ファンタジー 雪岡一花の場合
王様、月夜、一花の三人には魔法がかけられていて、戦っている四人の声が聞き取れるようになっていた。月夜が先程、イッキと風二郎の会話に入っていけたのもそのためだった。
トウセンが口を開いた。
「あちらは終わったようだ。こっちもそろそろ終わらせたいのだが。どうだ? もう分かっただろ? お前は賢いはずだ」
雷二郎が地面に膝をつく。
「確かに、いくら頭の中でシミュレーションしても、お前に勝てる構図が思い浮かばない」
「ギブアップしろ。ガキを痛めつけるのは趣味じゃない」
「へーい、ライ。俺は勝ったぞー」
風二郎がVサインをして見せた。
客席では、月夜が一花に杖を差し出していた。
「一花ちゃんも何か言ってあげたら?」
「無理だよ。だって、ライに何て言ってあげたらいいのか、分からない」
雷二郎はおもむろに立ち上がった。
「俺はギブアップしない」
「退くのも勇気だぞ」
「今はその時じゃない」
「分かった。なら後悔しろ」
トウセンが雷よりも速いスピードで雷二郎に近づき、蹴りを入れた。雷二郎のガードは間に合わず、端の壁まで蹴り飛ばされた。
「体内の電気信号を操り、反射に近いスピードでガードしようとしたようだが、それでも遅過ぎる」
雷二郎は脇腹を押えて、立ち上がった。
「もういい。充分だ。お前はよくやった。俺は兄者のように甘くはない。ハンデもなしにお前が勝つのは不可能だ。殺さないように力をセーブしてるからやり辛いのだ。ギブアップしてくれ」
一花には、雷二郎がギブアップしない理由が分からなかった。
勝負の世界から逃げたんじゃなかったの? トウセンは超一流。勝てる見込みのない相手と勝負しなくてもいいじゃない。エンド条件がクリアできなくても、ゲートを探せばいいだけなのに。
雷二郎は空に向かって手を挙げた。闘技場の上に巨大な黒雲が集まり始めた。
「止めろ、無駄だ」
黒雲は、巨大な柱と見間違えるほどの雷をトウセンに落とした。
光が消えた。トウセンは先程までと変わらない姿で立っていた。トウセンの周りの地面だけが真っ黒に焦げていた。
「だから無駄だと言ったんだ。分からないか? 竜はどこを飛ぶ? どんな天候でも飛べる竜の鱗に雷が効くと思ったか? もういい加減諦めてくれ」
「悪いがもう少し付き合ってくれ。せめてちゃんと負けさせてくれ」
その言葉を聞いて、一花は堪えきれなくなった。月夜から杖をもらい、叫ぶ。
「どうして? もういいよ。どうして勝負しようとするの? 勝負の世界からは逃げたんじゃなかったの?」
雷二郎が顔を上げて、客席の一花を見た。
「弱い自分すら肯定してくれる人がいたんだ。兄貴よりスポーツはできない、将棋でもライバルには勝てない。そんな自分でも肯定してくれる人がいたから」
一花は目頭が熱くなった。視界がにじんだ。
ジャンルトリップ中、ずっと考えていた。ライは自分を必要としていないんじゃないかって。各ジャンルで四人をまとめたのはライだった。戦略を練ったのもライだった。それに比べて私は、ピアノを弾くかどうか迷っていただけ。ライにだって悩みがあったのに。
告白だって自分のエゴだった。私の気持ちを知ってほしい。ただそれだけのワガママだ。なのにライは私の言葉を覚えていてくれた。私の言葉は戦う理由にまでなっていた。
「そっちの雷小僧も根性あるじゃねえか。いいぞ、やれやれ。トウセンなんてぶっ飛ばしちまえ。あのすかし顔には俺もムカついてたんだ」
イッキが雷二郎に声援を送った。客席からの声援も徐々に大きくなっていく。
「一花ちゃん、まだ何を言ったらいいか、分からない? 何を言ってもいいんだよ」
一花は大きく深呼吸した。
「ライー、頑張れー。勝っても負けてもいいから、頑張れー」
雷二郎は一花に手を振った。
左肩は下がっているし、膝も曲がってる。顔は土だらけだ。でも一花は雷二郎の姿を目に焼き付けた。
「客席を味方につけても実力の差は埋まらないぞ」
「言う通りだよ。俺は飛車格落ちのあんたにも勝てないだろう。でもあんたの歩を一枚取るぐらいならできるかもしれない」
「ヒシャカク? 何を言っているのか、理解できんな。おい、そこの風小僧。お前も後でギブアップさせるつもりだから、今から二人がかりでかかってきてもいいぞ」
風二郎はかぶりを振った。
「必要ない」
一花は会話を聞きながら、雷二郎が将棋を打つ姿を想像していた。駒音が高く響いていた。




