面談 里山雷二郎の場合
「失礼します」
椅子にかける前に「失礼します」と言った生徒は雷二郎が初めてだった。しかし頭髪は、その礼儀正しさから考えられないような色をしていた。金色の髪は短く刈り揃えてあり、広いおでこの下には喧嘩を年中無休で売っている目があった。
桂は一瞬ひるんだ。が、すぐに思い出した。雷次郎は恰好が不良なだけで、優等生なのだ。臆することはないと自分に言い聞かせる。
「この前の中間テスト、学年一位か。すごいな。よく頑張ってる」
「はい」
「何か気になっていることとか、悩みとかあるか?」
「ありません」
「学校が関係なくてもいいぞ。家庭のことでも、くだらないことでも」
「ありません」
風二郎と違って、声音や表情から読み取れるものが少なかった。何も読み取らせないぞ、という姿勢だけは読み取れるのだが。
「君もアレだな。風二郎の言う『考える人』なんだな」
「兄が何か言ってましたか?」
「ロダンの『考える人』は、一人で考えることの虚しさを表現してるって」
「そうですか」
雷二郎のポーカーフェイスは崩れなかった。
桂は話題を変えることにした。
「梅ばあの話だと、推理小説を好んで読んでいるそうじゃないか」
「はい」
「でも十冊に一冊のペースで恋愛小説が入る」
「いけませんか? 恋愛に興味があってもおかしくはないでしょう。思春期ですから」
雷二郎は他人事のように答えた。顔色も声のトーンも依然として変わらなかった。
桂は別方向へ話の舵を切った。
「四人とももう部活に入る気はないのかな?」
「少なくとも僕と兄は。一花と月夜については、本人たちに直接尋ねてください」
「もったいないな。それぞれ秀でたものがあるのに」
桂は担任として、小学生だった頃の情報にも目を通していた。
雷二郎はいくつもの子供将棋大会で優勝していた。将棋だけでなく、囲碁とチェスでも輝かしい戦績を残していた。しかし雷二郎は囲碁将棋部に入らなかった。独自にプロを目指しているわけでもないらしい。
一方、風二郎はスポーツの世界ではちょっとした有名人だった。
「将棋はもう止めたんです。思い知りましたから」
「何を?」
「才能のなさを、です」
「そんなに簡単に分からないだろう。君はまだ若いんだし」
「簡単に分かったわけではありません。あれだけの勝利を収めた上で、分かったことです。それに、若さに希望を詰め込むのは無責任です」
雷二郎の声が数段低くなった。一語一語噛みしめるような言い方だった。鋭い目と目の間には、縦ジワが刻まれていた。
「すまなかった」
「いえ。僕の方こそ取り乱しました」
雷二郎は元の調子に戻っていた。
「大人だな」
「まだ十四歳です」
桂は心に刻んだ。この子たちはまだ十四歳なのだ。疾風怒涛の時代。
「まあ、困ったら俺でも、梅ばあでも、兄貴の風二郎にでもいいから相談しろ。ホームズほどの名探偵でもワトソンが必要だったんだ」
「よく分かります」
「次は雪岡さんを呼んできてくれ」
「どっちのですか?」
「君が愛してる方を呼んできてくれ」
雷二郎が立ち上がって桂を見下ろした。瞳に氷のような冷たさを宿していた。
「五十音順で、一花を呼びますよ」
「はい。お願いします。からかってごめんなさい」
桂の声がこんにゃくのように震えた。