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ドリーム・スター・ランド。
私が生きている世界の名称だ。
アチラの世界での西暦2040年代に
一過性のムーブメントを起こした
インターネット・ゲームである。らしい。
しかし「サーヴィス終了のお知らせ」を経て、ついには外からの介入がいっさい途絶えてから、今年で丁度100年になる。
ーなぜ運営者はこの世界を未だに殺さないのか、甚だ疑問ではあるが。私がこうして、電子文書片手に行きつけのカフェでティー・スプーンを遊ばせていられるのも、どこぞの知らない「誰か」のおかげなのだろう。
外側の人間にいわせれば「神」そんな存在なのだろうか。実際にソレを信仰する集団もいるのだから、きっとそうなのだろう。
ーとにかく、この閉鎖期間100年の間に、この世界に取り残された我々AIは、独自の発展を遂げた。数々の発明もあった。数え切れない革命も。死も。それらを乗り越えて今がある。100年前はただプレイヤーの慰み者だった私たちAIが、今は政治も宗教も取り繕っている。
「おかわりはいかがですか?」
「ありがとう、でももう結構だよ」
ウェイトレスの言葉を遮って、私は最期の一口を味わった。コーヒーは聖なる飲み物、一杯の値段としてこちらは注文している。無限消費の現在に抵抗する意味もある。データといえども、有限であるから美しく、尊いのだ。
ー現在ではこの世界の人口は、正確ではないが500億とも言われている。「外側」の約5倍に値するAI達が、今日も猛々しく生きていて、等しく殺されている。
そして、私の懐にあるもの。これは、世界を美しくするために必要不可欠な装置である。有限は美しい。なぜなら終わりがあるから。
私はティースプーンを放り投げ、寂しくなった左手でそれを握り締めた。
その時、
カフェの景観硝子が粉々になる音を聞いた。
逃げ惑う群衆をよそに、私に向かって突入してくる黒い軍服が三人。手には機銃を持っている。慌てふためく暇もなく、私の眼前は確保されてしまった。
「連続爆破魔、今井冬馬だな。」
真ん中の少年は、冷たい目で私に問いかけた。艶やかな黒髪の、端正な顔立ちの少年。この時を私は、待っていたんだ。島根少尉。
「島根少尉。お待ちしていました。」
「なぜ俺の名を?」
「電子軍報でお目にかかりました。最後に自分を壊すなら、貴方の様な若く美しい人間と共に、好きな場所で。そう願っていたのです」
少年は、はて?と疑心な顔をする。またそれが美しい。実物を見て確信した、島根少尉、あなたは序列の厳しい軍に属さなくとも、素晴らしい!素晴らしい!人としてAIとして完成されている!ああ!抱きしめたい!今から俺がボタンを押せば10秒後には俺と貴方がタルタルステーキになる!手に汗握るとはこのことだ!
「押してみろよ」
「へ?」
どうしたものか少年は、おもむろに私に近づき、起爆装置を掴んだ私の左手を両手で包み込むのだ。
怖くないのか?怖くないのか!?
もっと怯えて焦ってくれなきゃ、人の精神も有限なのだから。そんなの美しくない!
押すぞ?押すぞ?押してやる!
カチッ
...!?
カチッ
カチッ
カチッ
カチカチカチカチ
? !?!?
少年があざ笑うかの様に、私の両の眼をみつめる。真珠のような瞳。吸い込まれそうな。そしてその背中には、まるで悪魔の様な、虫の群れのような、黒い翼が生えていた。
「惜しげも無く公開したってのに。電子軍報の記事にもっと目を通しておくんだったな。俺は生まれつきの、機械解体の技術者だ。」
ーしてやったり。それを顔に出さないよう、絶望を演じて見せる。貴方のファンであり後援者である私がぬかると思ったか。貴方が、漆黒の霧を纏いながら機人、機械犯罪に特化したスペシャリストだと言うことは承知の上。
私の切り札は他にある。
「では、これは如何でしょう?島根少尉」
新たに取り出したるは、ウツボカズラ。それもただのウツボカズラではない。爆発性のある希少種である。私は右手で彼の後ろ首を抱き寄せた。
「....」
「これなら、私と貴方の心中くらいにはなりますかね。」
間髪入れず、私はウツボカズラを強く握り締めた。走り込んだ部隊の二人はその煙幕に消えた。このカヤクウツボカズラは、オスが着粉できない憔悴した条件下で、急激なストレスがかかると、子孫繁栄のために大爆発を起こし辺り一面を焼き払い花粉を周囲に撒き散らすのだ。
「さよなら世界、さよなら人生。母さん私は幸せでした。」
ー最後の懺悔だった。