第二図書室にて
南教棟四階の端に位置する第二図書室にも、初夏の空気が入り込んでいた。さわやかな風が窓から入り、裏山からはセミの鳴き声が聞こえていた。
双子の兄弟と双子の姉妹は期末テスト後の解放感に浸りながら、本を読んでいた。図書室と言っても通常教室と同じ広さしかない。本棚には、第一図書室から弾き出された落ちこぼれの本たちが並んでいる。
四人の中で、第二図書室を最初に見つけたのは月夜だった。月夜は入学してすぐ第一図書室に行き、落胆した。どれも読んだ本ばかり。それが率直な感想だった。小学生の頃から読書家だった月夜の目には、第一図書室の本棚のラインナップが新鮮なものには映らなかった。
だが、月夜の本に対する執着は消えなかった。第一があるなら第二があるはずと推理した月夜は校内を歩き回って、誰も寄りつかないであろう南教棟四階の最果てにたどり着いた。頭上のプレートには第二図書室と書かれてあった。
第二図書室には主がいた。八坂梅というおばあさんだ。
月夜と梅ばあのファーストコンタクトは鮮烈なものだった。月夜から見た梅ばあは魔女だった。漆黒の長髪、灰色の瞳、しわが幾重にも刻まれた顔と手。一方、梅ばあから見た月夜は妖精だった。小さな顔、滑ってしまいそうな撫で肩、つつましやかな胸、汚れをまだ知らない瞳。
梅ばあは月夜をなめるように見た後、言った。
「あんた、一人かい?」
「は、はい」
「どうしてここに?」
「あ、あの、本が好きで」
「ギャハハハ。わしが見つめても逃げなかったのはあんたが初めてじゃよ。好きに使いなさい」
程なくして、第二図書室は里山兄弟と雪岡姉妹のたまり場となった。そして今に至る。
四人の鼻を甘い匂いがくすぐった。
第二図書室は小さな個室とつながっている。職員室に席のない梅ばあは大抵その個室にいた。甘い匂いは梅ばあの個室から漂ってきていた。
「ティータイムだぜ。野郎ども」と言って風二郎は本を勢いよく閉じた。
「野郎だけじゃなく淑女もいること、忘れないでよ。バカフウ」と一花は栞を挟んで本を閉じた。
「淑女はバカとか言わないと思うが」と雷次郎はページを記憶してから本を閉じた。
「えー、なら淑女はバカって言いたいとき、何て言えばいいの?」
「おバカ、とかだろ」
「あ、そっか。おバカフウ」
「まあ、バカと天才は紙一重っていうし。褒め言葉として受け取っておこう」
三人が言い合っているうちに、テーブルには紅茶とクッキーが並べられていた。
個室から顔を出した梅ばあが怒鳴った。
「こら。あんたらはまた月夜に全てやらせて。今度から菓子は月夜の分しか用意しなくていいようだね」
紅茶とクッキーを並べたのは月夜だった。月夜は梅ばあの手を取って円卓まで連れて行き、座らせた。
「いいの。梅ばあ。私、慣れてるから」
「いいや、こういうのはちゃんとしとかないと。な」と風二郎。
「うん」と一花。
「まあ、な」と雷二郎。
「ごめんなさい。片づけはやります」
三人の声が重なった。
毎日ではないが、梅ばあは時々お茶とお菓子を用意してくれた。
「で、テストはどうじゃった?」
「完璧だぜ」
「フウの嘘つき。まだテスト返されてないからそんなこと言えるんだ。私は普通かな」
「簡単でつまらん」
「いつも通り、可もなく不可もなく、そこそこできたと思う、かな」
梅ばあは目を閉じたまま紅茶を一口飲んだ。
「前の中間も、一年の三学期期末テストもあんたらは同じことを言うておった。変化はないのか? つまり成長もないのか? ばあは悲しいぞよ」
四人は鈍い痛みを感じた。梅ばあの言ったことが当たっていたからだ。一年の時はまだよかった。中学という新しい環境で、初めてのことばかりだった。二年目からはルーティンに入った。外界が退屈なものになると、嫌でも内心を見つめることになった。自分の中身から目をそらしたくて、四人は本を読んでいた。でも気づいていた。新しい知識や、どこの誰とも知れない他人の書いた物語を吸収しても、溜まっていくだけ。外の景色は変わらなかった。
「まあ、目指すもんも夢も捨てたんだから、成長なんてなあ」
そう言って風二郎はチョコチップクッキーをかじった。
「あんたらも同じかい? 雷二郎、一花」
「私は」と一花は反論しそうな勢いだったが、言葉が続かず諦めた。
「うん。やっぱり同じかな」
雷二郎は答えなかった。
「月夜は? 変化も成長もない日常に何か思うところがあるんじゃないかい?」
「私はこの日常は長く続かないと思う。続くべきでもないと思う。フウ君、ライ君、一花ちゃんは私と違って、あ、いや、その」
声が尻すぼみになって消えた。
月夜は三人との間に線を引いていた。
風二郎は野球、サッカー、テニス、水泳、バスケなどスポーツならどれも得意で、いくつものスポーツクラブをかけ持ち、何度も優勝していた。雷二郎は将棋、囲碁、チェス。一花はピアノ。それぞれ得意なことがあった。一番近かった三人だからこそ、月夜は比べずにはいられなかった。
「ハア。青春の真っただ中におるのに、どいつもこいつもつまらなそうな顔じゃのう。本当に毎日が同じことの繰り返しになってしまうぞ」
「思春期って思ってたよりつまんないよなあ」
「私たち、何もできないしね」
「やる気もないしな」
「将来も、ないのかなあ」
紅茶の色が濁っていった。四人は紅茶に吸い込まれそうになった。
梅ばあは後ろの本棚から、ほこりをかぶった分厚い古書を取り出した。円卓の真ん中に置くと、一ページ目を開いた。四人は何が書いてあるか気になり、顔を寄せ合いのぞき込んだ。
ページ全体が黄金色に輝いた。
「あんたらにはいい薬じゃ。ジャンルトリップに行っといで」