


「きゅっきゅい、きゅう!」

「え……?」


 紅子さんが服を押さえる。

 顔を赤くして「なにこれ、くすぐった……なに?」と言いながらポケットを探る。そして大きく目を開いて驚いた彼女は〝それ〟を取り出した。


「この子……は?」


 その手のひらの上に乗っていたのは、一言で言うならば蛇だった。

 羊のような巻き角に、藍色の鱗。角に取り付けて外れないようにしてある鳥居と目玉が描かれた面布。胴体に取り付けられたしめ縄と紙垂れ。そして「界」と書かれた布。


「リンちゃんに姿があるのだから、わたくしの扇子にも姿があるのは道理ですわよ」


 それは――見たら祟られると言われる「夜刀神」の姿だった。



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