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最悪な修学旅行「地下の深淵より来たる恐怖」

 火花が散る。


 ボゴリ、ボゴリと濁った沼の泡が弾けるような、そんな奇妙な音が部屋に反響した。それは、もしかしたらそいつの声だったのかもしれないし、違うかもしれない。


 地面に焼きついた残り火がチラチラと燃え盛り、煙がもくもくと上がっていく。

 そうして火災報知器が反応して、甲高い音を何度も何度も鳴らした。


 電灯がチカリ、チカリと瞬く。

 そこに、そいつはいた。視えなかったはずの、その姿が光の下に現れる。

 絶え間なく口笛のような音を出しながら、その醜い体が不規則に視えたり、視えなくなったりとを繰り返す。


 ぶよぶよのポリプ状の体はさながら蛇のように太く、長い。楕円のその体躯の先端には丸い口のような穴がぽっかりと空いている。もちろんその口には円形の端に牙がぐるりと取り囲むように配置されていて、あれで人間の頭を齧り切断したのだと思うとどうしようもない恐怖と寒気が背筋を駆け上がっていく。


 その見た目に一番近いのは、ウナギだろうか? 

 しかし、スポンジのようにも見えるデコボコとした体は酷く醜く、そして形状を自在に変えるように伸びたり、縮んだりしながらこちらにその口を向けた。


 人が二人分くらいの大きさはあるだろうか。

 体のその周りには何本もの触手が唸っており、明らかに見たことのない生物であることを、そもそもこの地球の生物であるのかも信じがたいその姿に嫌な想像が膨らみかけて……そして頭を振って自身を奮い立たせる。


 奴……飛行するポリプの姿がすうっと消えていく。

 そこでようやく、頭上から水のシャワーが降り注いだ。


「ほら、今だよペンキを投げろ!」

「あ、ああ!」


 不自然にシャワーが避けて通っているように見える場所に向かい、ペンキが投げられる。

 一部は明後日の方向へと飛んでいって、そいつのノーコントロールっぷりを口々にからかうが、目線は化け物からは決して外さずに見据える。

 ペンキをかけられていても、缶が当たっても、化け物は意に解さぬようにしていたが、しっかりとペンキで濡れてぬらぬらと光るその体躯がより一層不気味に(うごめ)いた。


 地下室にも関わらず、なぜか温くまとわりつくような風が動き出す。

 シャワーが注ぎ込まれる中、まず友人の一人がその長い触手の一本にスコップを叩きつけた。平らな部分ではなく、鋭利な部分で殴りつけたために、すっぱりと触手が切れ――なかった。


 化け物は、彼の全力の攻撃をなんでもないようなものとして受け止め、そして攻撃を返すように触手を鞭のようにしならせる。


「あっぶね!」


 それを間一髪、縄跳びのように避けた彼は慌ててこちらに戻ってくる。

 それを追ってくる触手の一本を、今度は俺が思い切り刀を振りかぶって斬りつける。今度は実にあっさりと斬ることができていた。


「おー! さすが!」

「な、なんでだ? スコップは人外相手に最強だって映画で学んだのに!」


 なんの映画だよ。ゾンビ映画か? それともサメ映画か? 


「サメが相手なら木の棒が最強なんだが、ウナギ相手じゃあなあ」

「いやいやいや」


 こいつら、実は案外余裕だな? 

 俺だけが恐怖と緊張で胃を痛めていると思うとなんだか腹が立ってくるな。


「だあー! うまくいかねぇ!」


 びいい、と間延びするように絶え間なく続いていく口笛の音。

 やはり視覚で捉えているからか、今のところは皆奴からの攻撃も避け続けている。しかし、いつ当たるかも分からず、そして一度攻撃を許してしまえば容易く捕食されてしまうことは明らかだった。


 緊張の汗が背中に伝う。

 皆も口ではふざけつつも、真剣な眼差しで化け物の攻撃を見切り、回避していく。しかし、攻撃が全くと言っていいほどに当たらない。

 いや、当たっても効いていないと言えばいいのか? 


 足の速い友人達がスコップでいくら叩いても、ああ今のは腰が入っていていい一撃だったろうなという攻撃でさえも、一番最初の爆竹のときに見せたような苦痛の声をあげたり体を震わせるようなことをしないのだ。

 あれが一番効いているような素振りを見せていたから、もしたら打撃はあんまり効かないのか……? 化け物が相手だし、そういうこともあるかもしれない。人間の常識で測れる範疇ではないのだと思う。


「あ、やべ」


 様子を見ていた俺は、スコップを振り下ろした友人に伸びる触手を見て動き出す。あれだけ豪語していたのに、真っ先に刀を振り下ろしに行かなかったのは、こういう事態が起こるだろうことを見越してだ。

 友人のフォローに入って、触手を上から一気に叩き――やはり実にあっさりと、それは切断された。


「切れたぁ!? ズルくね? なんで下土井は切れるんだよ!」

「突っ立ってるな! いいから元の位置まで逃げろ!」

「あ、悪ぃ! ありがとうな!」


 触手の周りを巡るように渦巻いていた風が、ぶわりと纏わりつくように吹き上がる。まるでそれが精一杯の抵抗だったかのように思えた。


 粘着質な液体が泡となって弾けるような、そんな不気味な音が化け物の口から漏れ出ている。やはりあれが鳴き声なのか。


「お前、よくあんなの斬れるな! くっそ硬かったんだけど!」

「え……?」


 そんなことはない。この刀で斬ったときはかなり柔らかく感じたのだが。一番最初に斬りこんだときだってそうだ。豆腐を切るみたいにあっさりといったぞ。こいつらと俺に力の差なんてほとんどないだろうに、なぜだ? 


「ええい! 我慢できないね! 俺はこれを使う!」

「あっ、おい待てバカ!」


 全員が後ろに下がった状態で、友人がスプレー缶とチャッカマンを構える。

 化け物は怒ったように声をボゴボゴと漏らしていたが、やがて標的を俺にしたのかゆっくりと口笛のような飛行音を撒き散らしながらこちらに向かってきた。


「オラァ! 食らいやがれぇ!」


 迫ってくる化け物に炎が放たれる。

 すると、見るからに化け物は避けようとする素振りを見せ、そしてその場で炎で包まれてのたうち回った。


「お、効いてるんじゃね?」

「……そうだな」


 スコップは効かない。クワで攻撃したやつもいたが、これも抉り出しそうないい一撃だったのに、ついた傷は一本の筋だけだった。


 なのに俺の使った刀は触手を切断し、炎に化け物は苦しんでいる。

 もしかしたら、あまり物理的な攻撃が効かない……とか? 

 でも、それだとこの刀が効く理由が分からない。


「よーし、このまま刀と炎で一点集中したほうが良さそうだな! 俺らは万が一のときのために、いつでも動けるようにして待機してるぞ」

「分かった!」


 まだまだ分からないことも多いが……ひとまず、俺は両手で刀を構え直すのであった。

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