面談 雪岡一花の場合
二年二組に双子は二組いる。双子の兄弟と言えば里山兄弟。双子の姉妹といえば雪岡姉妹だった。普通、双子は同じクラスにならないのだが、どうしても都合がつかなかったと桂は聞いていた。
一花は入ってきた時から笑っていた。歯を見せる笑いではなく、口元が自然に緩んでできた笑みだった。赤毛のせいもあって、はつらつとしているように見えた。
「何か嬉しいことでもあったのか?」
「自習で疲れてた時にライと話せたから、嬉しくなっちゃって」
「好きなのか?」
「好きだよ」
澄んだ声だった。
「私、ライのことが好きだよ」
一花は繰り返した。
桂は思わず目をそらしてしまった。好意の向けられている先が自分でもないのに、頬が上気した。まっすぐな気持ちは大人の天敵だ。十四歳の女の子がなぜこんなことを堂々と言えるのか、桂には疑問だった。
「まあ、恋愛もいい経験だからな。守るべき一線さえ守れば、先生は干渉しないよ」
「ありがとう、先生。さあ、面談早く終わらせようよ」
「成績は特に問題なし。あとは部活だが、やっぱり入る気はないか?」
一花は耳のあたりの髪を撫でた。
「入らないと思うな。ダメ?」
「いや、あの三人や梅ばあと一緒にいることも大事だと思う」
「よかったー。私、あの場所気に入ってるんだ。第二図書室」
桂は何か忘れている気がした。クラス名簿を見ると、雪岡一花の名前の横に音符が書かれていた。話すべきことを思い出した。
「あー、それでな。二学期に校内合唱コンクールがあるだろ? 文化祭でクラスごとに歌うやつ」
「そうだね」
「それで悪いんだけど、一花さん、君にピアノ伴奏頼めないかな?」
一花の笑顔がしぼんでしまった。
「ごめんなさい。無理です」
突然、丁寧になった一花の態度に桂は両目を大きく開いた。
一花ははっきり断った。しかし桂には引き下がれない事情があった。
「いや、でもクラスに君しかピアノ弾けそうな子いなくて。どうし――」
「嫌です。もう嫌なんです」
桂の言葉を遮って、一花は叫んだ。瞳はうるんでいるようにも見えた。
息をするのもはばかられるような沈黙が二人を包んだ。
桂が一花に伴奏を頼むのには理由があった。一花は小学生の頃、ピアノコンクールで何度も入賞していた。楽譜通りに弾くことと音楽を楽しむことのバランスのとれた演奏者だと評判だったという。しかし、ある時を境に一花はピアノの世界から消えてしまった。中学では、吹奏楽部にも合唱部にも入っていなかった。
二人の間の沈黙を破ったのはノックの音だった。