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相合い傘の雨垂れ小道

 カツン、カツンと反響するように靴音が響いていた。

 現在、俺達はあの滝の裏……洞窟になっていたその場所を共に歩いている最中である。

 洞窟の中も水が染み出してきているのか、まるで雨が降るように雫が垂れて来ており、もし傘もなくここを歩くことになっていたら、ずぶ濡れになっていたことだろう。

 ところどころにある鍾乳石を避けながら、冷える洞窟内を進んでいく。


「まさか本当にフキの葉で滝を通り抜けられるだなんて……」

「アタシも同盟のことについては結構慣れたと思っていたけれど、まだまだ知らないことがあるって思い知っているよ」


 隣にいる紅子さんが、半目になって前を見据えている。

 そこには軽い足取りで日傘のようなものをくるくると回しながら歩く真宵さんがいた。


「あなたはアパート周辺でしか活動していなかったものねぇ。仕方がないわ。冒険でもしようと思わなければ、鏡界はあまりにも広すぎますから」


 鏡界の広さは折り紙つきだ。なんせ、現実の世界と表裏一体になっている世界なのだ。それだけこちらも広いということである。ところどころにショートカットやワープできるような魔法の道具があるが、それにしたって歩く時間も長い。俺達も今日一日だけで靴がボロボロになるんじゃないかっていうくらい歩き回っていた。

 休憩が所々で挟まれるとはいえ、足が疲れるものは疲れるのである。


「こちらの世界では現実世界での概念、イメージがとても重要になりますの。ですから、大きなフキの葉っぱで雨を防ぐことも可能になる、ということです」

「それが滝の水でもですか?」

「ええ、〝そういうもの〟なのですわ」


 確かに妖精とかコロポックル的な存在が葉っぱを傘にしているイメージはある。けれどもまさか滝の水まで防げるとは思わないだろう。

 しかも……しかもこの状態で。


「ちょっと、くすぐったいよお兄さん」

「あっ、その、ごめん」


 横を見れば、視線を下げたすぐ間近に紅子さんの頭がある。


「あの、真宵さん。どうして取っていいフキの葉は一本だけなんですか」


 そう尋ねると、真宵さんは愉快そうに笑っていた。もしやわざとか? なにか騙されているのか? そんな気持ちが否めないのだ。

 なぜなら今、俺と紅子さんはたった一本の大きなフキの葉で相合い傘をしているのだから。


「注意書きを見たでしょう?」


 それはあの、「おひとつ、お使いください」ってやつか。

 いやいやいや、普通は一人一本だろ。どうして三人いるのに一本なんだよ。

 確かに真宵さん自身もフキの葉を使わず日傘のような物を差している。俺と紅子さんで一本のフキの葉を使って雨を防いでいる。でも、さすがにそれはおかしくないか? 


「〝そういうもの〟なのですわ。反対側に出ればそれを返す場所がありますから、持ち帰ってはいけませんわよ。怒られてしまいますわ」

「それくらい分かりますって」


 返事をしてやはり隣を見る。

 身長が高い分、俺がフキの葉を高く持って紅子さんに雨垂れがかからないようにしている。その代わり俺の肩が少しはみ出てしまうが、不思議と濡れることはなかった。それは滝の下を通ることになったときも同様である。完全に葉の外に出ているのに、なぜか俺の肩が滝の水で打たれることもなかった。

 どうやら〝葉を差している〟という概念が働いているらしい……とのことだが、やっぱりよく分からない。


「雨垂れは三途の川ということわざもありますように、場所と場所の境には十分に注意をする必要がありますわ。そして、現世でのことわざもこちらの世界では〝概念〟として具現化しております」


 嫌な予感がする。


「つ、つまり?」

「この雨垂れは実際に三途の川の水でできているということですわね」


 そんなことだろうと思ったよ! 

 足元にピチャンと落ちて来た雫を思わずといった風に避ける。

 先程から湿った洞窟内をずっと歩いてはいるが、今更ながら恐ろしくなって来た。三途の川の水なんて、触っても大丈夫なものなのか? 

 そして、なによりも三途の川の水がここに通っているということはつまり、俺達は今あの世に向かわされているんじゃ……? 


「なにを考えているのかが聞こえなくとも、手に取るように分かるようですわ」


 くすくすと笑う真宵さんを見る。いや、怖いって。


「この洞窟は三途の川の真下を通っていますからね」


 トドメを刺しに来たぞ!? 


「あの、俺生きてるんですけど」

「アタシだってまだ渡るつもりなんてさらさらないよ?」

「大丈夫ですわぁ。ただ単に、あやかし夜市へ向かうための近道をしているだけですもの」


 三途の川の下を通っていく近道とはこれいかに。


「直線距離ならこちらのほうが早いんですもの。そんなに嫌でした? そうなると三日は歩き続けることになってしまいますが……まさか苦行を自ら望むだなんて、令一君は随分と熱心ですわね」

「違う!」


 胡散臭い笑い声を漏らしながら先を行く真宵さんは、きっとわざと俺達をからかってきている。なんてヒトだよ。こんなのばっかじゃないか。


「そもそも、キミの鏡界移動を使ったりはしないのかな」

「……? 旅行なのに反則技を使うのはよくありませんわ」


 そういうところは律儀なんですね。


「三途の川ねぇ」


 紅子さんのつぶやきに反応して横を見る。


「三途の川っていうと、紫鏡の件を思い出すな。ほら、あのときに出てきた巨大シャコって確か、三途の川で罠を張ってる怪異なんだろ?」

「って聞いたけれどね、アタシは」


 俺達がそんな思い出話をしていると、真宵さんが振り返った。

 その先には枝分かれした洞窟が続いている。


「あら、言っていませんでしたね」


 再び嫌な予感がした。


「この洞窟は、その冥土に住まうシャコが掘り進めて作ったものなのですわ」


 地響きが聞こえてくる。

 やっぱりこのヒトも性格が悪い。人と寄り添う同盟のはずなのに、なぜこんなにも愉快犯が多いのか、俺は胃が痛くなるように感じた。


「ですから、こうして遭遇することもありますわね」


 彼女がひらりと避けた場所に硬質なシャコの拳が叩きつけられる。

 そこにいたのは、紫鏡のときに出会ったあの、魂喰らいの化け物だった。

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