シャコ妖怪のあなぐら
「くっそ……!」
赤竜刀で何度か受け流し続けるものの、このままではジリ貧だ。受け流すのだって簡単じゃないんだぞ。赤竜刀だから大丈夫であるものの、相手から伝わってくる衝撃に腕が痺れてくるほどだ。随分とリンのおかげで軽減されているんだと思うが、それでもキツいものはキツい。
この化け物、いや一応妖怪の類なのか? 紅子さん達みたいに噂と伝承で存在する怪異とは違い、普通の生き物のように生まれ落ちて存在する化け物。妖怪の類。伝承がなければ力も落ちるがこいつらは消滅するなんてことはない。三途の川がある限りその川底で生き続ける。そういう類の生き物だ。
妖怪の特徴は……。
「いってぇな……くそっ」
怪力が多いこと、そして肉体的に丈夫なこと。
こいつは知性も理性もないようだが、その代わりに力と防御方面が強いと見た。足の速さはどうやら巨体故にないようだが、シャコ特有のパンチの素早さは普通では視認できないほど。それこそ、リンの支援がなければ俺なんて押し潰されて終わりだ。
こんなやつ、無防備な背中まで辿りつければあとは刺し貫くだけなのに、ほんの僅かな時間で終わるはずの戦いなのに、俺はこうして苦戦している。
それがとても悔しかった。
地力の無さがはっきりと分かってしまって、あまりにも悔しい。
俺はまだまだ弱い。リンがいなければ、その力を十全に発揮できなければこんなにも苦戦してしまうのだから。
「考えろ、考えろ……」
奴が洞窟を壊さず対処できる方法は、なにかないか?
硬質な背中の殻、同じく硬質で振り抜けば一撃必殺の脚、鮮やかな体色、前面に飛び出した目玉、ぞろぞろと蠢く脚……正直見てるだけで鳥肌が立つし気持ち悪い見た目だし、虫とか黒い悪魔とかを思い出すから対峙するのも、あれに触れるのも嫌すぎる。
だがそんなことは言っていられない。
後ろで見守っている蛇神は俺の成長のためにここへ連れてきたんだろう。
ならばなにかできることがあるはずだ。なにか、俺にもできることが。
考えろ……! 元来、知恵を働かせて困難に立ち向かうのが人間のはずだろ!
「くっ」
シャコが動きを止め、なにをするかと思ったらその巨体を持ち上げて俺に向かってのしかかってきた。動きが大振りなので随分と余裕で避けられたが、その代わりに脚がぞろぞろと蠢く腹部を直視してしまい、気分が悪くなる。
いや待てよ。腹部?
ああ、そういえばこういう硬い敵は腹を叩くっていうのが定石だったか。
リアルで対峙しているとそういう知識って忘れがちだよな。ゲームとかしてるときならすぐに思いつくもんだが。
しかし腹部か。
足元に向かえばいいんだろうが、そうなるとシャコの攻撃を避ける必要が出てくる。攻撃を避ければ洞窟にダメージが行って水が流れてくる可能性が高くなる……が、やるしかないか。その辺のサポートは素直に真宵さんを頼ろう。
振り返って真宵さんの表情を確認する。
彼女は微笑んだまま、こちらを見ている。うーん、分からない。さっきサポートしてくれることは言ってくれていたし、まあ大丈夫だろう。
「今っ!」
地面が揺れる。
シャコの捕脚が地面を割り砕き、その隙に走り出す。
滑り込むようにシャコの真下に潜り込み、回転。赤竜刀を扱い、一気に硬い脚を斬った。
「おらぁっ!」
バランスを崩して落ちてくるシャコの体を真下から気合を入れて貫く。
その途端――シャコが弾けた。
「ぶっ!?」
そうとしか形容できない。
赤竜刀で貫いた途端にシャコの体がぶくぶくと膨らんでいき、そして破裂した。俺はその余波を受けて尻餅をついたうえ、体液なのか真っ黒なドロドロとした液体をもろに被ってしまった。服が汚れて目も当てられないような状態だ。紅子さんにとても見せられないような無様な状態である。
「大丈夫かな? 随分と酷いありさまになってるけれど……」
「あ、あはは……どろっどろだ。でもやったぞ!」
「うん、おめでとう」
複雑そうな顔で俺を上から下まで眺めながら紅子さんが言う。
それからなにかを思いついたようにニヤッと笑った。こういうとき、紅子さんはなにか余計なことを考えている。そうだな、例えば俺をからかうときのような。
「よかったねぇ、お兄さん。その液体がタールみたいな黒で。白かったら絵面が危なかったかもしれないよ?」
「そうかそうか、紅子さんもナワバリバトルに参加したいのか。よく分かった。その綺麗な顔にたっぷり塗りつけてやるよ」
「えっ、あー……それは遠慮しておくよ」
据わった目のまま言ってやれば、紅子さんは困ったように頬をかいた。自分が嫌ならからかうのはやめましょう。まったく、しかしこの体液らしきもの、べたべたしているうえになんとなく脱力感が襲ってくるような気がする。
妖怪の体液だからなんかやばい効能でもあるのかもしれない。
赤竜刀にもべったりとついてしまっているので、急いで血振りの要領で液体を振り払う。それから「大丈夫か、リン」と声をかければ刀から困ったような声で「きゅういー」と聞こえてきた。
「あれ、刀のままでいいのか? リン」
「きゅうん!」
「そっか」
いつもならリンはすぐにミニドラゴンの姿に戻って、俺の肩か鞄の中へと戻る。いつもと違う行動に、ほんの少しだけ嫌な予感がした。
「まあ、危機は去ったわけだし……早くここから抜けよう、紅子さん。真宵さん」
そう言ったときだった。今から向かおうとしている方面から、再び一体のシャコがざかざかと足音を立てながら向かってきたのは。
「げっ、まあいいや先手必勝で腹部を……」
地響き。
下から突き上げてくるようなそれに、俺は思わずたたらを踏んだ。
そして地面が割れ、そいつが顔を出した。
「待て待て待て、嘘だろ」
奥からやってきたシャコと、そして目の前の地面を割って出てきたシャコ。
「あ、ごめんなさい。二人とも……わたくしは水を受け止めるだけで精一杯ですわぁ」
そして……洞窟の岩肌に三角のなにかが浮かび上がりこちらへと向かってくる。
「はあ!?」
まるで岩肌の中を泳ぐようにして〝そいつ〟が現れ、そして嫌な予感がして飛び退ったところでそいつが目の前に飛び込んできた。
「サメ!?」
岩肌から岩肌の中へと、まるで水の中を泳ぐようにしている存在。
ジャンプしてこちらに噛みついてこようとしたその姿はサメそのものだった。
「なんで岩肌の中にサメ!?」
「最近の映画では空を飛ぶサメや、雪の中を泳ぐサメがいるそうですわ。岩肌の中を泳ぐサメがいても不思議ではありませんわよ」
「そんな馬鹿な!?」
いよいよ逃げ場がなくなって、複数の化け物により前へ進むことも戻ることもできなくなってしまった。
これを、紅子さんを守りながら戦うなんて……俺にできるか? いや、やるしかない。
「紅子さんは下がっていてくれ」
「……」
不満そうな顔をする彼女に、チクリと胸が痛くなる。
けれど、魂を食べる相手に対して彼女を向かわせるわけにもいかない。
――そうして、守りながらの第二ラウンドが始まるのだった。




