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語りを終えて

「……っと、俺の話はこれでおしまいだな」


 居間になんとも言えない雰囲気が漂う。

 紅子さんは悲しいような、怒っているような、複雑な表情をしていて、どこか神中村で見たときの様子に似ていた。俺が、彼女にとって嫌なことをしたときの様子に似ていたのだ。


「あー、重い、よな。ごめん」

「……いいや。なにを勘違いしてきるのかは知らないけれど、アタシが怒っているのは、アタシ自身にだよ。早く強くなろうって思っているキミの気持ちを、一欠片も理解していなかった、自分自身に」

「紅子さん……」


 目を伏せて悔しそうに彼女は言う。

 そりゃあ、いつも神内とのやりとりを彼女に言っていたわけではないし、最近の奴とのやりとりは少し緩い。昔は俺が虐待で訴えれば勝てたんじゃないかと思うほど、扱いが雑だったし、多分料理を早々に覚えなければ俺なんかとっくに破棄されていたと思うが……それも昔のことだ。

 最近の付き合いは放任気味ですごく緩い。紅子さんがそこまで真剣に助けてやろうと思えるほど、危機は迫っていなかったのだ。


「正直舐めてたんだよねぇ。ゆっくりキミが成長していけば、それでなんとかなるだろうって。だから今後は少し見直すことにするよ。神中村で劇的に成長したと言っても、まだキミは発展途上だし」


 そういえば、まだ紅子さんは直接神内に会ったことがなかったか。

 いや、絶対に会わせるつもりはないんだが。あいつなんかに会ったらなんらかのフラグ立つに決まっているからな。そんなのは嫌だ。


「修行ならうちか、もしくは宇受迦(うつか)神社でやるといいわよ。ここでやるなら私や破月が霊力の修行つけてあげられるし、刀の扱いなら狐のところでやるのが一番ね」


 そうして二人で確認しあっていると、真白さんが卓袱台に頬杖をついてそう言った。ありがたい申し出だ。


「でも、今日は見物旅行中ですから……また今度、道は覚えていますわね?」

「ええ、覚えました」


 真宵さんの言葉に頷く。


「そういえば、その……キミが攫われたあと、京都は大丈夫だったのかな? 飛行するポリプってやつがたくさん放たれたんだよね」

「……どうなったのか、俺も知らないな。あのあとは屋敷に軟禁状態だったし。俺が仕留められたのは結局一匹だけで、神内の本性にやられたやつも複数いたが、大体は外に出ていただろうし……」


 今更不安になってきた。

 あのあと、京都は大丈夫だったのか……? あんな目に見えない化け物。普通の人間ならばひとたまりもない。それこそ俺の目の前で殺されたのか教師のように。


「ああ、それならわたくし達が対処したから大丈夫でしたわ」

「え……?」


 当然のように言ってのけた真宵さんに困惑する。

 ああ、そういえば真宵さんが赤竜刀をあの旅館に置いたって言っていたような気がするが……それにしても、まさかあの場にいたっていうのか? 


「なにせ、あの時期は神在月でしたもの。会議という名の宴会をしていた面々で対処に当たりましたわ。逆に京都で良かったと言うべきでしたわね」

「神在月……? 神無月じゃあ」

「お兄さん、聞いたことはない? 10月を神無月って言うのは、神様がみんな京都に集まって会議をしているからだって。だからその京都では神無月じゃなくて、神在月(かみありつき)って言うんだ」


 そうか、修学旅行は10月だった。

 紅子さんが言うように、神様が京都で会議をする10月。

 たとえ化け物が方々に出たとしても、京都市内ならば被害を最小限に抑えて対処することができたということ。俺が撃ち漏らした全ての化け物を真宵さん達がなんとかしてくれたのか。それなら……よかった。余計な犠牲が出ていたらやりきれないからな。


「……アタシの話をする前に、神在月の京都でどんな会議をしているのかって訊いてみても大丈夫かな?」


 控えめに紅子さんが手を挙げる。興味を惹かれたようだ。

 それを眺めながら真白さんは延々と蜜柑を剥いては食べ、破月さんや小さい座敷童の子やウサギの子に渡したりしている。完全にくつろいでいて、聴く態勢に入っているみたいだな。

 破月さんは飽きてきたのか、真白さんをわざわざ胡座をかいた自分の懐の中に抱いてニコニコとこちらを見ている。真白さんの目がだんだんと剣呑な雰囲気になってきているが、俺はなにも言うまい。


「そうねぇ……身近にあった事件を肴にお酒を嗜んだり、果物を食べたり、最近流行りの物を話題に話してみたり……それから新しく神格を得た子の歓迎会と顔合わせも兼ねていますわね。お酌をしながら上位の神々に挨拶に回るのですわ」

「それただの宴会では!?」


 思わず口をついてツッコミが飛び出す。

 神様の会議って言うものだからもっとこう、神聖なこう……! こうっ、なんかあるだろ! もっと厳かな雰囲気で進む会議を想像するだろ! 


「あとは身内自慢が多いですわね。かく言うわたくしも、真白ちゃんについて存分に惚気(のろけ)ることができますし、写真などを肴に飲み交わしますわ。時間が経てば酔って踊り出したり、一芸を披露し出したりもしますわよ」


 神聖さはどこにいった! 

 俺の神様へのイメージを返せ! 


「それはまた……賑やかで大変そうだねぇ」

「ええ、これが一ヶ月続きますわ」

「一日中宴会するだけでも大変なのに、それが一ヶ月……?」


 もっとこう、ないのか? 書類仕事みたいな。

 それもそれで人間臭いが、ずっと飲み交わしているよりずっと仕事している感じがあっていいからさ。


「書類系は神使のお仕事ですもの。神様はそんなことしないの」

「あんたは神使いないじゃない」

「真白ちゃんと破月さんがやってくれるもの。ね?」


 なるほど、この夫婦が神使の代わりを務めているのか。


「あとはそうね……それから、要注意組織や、人物の動向の確認などもいたしますわ」

「なるほどねぇ」


 よかった、まともだ……! 


「だいたいにおいて会議は踊りますし、一ヶ月宴会状態なのは変わりませんけれど……ここまでにしましょうか。小休止は済んだかしら?」


 真宵さんの真剣な表情が紅子さんに向けられる。

 どうやら、今までのは紅子さんの心の準備が整うまでの雑談だったらしい。

 彼女のほうを向いて、その紅い目を見つめる。


「……記憶を覗いてもらったほうがいいのかな?」

「口頭でもいいですわよ。わたくし達に聞かれても構わないのなら、ですが」

「……お兄さんには、直接見てもらおうか」


 真宵さんの言葉に首を振って、彼女は手を差し出す。

 俺は頷いて無言でその手のひらに、自身の手のひらを重ねる。


 すると、それだけでグンッと彼女のほうへ引き込まれるような感覚が襲ってきた。彼女の記憶を、彼女自身が見せてくれようとしてくれているから簡単だった。


 ――そして、トプンと水の中に沈んでいくような感触。


 俺の意識は、そこで途切れた。

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