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最悪な修学旅行「武器の調達」

 昼飯を食べ終え、食器を下げてもらった俺達は行動を開始した。

 昼飯と一緒に持ってきてもらった旅館の詳細な地図を片手に、友人の一人がナビゲートしながら貯水タンクを目指す。


 できればスプリンクラーの水は旅館内の水道とはまた別であってほしいのだが……見てみないと分からないよな。

 水に色をつけてスプリンクラーを起動すれば、より見えない化け物が見えやすくなるだろうという魂胆と作戦。成功すれば化け物退治も現実的になるだろう。


 まあこの化け物にちゃんと質量があれば……の話だが。そもそも、この作戦は水を相手が幽霊みたいにすり抜けないことを前提にしているのだし、それのアテが外れたら俺達は一気にゲームオーバーになってしまう。

 だがこの作戦が一番現実的なのも確かだ。他に見えない化け物を相手にどうしろっていうんだ。


「なあなあ、ガスバーナーとスプレー缶で火炎放射器作るのは?」

「危ないからやめろ」

「でも、スプリンクラー起動するのに熱源か煙が必要なんじゃ?」

「……」


 不本意だがそれもそうだった。


「スプリンクラー起動するときだけ使えよ」

「はーい、下土井せんせー」

「お前なあ……」


 ふざける余裕が出てきたのはいいことなのか、悪いことなのか……いいことだと思っておこう。

 あんまりからかわれるのは好きじゃないんだけれども。


「なあ、下土井はあの刀使うのか?」

「……どうしようかなあ」


 ここは京都だ。外に出て、土産物屋にでも行けばきっと木刀くらいは余裕で買えるだろう。もしくは、外に出ている他の友人が木刀を買ってきたときにでも借り受けるとか、そういうこともできる。

 しかし、ただの木刀が化け物相手に効くとも考えづらい。やはり相手が未知数なだけに、刃物は欲しかった。


「夜、地下に行くときに一緒に借りていくよ」

「ええー、今すぐ借りてこいよ。郷土資料だって言えば見せてくれるんじゃないか?」

「刀だぞ? そんなに軽々しく貸してくれるわけないだろ。それに、あれはよく切れるし、本物の刃物をいち学生に渡すわけないだろ」

「あー、それもそうか」


 学生なんかに渡して事件でも起こされたら、旅館側もたまったものではないだろう。そんな危ない橋を渡るわけがない。だから借りるとするならば、使う直前。今夜、化け物退治に赴くときだ。

 まあ、無人の部屋に飾り付けて放置するような旅館だから、貸してくれる可能性もなくはないが、念のためだな。


「タイムリミットもあるわけだし、今夜中に片をつけないと……」

「タイムリミット?」

「いや、だって明日の夜になる頃は俺ら帰ることになるし」

「あー、そっか。なら本当に今夜までに化け物退治しないといけないのか……」


 そういうことである。


「でもさあ、あんな大穴空いててよく気がつかなかったなあ」

「……たしかに」


 普通は気がつく。というより、気がついていて、修繕が面倒だから掛け軸でカモフラージュしているみたいな有様であった。


「そういや、ここに来て初日は特に口笛がーって話なんてなかったし、いつからあの化け物が出てきていたんだろうな」


 ふとした疑問を呟くように、友人が言った言葉に顔を向ける。

 そういえば、不思議な話だ。俺達がここに泊まり始めた初日は特にそんな騒動はなかった。2日目の夜に男子生徒が一人消え、そして昨日先生が一人殺された。


「地下室にあった血の染みは二人分だけ……だよな?」

「俺らの見間違えじゃなきゃそうだろうな」


 犠牲になったのは二人だけという事実。

 そして今朝神内さんが言っていた言葉を加味すると、旅館の従業員は数日に一度、もしくは週に一度程度の頻度で地下室を掃除しているだろうことが伺える。

 従業員に犠牲が出ておらず、犠牲が出たのが男子生徒と先生だけとなると、あの化け物も二日前に始めて現れたこととなるのだろうか。


 男子生徒は、あいつは気になるからと言って自分から調べに行った可能性が高いし、まあ納得ではある。自分から餌になりに行くようなものだったわけだ……そして。


「なんかでっかい武器になるものがあればいいんだけどな」


 そこまで考えてから、思考を中断する。

 周囲が緊張とは無縁な雰囲気でいるから、真面目に考えるのがバカらしくなってきたのだ。


「丸太はいいぞ」

「あれができんのは漫画の世界だけだ馬鹿」

「分かってるよ。今が言うチャンスって思っただけだって!」


 改めて言うが、ふざけている余裕があるならまあ大丈夫なんだろう。

 俺も大概だが、こいつらもわりと精神的に強いよなあ。


「棍棒みたいな、無難に長くて扱いやすいのを探すとかは?」

「あるかなあ、そんなの」

「文句ばっか言ってないでお前もなんか意見を言えよ意見を!」

「そういうの苦手だよねー」

「なら文句を言うな!」


 若干険悪になってきたところで待ったをかける。

 地図の通りに、貯水タンクのある場所に到着したのだ。


「ほうほう、スプリンクラーの水と旅館内の水は一緒だな。まあ、普通は分けたりしないか」


 ちょっと残念に思いながら、一応建前として写真を撮っておく。

 旅館の歴史の記録を課題に出されていると嘘をついてしまったから、その証拠にするのだ。


 これで水に色をつける作戦はできなくなったが、あとはペンキという選択肢が残っているのでそちらに期待することにしよう。


「そうだ、あの穴って人一人は普通に入れる大きさだったよな。あの奥って行くの?」


 一人が言った言葉に、全員が嫌そうな顔をした。

 俺も例外なくそんな顔をしたに違いない。そいつは「そんな一斉に顔を(しか)めなくてもいいじゃん」と不満そうに声をあげ、「まあ、そうだよなあー」と納得した。


「だって、あの先に行くとか自殺しに行くようなものでしょ」

「そうそう、飛行するポリプだっけ? こっちに出てきたそいつを一匹殺せば終わるんだし、それだけでも命がけなのに敵地に踏み込むとかそんなことしないって!」

「だよなあ」


 なんだろう、この不安は。

 完全に同意しかないというのに、なぜか俺はその会話に不安を感じていた。

 しかし、そのモヤモヤの正体が分からず、言葉も出ない。

 そうこうしているうちに、皆の話はどの女将さんに話を訊くかどうかになっていた。できるだけ若くて美人なお姉さんに話しかけたいらしい。こいつらはまったく……しかしまあ、それにも俺は同意なのでなにも言えないんだが。


 そして俺達は仕事中の女将さんにペンキがあるかどうかを聞き込み、無事ペンキの調達をすることができた。

 胸元にぶら下げて使うタイプの懐中電灯も人数分手に入れて、地下室の暗闇でもこれでバッチリだ。もしかしたら懐中電灯のせいで化け物に居場所が割れたりするかもしれないが、そのときはそのときだろう。


 あの地下室の頼りない蛍光灯では心許ないし、ペンキをぶっかけても見えないんじゃ意味がないからな。


 それから、別の倉庫にあったクワ、スコップ、角材など各自使いやすい物を発見して場所を覚え、夜に回収する手筈となる。


 俺はあの刀を使うことになっているから夕方になる前に一度皆と別れ、一人だけであの部屋にやってきた。


「やっぱり、綺麗だな」


 やはり誰にも見つからず、刀を手に持つ。

 すらりと抜きはなってみれば、白刃が煌めくように光を反射する。

 見れば見るほど薄く美しい刀身に、刀に興味のない俺も心惹かれるのを感じた。妙に気になってしまって、それでいて手にピッタリと吸い付くような柄の感触。本物の鉄なのだからずっしりと重たいはずなのに、どうしてか軽々と振るうことができそうだった。


「静かに飾られているところ、悪いが……俺は化け物を退治して、あいつらも、クラスメイトの皆も守りたい。勿論そんなこと、無謀なのは分かってるけどさ。正義厨だなんだと言われようと、クサい台詞だろうと、そうやってヒーローになるのって憧れるだろ」


 独り言のように言って、そして独りで笑った。

 刀を相手に語り始めてしまうなんて、側から見れば変人でしかない。


「今夜は、よろしく頼むよ」


 それでも、言わざるをえなかった。

 どうか、力を貸してくれますようにと。


 夕暮れの中、ただ一人で刀を持って頷く。

 陽が沈んでいくその光が刀身にあたり、銀色のはずのその刀身が赤く、薔薇色に輝いたような気がした。

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