ホラー 里山雷二郎の場合
「実体はあった。動きは緩慢。あれだけの傷を負っていてもピンピンしていた。殺すのは難しい。問題は桂以外にもゾンビがいるのかどうか。今までの情報から推測するにこの世界はホラージャンル。エンド条件である『殲滅』はゾンビを殲滅しろという意味か? だとしたら、エンド条件は諦めてゲートを探した方がいい」
北教棟に渡った雷二郎は考えを声に出していた。将棋の試合の休憩時間にもよくこんな風に考えを整理したものだった。
「ライ。どうしよう。私たち、大丈夫なの?」
一花の問いには答えず、一人ゲートの場所を推理する。
雷二郎は心得ていた。このジャンルでの一花はお荷物でしかない。一花と話しても助かる確率は上がらない。次のジャンルへ移る、ジャンルジャンプなるものを行うためには、ヒントの「うさぎを映す水の鏡」の意味を解き明かさなくては。情を捨てた上で考え事をする癖なら身についていた。世界は盤上でしかない。今はそう考えた方がいい。
雷次郎は足を止めた。
「おかしい。理科室は北教棟にはないはずだよな」
本来二年三組があるはずの場所に理科室があった。明かりが灯っている。開いていたドアと窓から中の様子がうかがうと、薬品棚や実験器具が見えた。
「ライ、引き返そうよ。理科室は駄目だよ。人体模型とか、よくホラーで出て来るじゃん」
「そうだな。アニキと月夜とも合流しなくちゃいけないし」
二人がきびすを返そうとした瞬間、廊下の窓ガラスが一斉に割れた。
雷次郎は一花の手を強く握った。ここでパニックになられては困る。
「落ち着け。窓ガラスが割れただけだ。けがはないか? 前方と後方に注意を払いつつ、速やかに退避するぞ」
「ライ、あれ」
理科室のドアから何かが出てくる。人体模型だ。一体だけじゃない。次々に廊下へと進出している。
人体模型は自らの心臓をえぐり取り、二人に向かって投げつけた。雷二郎はとっさに一花を引き寄せた。心臓は二人には当たらず、窓に当たり、べちょりと潰れた。潰れてできた血の跡が押し花のようだった。
「模型なのになんで本物なの?」
ひたすら怯える一花に対して、雷二郎は冷静に状況を分析していた。投げれるのは臓器。あの柔らかさならダメージは少ない。それよりも顔に当たって、血で視界が封じられる方が厄介だ。人体模型の数は五体。とにかく今打てる手は一つ。
「逃げるぞ。足元のガラスに気を付けろ。大丈夫か? ダメなら抱きかかえるが」
「だ、大丈夫」
二人が逃げ出すと、人体模型も走り出し、目、肝臓、脳みそなど手当たり次第に投げ始めた。雷二郎は後ろを見ながら、飛んでくるものを避けれるように一花を誘導した。だが、相手の数は五。投げて来るものの量が多くて、どうしても避けきれない場合もあった。そんなときは、雷二郎が一花の後ろに回り、背中で受けた。臓器の生暖かい感触が背中から伝わってきた。
「ライ。ごめん。私のせいで」
「お前のせいじゃない。それに背中で受ければ、視界も潰されない。不快なだけで問題ない」
臓器をあらかた投げ尽した人体模型は倒れていった。
「人体模型に桂のゾンビ。他にもいるんだろうな。やっぱり難易度Aなだけあって、エンド条件達成は難しそうだ」
「ねえ、ライ。とりあえず保健室に行こうよ。きっと予備の服あるよ。着替えなきゃ。匂いもひどいし」
「ああ。どうした? さっきまでと違って落ち着いているように見えるんだが。怖くなくなったのか?」
一花は向日葵のような笑顔を雷二郎に向けた。
「怖いよ。でもライがちゃんと守ってくれるって分かったから、怖くないよ」
「結局どっちだ」
雷二郎は照れ隠しの一言をかろうじて絞り出した。