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双子×2のジャンルトリップ  作者: 仙葉康大
第二章
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ホラー 雪岡月夜の場合

 月夜つくよは南教棟三階をさまよっていた。


「フウ君ー。出てきてよー。フウ君ー」


 精一杯声を張る。しかしそのせいで声は反響し、自分の声に怯えることになった。

 廊下を注意深く歩いていると、月夜は両肩を後ろからつかまれた。先程見たかつらの顔が頭に浮かんだ。肩から上が硬直して、悲鳴を上げることもできなかった。


「残念。俺でした」


 振り返ると、風二郎ふうじろうが舌を出していた。


「もう。よかった。フウ君、いじわるだよ」

「アハハ。悪い悪い。月夜は怖がりだな」

「わ、私より一花いちかちゃんの方が本当は怖がりなんだよ」


 月夜は威張るように腕組みした。


「大丈夫かな、一花ちゃん」

「大丈夫だろ。きっとライと二人だと思う。あいつは冷静だから一花を一人にはしないだろ。それよりどうする? とりあえず二人と合流しないとな。あ、その前にトイレ行ってくるわ」


 月夜は風二郎のベルトを掴んだ。


「一人にしないで」

「トイレには花子さんがいるんだぞー。それでも行く?」

「フウ君が行くなら行くよ」


 トイレは廊下の端にあった。二人は肩と肩が触れない程度の距離を開けて歩いた。月夜は隣に風二郎がいることに馴染めなかった。


 フウ君はいつも前にいた。見えるのは背中だけ。ライ君の計算高さとは対照的に、フウ君は向こう見ず。本当に風みたいで、捕まえることなんてできない。


 風二郎の隣を歩きながら、月夜は確信を強めた。やはり第二図書室は間違っている。フウ君のいるべき場所じゃない。フウ君だけでなく、ライ君も一花ちゃんも、もといた場所へ帰るべきだ。


「ねえ、フウ君。フウ君はどうして――」

「到着ー」


 風二郎がトイレの電気をつけた。暗闇に順応していた目にはきつい光だった。二人とも目じりにしわができるほど強く目を閉じる。


「月夜はそこで待ってて。桂のゾンビが来たら教えろよ」

「えっ。そんな。どうしよう。あんなの来たら私」

「まあゾンビって言っても、桂だし、大丈夫だろ」

「そんなこと言って、一番初めに逃げ出したのフウ君だったじゃん。何でそんなに平気なの? 怖くないの?」

「慣れた」


 月夜は唇を噛んだ。


 フウ君の「慣れた」は聞き飽きていた。宿題を忘れても、先生に怒られても、喧嘩して傷だらけになっても、「慣れた」の一言で片づけていた。でも「慣れた」が日常をつまらなくしたんじゃないないの? 第二図書室にも慣れたんだよ。なら新しい場所へ行けばいい。フウ君は何を怖がっているの? 


 月夜は唇の力を緩めて、息を吐き出した。言いたい言葉は呑み込んだ。

 トイレの鏡を見て、普段、一花から言われていることを思い出した。


「月夜は女の子なんだから、トイレ行ったときは身だしなみ整えた方がいいよ。今日なんか、朝から寝癖がそのままじゃん」

「一花ちゃんだって女の子なのに、鏡見たりしないじゃん」

「私はいーの。だってこんなに髪短いし、男子から注目されることなんてないから」


 今でも月夜は理不尽に思っていた。反論はいくらでもあった。一つ、一花ちゃんの方がかわいい。二つ、自分は男子から注目なんてされてない。三つ、そもそも寝癖一つで人を評価するような人はお断りだ。


 鏡を見るのは嫌いだった。そこには自分がいるから。


「つまらない子」


 鏡は語る。


 月夜のそばにはいつも一花という鏡があった。月夜は二卵性双生児で良かったとつくづく思っていた。一卵性で見た目まで似ていたら、自分に価値はないとさらに思い知らされていただろう。


 それほど鏡を嫌っていたのに、月夜は鏡を見てしまった。何かが動いた気がしたからだ。しかし、鏡に異常は見当たらない。


 鏡に映る自分を見て自嘲じちょう的な笑みを浮かべる。やっぱり私だ。


「つまらない子」


 月夜も鏡の中の月夜も同じように口を動かした。


「月夜ー、終わったぞ」


 風二郎が流しの前に立った。


「うん。桂先生も来てないよ」

「そっかー」


 風二郎は蛇口を必要以上にひねったので、水が滝のように出てきた。


「フウ君、水使い過ぎ」

「あ、悪い。あのさ、月夜」

「何?」

「月夜はつまらない子なんかじゃないよ。それだけ」


 風二郎の言葉は胸の奥までは入って来なかった。


「フウ君には分かんないよ。フウ君は客観的に物事見るの、苦手でしょ」

「おうよ。だから俺の主観。俺の中では、お前、かなりおもしろい方。完全な客観なんてないんだから、それでいいだろう?」


「よくないよ。問題は、他者にどう見られているか、ではなく、自己肯定感の欠如だから」

「たくさん本読んでる奴は厄介だな。漫画のヒロインみたいに頬を赤らめながら、ありがとうって言っときゃいいんだよ。あ、でもクラスの男子にはやるなよ。あいつらすぐ勘違いするから」

「そうかなあ。じゃあ」


 月夜は鏡の中の風二郎を見つめた。


「ありがとう。少し元気出た」

「おう。よかった、よかった。さーて、ライ達と――」


 トイレを出ようとすると、腕を引っ張られた。


「な、なんだっ?」

「なにっ?」


 鏡に映っている二人の腕が、鏡から生え出て、二人の手首をつかんでいた。


 鏡の中の風二郎と月夜は唇を歪ませて笑うと、次第に顔の肉が剥がれていき、しまいには目玉が弾け飛んだ。鏡の中から現実世界へと飛んできた目玉は、月夜と風二郎の頬に貼り付いた。


「うげえ。気色悪い」


 風二郎は抵抗しつつ、片手で目玉を払う。一方、月夜は悲鳴を上げていた。


「声、高っ。ほら、目玉取ってやるから、もう少しふんばってろ」

「どうして? 何で平気なの? こんな」

「あ? 慣れたって言っただろ」


 そう言うと風二郎はつかまれている方の腕を大きく振って、ゾンビ風二郎を鏡の中から引っ張り出した。次にゾンビ月夜の腕をつかみ、同じようにして引っ張り出し、勢いをつけてゾンビ風二郎にぶつけた。


「逃げるぞ。踏みつけていけ。百倍返しだ、こんにゃろ」

「フウ君、待ってよー」


 ゾンビはぬかるみを踏んだような感触だった。

 二人は夜の廊下を駆けて行く。風二郎の笑い声が南教棟全体に響き渡った。

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