からかい癖の紅子さん
◇
これは、少しだけ未来の話
◇
夕暮れ時の教室。数人の女子生徒が集まり、ひそひそと会話を交わしていた。
――ねえ、知ってる? 赤いちゃんちゃんこの噂。
――知ってる! 知ってる! この学校の七不思議だよね!
――そうそう、話を聞いた人のところに来るタイプの怪異なんだよね。
教室の片隅で行われる噂話。そんな生徒達の横をすり抜けて、一人の少女が黒いポニーテールを揺らして歩き去る。
――でもね、この学校の七不思議は普通の赤いちゃんちゃんことは違うんだって。
――へえ! それは初耳! 続きは?
――「赤いちゃんちゃんこ着せましょうか」って問いかけられて、イエスって答えると殺されちゃうのは変わらないんだけど……その子は少し変わってて。
――その赤いちゃんちゃんこは夢の中に現れるのよ。そしてこう言うの。
「アタシを殺した凶器を探してよ……なんてね」
校門へと向かうブレザー姿の少女は、先程の噂話を思い出して言葉を漏らす。
そして、黒髪を飾る菫色のリボンを揺らしながら時計を確認した。彼女が待ち合わせた人物は、まだ現れない。
◇
急ぎ足で夕暮れの街角を走る。目的の場所はもうすぐそこだ。
約束の時間を五分も過ぎているので怒られるのは確定だが、それでも走る。遅いと文句を言われようが誠意は見せなければならない。
ああまったく……俺が無理言って迎えに来ているというのに、あろうことか遅刻するなんて!
流れる景色の中、ようやく着いたのは私立七彩高等学校。
俺と待ち合わせをしている赤座紅子という少女が通っている場所だ。
視線を彷徨わせる必要もなく、紅子さんは目立つのですぐに見つけることができた。つまらなそうに校門に背をかけた彼女はポニーテールのてっぺんにある大きな菫色のリボンを揺らしながら、目を瞑っているようだ。
「紅子さん!」
帰る生徒も疎らな中、彼女は俺の存在に気がつくと片耳にしていたイヤホンを外すと、微笑んで手を振る。それから彼女は手早くイヤホンをしまうと、小走りになりながら鞄を胸に抱いてこちらに向かってきた。
下校していく生徒達はそんな彼女を珍しいものを見たとばかりに注目していて、ほんの少しだけの優越感。
そうして、綺麗な笑顔のまま彼女は俺のところまで来ると、開口一番にその形のいい唇から甘い睦言を――。
「遅い、不合格」
――言わなかった。
うん、いつも通りの紅子さんで安心した。
「まったく、お兄さんはいつも遅刻してくる。牛みたいで可愛いねぇ」
綺麗な微笑みは既にニヒルで皮肉気な笑みに変わっている。
「牛に失礼だからやめてくれ」
「自分で言うの?」
呆れ顔を向けられるのも、いつものことだった。
俯いた彼女の、その細い首筋に巻かれた白い包帯がいやに魅力的に映ってしまい、目を逸らす。
「女のうなじに目を奪われるだなんて、キミも男の子だねぇ」
「紅子さんが可愛いからしょうがない」
「え、そ、そうかな」
意地悪そうに笑っていた彼女は俺の言葉で一変。今度は俺の番だった。
「照れてる?」
「照れてない」
ふいっとそっぽを向く彼女の耳は赤い。
下ネタでからかってくるわりには、逆襲されると弱いのが彼女である。
それから、誤魔化すように歩き出した彼女を追っていくと、やがて人通りの少ない場所へとやってきた。先程の照れも落ち着いたのだろう。彼女は「この辺でいいかな」と言葉をこぼし、くるりとその場で回転する。
――瞬間、その姿が揺らいで、服装がガラリと変化していく。
ブレザーの制服から赤いセーラー服に。
そしてその上から着た真っ赤なマントを翻す。
頭に斜めに乗せられたベレー帽も、黄昏に映える鮮やかな『紅色』で……紫がかった黒髪は春風に、気持ち良さそうになびいていた。
「……さあて、今夜もお仕事頑張ろうね、令一お兄さん」
わざとらしく本題に入った彼女に合わせて俺も頷く。
「ああ、よろしく紅子さん」
ふわりと、彼女の両脇に橙色の火の玉が浮かび上がる。人魂のようなそれはこちらを見上げる紅い瞳を、妖しくぼうっと照らしだした。
「どうしたのかな、そんなに見ちゃって。ま、見るだけならタダなんだし、別に構わないけれどね……」
横目にこちらを見遣る視線が絡み合い、彼女はあどけない仕草で首を傾げた。まるで幽霊のような――いや、実際に彼女は幽霊なのだ。
ただ、ほんの少しだけ特別なくらいで。
「おにーさん?」
「あ、ああ、ごめん。行こうか」
「ビックリした。ボケちゃったのかと思ったよ。そうしたら置いていったのに」
「悪かったから置いていくのはやめてくれ……成人男性が高校の前でウロウロしてるなんてやばいだろ」
「そう? アタシを連れ回してる時点でだいぶ犯罪的だよねぇ。見た目は女子高生なんだし」
黄昏の中に沈み込むような、どこか儚げな……けれど凛としたある種の矛盾を孕んだ彼女のその姿に見惚れ、俺は立ち止まった。
その名前を表すように全身紅色の彼女。紅子さん。幽霊だけれど、少し違う俺だけの紅色の蝶。
少しだけ覗く独占欲に蓋をして笑いかける。俺は幽霊――否、怪異の彼女に心の底から恋をしていた。
紅色の紅子さん。制服から一転したコスプレじみたその装い全てが、その本来の姿であり、彼女が巷で噂の『赤いちゃんちゃんこ』であることを表している。
「さあ、二人っきりのお仕事に行こうか、人間のお兄さん?」
そう、彼女はどうしようもなく「怪異 赤いちゃんちゃんこ」そのものなのであった――。